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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼前編(共通)
19/80

19 訓練ホール

 水と炎では水の方が有利と考える場合も多いのだが、実際は沸騰し、蒸発させられてしまう水の方が不利となる場合もある。


 熱に強いウドムは火傷への恐怖が無いに等しい。だが、カナタは違う。己の生み出した水が煮えたぎり、激しい蒸気となって舞い上がる様に眉間に険しいしわを寄せた。


 茹でられ、蒸し焼きになるかもしれない。

 だが熱湯となっても、空中で細かな粒子となっても水は水。魔力によって具現化された自分自身の力に傷つけられるほど、間抜けなものはない。


(そうだ。これは……水は、ウドムのものじゃない……)


 幼い頃、水の魔法士は水の冷たさ、息を奪われる恐怖を受け入れることでその力を己のものとする。

 冷たい、溺れるという恐怖を受け入れ、乗り越え、ようやく力をコントロールできる。

 それができて初めて、一人前の魔法士となれる。


 さらにその魔法士の中でもより優れた力を持ち、社会に貢献できるのがヒーローだ。


 熱湯を、蒸気を、己の力として扱うイメージだけで頭をいっぱいにする。

 カナタの頭は恐怖よりも、戦いに陶酔しているような状態になってきた。


(ああ、ヤバい、これはちょっと……)


 カナタと同じように、あの温厚なウドムも興奮しているのか、白い歯を見せて笑みを浮かべている。

 意識が全て互いへ向けられている。

 演習、手合わせという名を借り、命の奪い合いをしている。


(でもこれ、楽しんじゃだめなやつだよな)


 狂気という自覚がカナタにはある。だから自我を保ったまま、魔力に飲まれたりはしない。


 魔法使いには皆にきっとその狂気がある。だから長い人類史において、バケモノ、妖怪、魔女、ヴァンパイアと恐れられてきたのだ。

 一般市民にとって、同じヒトでないと思われているのはこの部分だ。


 魔法使いは理性を失うと、獣のようになる。

 それを抑えることが、昔からカナタには簡単にできた。これまで一度として錯乱して誰かを襲ったことはない。


 肉体の筋肉、骨まで軋んで全身が痛む。

 叩き込まれるウドムの拳を受け流し、次は避け、軌道を読みながら己の拳も繰り出した。


「遅い!」


 シンイーの挑発的な声がすぐ横でした。

 長く格闘技を極めて来たのであろう、性別の差など一切感じさせないシンイーがクライヴの防御を突破したのだ。


「セイッ、ヤァ!」


 力強さ、柔軟性の両方を兼ね備えた雌豹が、咄嗟にクライヴの張った蜘蛛の巣のような電気の網をも華麗にすり抜け、カナタの脇腹へ蹴りを入れた。


「ぐうっ」

「まだまだ!」


 熱湯を己のものに変えたカナタよりも、きっと、ずっと早く熱風を己のものにしていたのであろう。風の魔法使いシンイーが、まるですべてを吹き飛ばすかような爆風を起こした。


 ゴウ、と轟き、カナタとクライヴの足が地面を離れる。


 ウドムもなかなかのものだが、シンイーもこの争いに耽溺し、魔女を匂わす笑みを浮かべている。


 これだ。これが、市民の差別感情を煽るのだろう。魔女は狡猾で残忍で、不気味なのだと。


 頭ではわかっていても、魔法使いは魔力を持って産まれた時点で、魔法を使う悦びを求めてしまう。


 カナタは吹き飛ばされるも、空中で上手く旋回して着地をした。クライヴも空中で上手く身を翻して、蝶のように華麗に着地をする。

 男から見ても美しい身のこなしだが、その顔は怒りの感情で歪んでいる。


「シャロン! 何をしているんだ! お前も援護くらいしろ!」


 クライヴが放った言葉に、周りがざわついた。

 肯定する声、困惑する声、シャロンを嘲笑するような言葉が耳に届く。


 研修生の他にも、公平な評価を下すために複数人の教官たちが並んでおり、そのうちの数人がこそこそと相談をしたり、タブレットに何やら評価をつけているようだ。

 そこに、今、助言をくれそうなヒューゴの姿はない。


 臨戦態勢のまま背後を伺い見ると、クライヴが再びシャロンの名を強く呼んだ。


「シャロン!!」


 そんな様子に、冷静さを取り戻し、呆れや同情の念を抱いたのであろうシンイーとウドムも動きを止めた。


「シャロンさんは……戦闘には慣れていないのだろう。女性に無理強いは良くない」

「ハッ、あんたらも苦労するね。これじゃあ勝っても気分が悪いわ。そっちにはヒーラーもいないしね」


 シンイーの嘲笑には、カナタも苦笑いするしかない。

 クライヴはともかく、カナタはウドムが言うとおり、シャロンを無理矢理戦闘への引きずり出したいとは思わない。


「なあ、クライヴ……」


 何やら険悪な2人の間に入ろうと声をかけると、シャロンの視線がカナタに向けられた。

 その愛らしく柔らかい笑顔に、今は落ち着かない。

 その笑顔は、今見るべきものではないのだ。


「えっと……シャロン?」

「シャロンは明るくて前向きだけど、ちょっとドジなところもあるの。温厚な性格で争いは好まない。戦闘では常に一歩下がったところでサポート役に回る。少し空回りしちゃうかもしれないけど、いつだって真剣だよ。だから」

