12 旧市街
カナタ、クライヴ、ウドムはビル内に備品としてあった救急用品などを見つけ出した。
その中には2枚ほど薄手の毛布があったが、数が足りない可能性があるため、布製のカーテンもレールから取り外した。
幸い、水道が止まっていてもカナタの手でカーテンを洗う事ができ、炎の魔法士であるウドムがからっと乾かすことができた。
電力の供給の無い暗い部屋の灯りはクライヴがつけて、連携の取れるこの同期3人組は、今後もヒーローとして共に苦難を乗り越えて行くのだろうとカナタは予感する。
「シャロンさんに、怪我が無いといいんだが……」
寡黙で、必要最低限にしか口を開かないウドムが発した呟きに、彼が冷静そうに見えて、実は不安を抱いているのだと察する。
クライヴも冷静に仕事をこなしてはいるものの、表情が暗い。
カナタは2人の肩を元気付けるように、軽く叩いた。
地下に戻ると、ヒーラーの2人が持って来ていた非常用の毛布に包まった女性が数人泣いていた。
その全員が、シャロンと同じ白銀や似たような明るい色の髪をしている。最近流行している色で、アイドルやインフルエンサーも同じような髪色に染めているのをよく目にする。
カナタはなるべくそちらは見ないように、持ってきた布類を部屋から出てきたシンイーに手渡した。
「ありがと。ねえ、ウドムかクライヴ、部屋温められる?」
シンイーの言葉に手を上げたのはウドムだった。
少し離れたところに立ち、ぼうっと音を立ててウドムの体が炎に包まれる。見慣れぬ一般人は恐ろしいと思ってしまいそうな光景だ。
しかし薄着で震える被害者のいる今は、とにかく室温は上げるべきであった。それを被害者らもわかっているようで、震えながらも静かにしていた。
一方、クライヴはリュックから電気ケトルを取り出した。
「飲み物を配ろうと思って……ウドムの方が、沸かすの早いかもしれないけれど」
苦笑するクライヴに、離れた場所でウドムはふるふると首を横に振って否定する。
「飲み物は加減が難しい。オレは多分蒸発させる……焼き芋ならば得意だ」
「俺、焼き芋好きだ」
「カナタは多分、食べ物は大体好きだよね」
「ローストビーフも得意だ」
「今度部屋遊びに行っていいか?」
「ああ。ぜひ、肉を持って来てくれ」
ショートさせないように電力を電化製品に送るのは繊細なコントロール能力が必要だ。それを喋りながらやるクライヴの実力はプロと変わらないだろう。
一見地味に見えるが、こうした救助活動のサポートもヒーローにとっては必要なものだ。
実際プロになって人気が出るのは、ウドムのように派手な力を持った者なのだろうが。
女性のような顔立ちのクライヴとシンイーが被害者たちに温かい飲み物を配っていると、ドン、と不意に部屋の中から音がした。
その音に、床に座って震えている女の1人が悲鳴を上げたので、シンイーが急いで部屋に駆け戻って行く。
「ちょっと、ヒューゴ教官っ!」
「おっと……ああ、わりぃな、シンイーちゃん……って、おい、シャロン! 待てって!」
「私は、大丈夫」
「大丈夫じゃねェだろ!」
シャロンの落ち着いた声に安堵する。いいや、むしろやけに冷静な声だ。だから逆に、少し違和感を懐く。
カナタはその声のした方へ視線を向けた。
「私は大丈夫」
凛とした声の後、ひたりと裸足で地べたを歩く音がした。
「えっ、うそ、ま、待ちなさいって!」
シンイーの言葉に、シャロンがこちらに向かってきていることがわかる。
ひた、ひた、と足音がして、シャロンがカナタたちの待機する廊下へ姿を現した。
「……あっ、クライヴ、カナタ、ウドム……助けに来てくれたの?」
やんわり。春に吹く優しいそよ風のような声。
その声と表情とは裏腹に、衣服は千切れ、ヒューゴの言うとおりとても「大丈夫」ではない。
カナタには、シャロンが先程までと別の人格に切り替わったように思えた。極度の緊張から解かれたその様が、そういう風に感じさせるのかもしれない。
一番に名前を呼ばれたクライヴは地面を蹴るように素早く前へ踏み出し、シャロンの曝け出された胸元の布を掴んだ。
シャロンは暴漢に襲われかけた直後だったのか、ワンピースの襟元が無惨に切り裂かれて、白いレースの下着が晒されている。それを隠すように、クライヴがシャロンの服を掴んで押さえたのだ。
「心配かけてごめんなさい。みんなに会いたかった……もう、会えないかもって、何度も、わたし……」
カナタはシャロンの綺麗な声と絵画のように美しい悲しげな表情に、ざわざわと言葉にできぬ何かを感じる。
何か――それは、違和感とでも言うべきか。
いつもならば、カナタは真っ先にクライヴの名を呼び、落ち着けと肩を叩くのに、今はそれができなかった。
「まさか、お前……これも全部わざとなのか!?」
声を荒げるクライヴの言葉に、シャロンはまるでロボットのようにぴたりと静止した。
それから、更に悲しげに眉を寄せる。
「そんなつもりじゃ……怪しい人を見かけたから……みんなの役に立ちたかったの……怖かったよ、クライヴ、みんなが来てくれなかったら……今頃わたし」
「僕には、お前を信用できない……っ」
はっとしたカナタは、ようやく自分の上着を脱いで広げた。
「と、とりあえずこれ着とけ。シャロン、怪我とかしてないか?」
「うんっ! 大丈夫だよ。ありがとう。カナタって、とっても優しいんだね。ウドムも来てくれてありがとう」
何か思うことがあったとしても、今のシャロンは被害者の一人だ。彼女を非難することは間違っている。
まるで何事も無かったかのようにすら見えるシャロンの本心は誰にも見えない。
だが、きっと怖かったに違いない。それを見せぬよう、シャロンは努力をしているのだ。
そうでないなら、彼女に感情が無いということになってしまう。
シャロンはヒーローとして、恐怖に打ち勝ったのだ。他の被害者たちのために気丈に振る舞っているのだ。そうカナタは自分に言い聞かせるしかない。
警察、救急隊員が来るまではあっという間だった。
エリオットと、血だらけだがすっかりいつもの調子に戻ったヒューゴが被害者たちの状態を伝える。
ヒーラーであるヒューゴは己の活躍を告げることなく、ヘラヘラとした態度で警察を苛立たせていた。
犯人の男はヒューゴによって一度瀕死まで追い込まれたが、救急隊員が来る前に回復魔法でほぼ治癒させたらしい。
本来一般人への執拗な暴力は忌避されるべきだが、エリオットはその事を誰かに報告することはないようだ。
彼が私情に流されているのは、恐らくシャロンが原因だろう。
カナタは少し恐怖を抱く。
この場にいる男たちは殆どがシャロンに愛念を抱いている。
そしてクライヴは無関心ではなく、異常とさえ思うほどの憎悪、執着を見せる。
違和感と共に、その妙な関係性にカナタは悔しさを覚えた。それから、その悔しさ自体がおかしいこととも気付く。
視線を向けると、シャロンは勘の良さからすぐにカナタの眼差しに気付いて、こちらへ向かってにこりと笑った。
聖女のようだ。だが、きっとあれは魔性の者だ。
シャロンは何かがおかしい。