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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼前編(共通)
20/80

20 医務室

 シャロンが気絶したことで魔力の供給を失った氷は消え、ホール内は元の様子に戻った。

 それでも一度冷却された空気は肌を刺すようで、吐き出した息も白い。


 膨大な力、狂気の魔女を目の当たりにして戦意を消失させた研修生もいたため、演習は延期と決定が下された。


 上着の中のシャロンがどういう状態なのかは不明だが、ヒューゴの服にも赤い鮮血が滲んでいた。

 いつシャロンが怪我をしたのかはわからない。もしかするとヒューゴの血液も混ざっているのかもしれない。


 しかし規格外の怪力で彼女を制したにも関わらず、息一つ乱していない彼がいつもの笑顔を浮かべたので、カナタはほっと安堵した。



挿絵(By みてみん)



 医務室に運ばれたシャロンが目覚めたのは、ほんの1時間ほど後だった。


 予定していたパトロール研修も中止して、カナタはヒューゴ、クライヴと付きっきりでシャロンの様子を見ていた。


 死体のように白く、ぴくりとすら動かないシャロン。カナタはもう二度とあの笑顔のシャロンに会えないような気がして、ヒーラーであるヒューゴの表情を見たり、祈ったりを繰り返していた。


 魔法使いは一度狂気に飲まれると、そのまま自我を失って眠り続けたり、精神を病んでしまうと聞いたことがある。


 だからその瞼が開いた瞬間、嬉しさに思わず名を呼んで手を握ってしまったが、視線だけ動かして己の居場所を確認したシャロンに表情は無い。


 シャロンは狂っている様子には見えない。落ち着いて、状況を確認している瞳は正気そのものだ。


 これまで見せてくれた柔らかい表情の方は、ほとんど作られたものだった。あの憎悪に染まった顔だけが本物だったのかもしれない。


「おはよ。イテェとこある?」


 やけに冷静……というよりも、緊張感のないヒューゴの言葉にシャロンは視線だけをそちらに向ける。


「……無い」


 聞かれたので答えただけの声は小さく、冷たい。

 冷たいといっても怒っているだとか、そういう感情は一切感じない。短く抑揚のない声は、古いロボットが返答したかのようだった。


 部屋の隅に立っていたクライヴがゆっくりと歩み寄ってくる。

 素直じゃないだけで、本当はシャロンのことを心配しているのだろう。


「シャロン、どうして……今まで実力を隠していたの? これだけの力があれば、自分の力でトップを目指せるじゃないか……」


 シャロンに対してだけ高圧的なクライヴが、カナタや他の同期と話す時と同じ調子で話す。

 彼なりに、一度倒れたシャロンに気を遣っているのだろう。


 ヒューゴもどちらかといえばいつも高圧的な態度を取られていたため、面白いものを見たというようにニヤニヤと笑っていた。


 これまでのシャロンならばきっと眩しく嬉しそうな顔で笑っていただろうが、氷の人形のような彼女はどこか眠たげにも見える目で、口角をぴくりともさせず真顔でどこかを見ていた。


「優れた遺伝子を持つ子を産むため」

「……子供を利用して、犠牲にするような形で得られる平和なんてないだろう」

「わからない」

「わからないなら、何度でも言う。僕は君が好きでもなんでもない奴の子を産み、育てるなんて反対だ。産まれてくる子の心は……気持ちはどうなる」

「……好きとか、心とか気持ちとか、よくわからない」


 シャロンの呟きに、クライヴは苛立ったように医務室を出て行った。

 カナタは以前彼に告げた、自分は好かれなくても良いという言葉に反省する。


 あれはあまりに独りよがりで、自分勝手な言葉だった。クライヴが反対したことに強く納得する。


 それでも、やはりシャロンのことを大切にしない男が彼女の夫となってしまったらと思うと、どうしても苛立つのだ。


「なあ、シャロンが一生懸命好かれようと頑張ってたのは、夫探しの一環だろ? 夫に愛されたいって思ってたんだよな?」


 ヒューゴの言葉に、シャロンが少し間を置いて目を伏せる。何か考えているのだろう。


「夫に愛されると子供ができると聞いた。でも、愛されてなくても、子供はできる……この前知った」

「いやいや〜、好きじゃねえと、多分スムーズにはいかねえよ。俺はシャロンの努力は間違ってなかったと思うぜ」

「……私は、ちゃんとやっていた?」

「おう。ちゃんとやってたよ、シャロンは。嫌われるよりは好かれてた方が断然良い。クライヴの妨害みてぇに、嫌われて邪魔されたら困るだろ。で、これから第2フェーズに進むのはどうだ?」


 ヒューゴはクライヴのようにシャロンの言動を否定せず、上手く肯定をしながら言葉を伝える。女性経験の豊富さがそうさせるのか、人との会話が上手い。


 シャロンはまだ真顔だったが、少しずつ顔色も良くなり、視線をこちらに向けるようになった。

 無意識のうちにシャロンも、ヒューゴや自分に対して信頼を寄せ始めていたのだろうと気付き、カナタは表情をほころばせる。


「次の、フェーズ」

「そ。好きって気持ちがわかんねえと、相手に好かれることがどういうことかもわかんねえだろ。だから好かれよう大作戦は一時中止で、今日からは好きになろう大作戦だ!」


 握った拳を天井に向かって突き出したヒューゴに、カナタも頷き、また頷いて、そして3回目はさらに大きく頷いた。


「そうだな。他人ひとの好きなところや良いところ、長所を探して客観的視点で自分を見るのは大事だと思う」


 カナタも、シャロンには年相応に恋を経験して欲しいと思った。

 言われなくても、そんなこと意識をしなくても自然とやってきたカナタには、もちろん苦い記憶もある。だが、全てが今では良い思い出だ。


 心が欠けてしまっているようなシャロンに、もっと人生を楽しんでもらいたい。

 そんなものはエゴかもしれないし、人を不幸と決め付けて憐れむなど、低俗なことであるのだが。

 それでもシャロンの幸せな姿を見たいと思った。


 シャロンは表情を動かさず、ただ視線をまっすぐカナタに向けていた。やがてそれが床へ流れる。その仕草に、彼女が不安を感じたように見えた。


 シャロンのその顔に人間らしい感情を見出し、安堵したような、しかし何を不安と思っているのか気になり、カナタまでもが心配になる。


「私が、好きを決めていいの?」


 考え方、発想の違い……産まれてから過ごして来た環境の違いか、カナタには一瞬その言葉を理解することが出来なかった。


「おう。シャロンだけの好きを見つけようぜ、一緒に」


 何かを知っているのか、適当に話を合わせるのが上手いのか……ヒューゴが肯定する。

 カナタも合わせて頷いた。


 人々にとって理想のヒーロー、ジェラード。

 偉大な父親の元に産まれてきたプレッシャーに、シャロンはきっと押し潰されて、自我を押し殺して生きているのだろう。


 どんな魔法を使っても過去には戻れない。

 せめてシャロンの未来が輝かしいものになることを、ただ祈るしかなかった。

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