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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼前編(共通)
18/80

18 訓練ホール

 この日、実戦演習のため、カナタはタワーの外にあるホールへと招集された。


 あらゆる魔法攻撃に耐えられる分厚く丈夫な壁は、大気圏に入っても壊れないロケットや造船技術などを取り入れているらしい。

 その上、土属性の魔法士であるエリオットが、クッション代わりに土の壁を作ってホール内を囲んでいる。


 ぞろぞろと集まってきた同期たちは、それぞれのチームメイトや担当教官と雑談やウォーミングアップ、体操などをしている。

 そんな賑やかなホール内が一斉に静まり返ったのに、カナタはシャロンがやって来たことを察した。


「シャロン、おはよう」


 シャロンの顔に、眩しい笑顔が貼り付いた。

 何も知らないうちはただ、可愛いと思っていた笑顔だ。


「おはよう、カナタ」


 今日もシャロンはパステルカラーのワンピースで、夏がやってきて暑さも次第に増して来たというのに、手首まで隠れる長袖だ。

 傷を負わぬよう、長袖を好んで着用する者は確かに少なくない。特にシャロンのような氷の魔法師は体を冷やすことについては得意分野だろう。だが、実戦演習にスカートというのは、やはり悪目立ちをしてしまっている。


「シャロン、今日も元気か〜?」


 珍しく遅刻しなかったヒューゴが駆け寄り、無遠慮にもその腕に触れようとする。

 だがカナタが遮る間もないほど、素早くシャロンがそれを避けた。


 いつもならばされるがまま、小さな悲鳴を上げたり、目を潤ませるだろう。それが一変、自分で素早く身を翻して避けたのだ。

 軽やかな身のこなしに、確かにシャロンがこの研修に参加するに相応しく、試験を乗り越えたものと実感せざるを得ない。むしろ素早さで言ったらかなり優秀な方だろう。


「うんっ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。えへへ、嬉しいな」


 敵から攻撃を交わしたかのような動きを見せたのに、その顔には尚も愛らしい笑顔が浮かべられている。まるで昨日の出来事など何もなかったようだ。

 可愛らしい声で笑うシャロンに、カナタは言葉を失う。


「お前、もうやめろと言っただろ」


 クライヴの言葉にもシャロンの笑みは消えることがない。

 もしかすると、シャロンはこのホールで最も精神面が強いのかもしれない。気丈に振る舞うというより、他人の感情などに極めて無関心なのかもしれない。


「ま、まあ、クライヴ、落ち着けって」

「やる気が無いなら帰れ」

「……はうぅ……よくわかんないよう……やる気、あるもん。わたし、がんばりますっ」

「だから、そのぶりっ子をやめろと言っているんだ!」

「えへ」

「エヘじゃない!」

「クライヴ、おこりんぼさん。こわいよう」


 あからさまに可愛さを演出する姿は、垢抜けたというか、もしかしたらむしろ話しやすくなったのかもしれない。

 受け入れるまでに少し時間がかかるかもしれないが、カナタは良い変化だと思いたい。


 クライヴが何か言う度に煽る様は少し面白い。ヒューゴも少しは安心しただろうか。派手に避けられて落ち込んでいそうな彼へと視線を投げかける。

 だが、ヒューゴの反応は思いの外薄かった。少し離れたところで訝しげにこちらを伺っている姿に、カナタは疑念を懐く。


(先輩……?)


 ヒューゴは晴れない表情のまま、おもむろに体の向きを変え、スマートフォンをインカムと逆の耳にあててその場を離れていった。



挿絵(By みてみん)