「は?」


 まるで漫画かアニメの、キャラクターの紹介をされているようだ。

 思い返してみれば、先ほどのシンイーとの会話もおかしかった。

 眼前にいるシャロンが正常な状態でないとようやく気付き、どういう言葉をかけることが正解かを考える。


「シャロン?」


 カナタは頬を人差し指で掻き、クライヴを見た。

 シャロンを睨みつけているクライヴの顔がくしゃりと歪み、まるで威嚇をしている猫のようにしわが刻まれた。


「いい加減にしろ……いい加減、ちゃんとやれって言っているんだよ。カナタの足まで引っ張るな……」

「ちゃんと? ちゃんとって、何?」


 シャロンの顔から笑みが消え、すっと目が細められた。

 初めて見たその表情に、カナタは言葉が出てこない。感じたことのない悪寒が迫りくる。冷や汗がにじみ出る。


「しゃ、シャロン……」

「ちゃんと、してるよ……ちゃんと、可愛いを、して……わたし、私は、ちゃんと、シャロンはか弱い女の子、争いは好まない、常に一歩下がったところで、シャロンを」


 話しながら、シャロンの表情はどんどん歪んでいった。

 可愛らしく可憐で、天使のように綺麗なはずのシャロンの笑顔が崩れ、本性のようなものを剥き出しにしていく。その顔はまるでシャロンのものではない。


 眉間に深いしわ、引きつったような口角……憎悪に染まった顔は、魔女そのものだ。


「私にも、戦えと言うの? そうしたら、私はちゃんとに、なる?」


 シャロンの腕から邪悪な白い冷気が揺らぐ。その腕を伸ばす彼女からは明らかな殺気が感じられた。


「シャロン!!」


 危険を察知したクライヴがそれを止めようと手を伸ばす。

 だがその手はシャロンの上腕に触れる直前で氷ついてしまった。


 少し離れた場所にいても感じる、肌を突き刺すような冷気が周囲へと放たれる。

 冷気というより、大きな魔力を含んだ殺気と威圧が起こす、凄まじい吹雪のようだ。カナタはその衝撃で吹き飛ばされたクライヴをなんとか受け止める。


 氷も元は水だ。コップの中にある氷を飲み込むように、カナタはクライヴの凍りついた腕を融解する。魔力を持つクライヴの腕が魔法攻撃で簡単に壊死することは無いだろうが、凍って硬化した腕が折れれば、そのまま切断となる可能性もあった。


「中止だ、中止! もうやめろ!!」


 響き渡ったのは、ホールの中央へ駆けてきたヒューゴの声だった。

 しかしシャロンの足元から氷は広がり続け、パキパキという音を立ててホール内が冷えていく。


「私はァ!! ちゃんと、してるッ!!」


 悲痛な嘆き。叫び声とほぼ同時に、シャロンを中心に円で囲むようにして水晶のような氷の柱が出現した。

 比較的魔法を使える範囲が広いカナタと、およそ同等の空間を一瞬にして凍りつかせたシャロンは、よろけて自分で出した氷の柱の1つに寄りかかる。

 その表情にいつもの凛とした美しさ、雪の結晶のような儚げな可愛らしさはなく、カッと見開かれた双眸は獣のごとく血走っていた。


 獣……いいや、魔女と呼ぶべきか。狂気に飲まれた魔法使いはそのように呼ばれる。


「シャロン、もう大丈夫だ。ほら、おいで」


 魔法使いが追い詰められ、そのようになることなどほとんどなくなった現代では、これはまさに非常事態と言っていい。恐怖、焦燥、怒りに騒ぐ屋内で、ヒューゴの声だけが妙に優しく響く。


 カナタはクライヴを抱えて飛び上がり、なんとか繰り出される氷結魔法に巻き込まれずに済んでいた。

 観客をしていた同期の研修生らも距離を置くように後退る。

 臆することなく氷の魔女のそばへ寄っていくヒューゴを除いて、誰もが緊張に顔を強張らせている。


「私はちゃんとやってる!! 私は、私はァアアッ!!」


 第二波。

 まさか、と誰もが感じただろう。


 キンという高い音とずっしりと届く低い音、あらゆる音が混ざってホール内に反響した。

 瞬きをするよりも早く、ホールがまるで冷凍庫……雪国のように真っ白に染まったのだ。

 地響きのような音もやがて、しんと氷に閉じ込められたかのように止む。


 一瞬、まるでどこか別の場所に飛ばされてしまったのかとさえ思ったカナタの目の前で、魔女の生み出した大きな氷の柱の一つを、ヒューゴが拳で粉々に砕いた。

 彼が歩むのを妨害するように次々出現する氷を拳や蹴りだけで砕き散らして、自ら生成した氷の檻の中で呻く魔女の名前を呼ぶ。


「シャロン」


 獣を手懐けるように声掛けをし、ヒューゴは最後の氷を叩き割ってから己の上着を投げつけた。


「ウウウウウウッ!!」


 獣のような咆哮を上げた魔女だったが、上着を被って視界を奪われたからか、徐々に声を小さくし、大人しくその場に小さくしゃがみこんだ。


「どっかイテェの? ん?」


 被らされた上着ごと、手負いの獣を相手にするようにヒューゴがそっと触れる。

 抱き上げられたシャロンは計り知れないほどの魔力を消費したからか、すぐに気を失い、だらりと腕が重力のままに垂れ下がった。

 その腕を包む袖には、なぜか血が滲んでいた。


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