 カナタたちの対戦相手はエリオットの担当する班だった。

 ウドムとシンイー、サポートヒーラーのボドワン、その3人と向かい合う。


 シンイーは先日の食堂での一件からか、それとももっと前からか、シャロンに苦手意識を抱いているようで目を合わせようとしない。

 だがその表情に憎悪や怒りといった感情は無さそうに見えた。


 この演習では三角形に陣を描く班が多い。それは研修生の殆どの班がアタッカーが2人、ヒーラーが1人の組み合わせだからだ。

 カナタの班は3人ともアタッカーなので、横に一直線でも問題はなさそうだが、同じ班だというのにシャロンの実力をカナタも、恐らくクライヴも知らない。

 シャロンは自ら後衛に下がり、上品に背を真っ直ぐ伸ばして立っていた。


 開始の合図があってすぐ、シンイーが高く飛び上がった。風の魔法士である彼女は、魔法と拳法を組み合わせた戦い方を得意とする。

 ウドムも同様に炎の鎧を纏い、格闘するのが得意なタイプだ。


 本当に教官たちが研修生の相性を見てチームを作ったのだろう。

 シンイーとウドムの息はぴったりで、カナタと2対1の形になる。


同期(ともだち)が相手だと、なんか気まずいな」


 カナタの言葉に、シンイーが好戦的な笑みを浮かべた。


「手を抜いてると、あたしがボコボコにしちゃうから!」


 魔法で生み出す水を盾やクッションのように使い、受ける衝撃を減らしているカナタだが、シンイーの速さには避けるので精一杯で反撃の隙がない。

 そこにウドムも加わるので、スタミナ勝負に持ち込まれている。

 魔力や体力の回復を行えるヒーラー、ボドワンがいる彼らと違い、カナタはこのままでは押し負けてしまいそうだ。


 魔法には使える範囲に個人差がある。

 それはトレーニングによってある程度まで大きく広げられるが、視力と同様で、産まれ持ったものに大きく左右される。


 クライヴは比較的範囲が狭い。ただ、コントロール能力に関してはピカイチで、人体にとって危険な電気を「死なない程度」の強さで手加減し、ターゲットを捕縛することに長けている。

 ウドムの方は器用さには劣るが、炎を自分に纏わせ、肉弾戦での強さに結びつけたようだ。


 この演習は、明らかにウドムとシンイーが有利だ。救助や奉仕の方の活動などにおいてはカナタ、クライヴの方が好成績を叩き出しているが、テレビ中継やネット配信で派手に活躍し、多くのファンを獲得するのは彼らだろう。


(だからって、負けられるか!)


「クライヴ、頼む!」

「ああ!」


 タイミングは今だ。体力を温存していたクライヴが地面を蹴って、カナタの背後から飛び出した。

 シンイーは本人も意識していないだろうが、カナタの盾の水を浴びている。それに本人の汗も混じっていた。不純物を含んだ水は電気をよく通す。

 クライヴの放った拳は空を切って、シンイーにはかすりもしなかったが、電気はその水の道を走り抜けた。


「んぐううっ!」


 シンイーが素早く身を引く。

 火傷までは負っていないが、クライヴの電気を浴びて動きが鈍くなるシンイーの悔しそうな顔に、少しだけ申し訳なく思った。


(女の子にこんなこと……)


 そんなカナタの隙をついて、ウドムの蹴りが遠心力も加わって横腹に叩きつけられた。


「いっ、でえ!」


 魔法が間に合わず、まともに食らったことで肋にひびが入ったかもしれない。

 後でヒューゴにゲラゲラ笑われながら治療されると思うと、少しだけ不快だ。


「カナタ!!」

「まだ、大丈夫だ」


 地面に着地し、いつでも攻撃に出られる体勢に構えるウドムに一切の隙がない。

 そうこうしている間にボドワンの力で回復したシンイーが、大きな体を持つウドムの背後から突然飛び出してきた。


「セヤァ!!」


 カナタは咄嗟にそれを避けるが、はっとする。

 後ろにシャロンがいることを、この状況で失念していた。シャロンがあまりにも静かすぎて、気配すら感じさせないのだ。


「シャロン!!」


 振り返ると、シャロンも避けたのか、それともシンイーが軌道を反らしたのか二人は互いに少し離れて立っていた。

 シンイーは構えの体勢に入るが、シャロンは全く戦う気が無いようで、眉をひそめてそれを見ている。


「……な、なんで戦わないのよ。スカートなんか履いてきて」

「スカート、可愛い。だから」

「……は?」


 返答の内容もおかしいが、言葉の区切り方も妙だ。

 シンイーはバツの悪い顔で再び空中に舞い上がる。シャロンを完全な戦力外……弱者と結論づけたようだ。


 やりづらい。

 後ろにいるシャロンを守りながら戦って勝てる相手ではない。

 そして、困ったことにこの演習では、恐らくチームワークも採点基準にあるだろう。

 シャロンの活動の内容も、この班の評価へ繋がる。


(俺は一番になるんだ……シャロンに選ばれるような、強いヒーローになる。成績がどうした。俺はシャロンを守るために一番を目指す)


 カナタは自分の頬を両手で叩いた。


 これは実践だ。

 友人相手に無意識に手加減していたかもしれないが、今からは敵と思って戦うことを決める。

 たとえチームワークがなっていないと注意を受けたとしても、シャロンを争いに巻き込まずに勝利を収めたい。


 結果的に、シャロンのおかげでシンイーが仲間のもとに戻る時間を稼げた。

 なんとか体力のあるうちに、一気に畳み掛けようと拳を握る。


 ちらりと横目に見たクライヴも、強い眼差しで頷いた。


(俺たちなら勝てる!)


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