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アンラヴドヒーローズ  作者: トシヲ
▼前編(共通)

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11/80

11 旧市街

「君たちは部屋の外で待機。はっきりとは言いづらいが、これまで発見されている遺体から推測するに、男は多くない方がいいだろう。被害者の精神的苦痛を限りなく最小限にしたい」


 エリオットの言葉に頷く。

 そのことに関してカナタも異論は無いが、ヒーラーのボドワンだけが手を上げた。


「あの、僕だけはすぐに駆けつけられる場所にいた方が良いかと。実戦経験は乏しいですが、救護活動とか、ヒーラーの訓練は受けてます」


 ボドワンの言葉にエリオットの視線がヒューゴに向けられた。


「俺は構わないぜ。でもごめんな、これが最初の仕事で」

「いえ、ありがとうございます。精一杯尽くします」


 ヒーラーにはヒーラーなりの苦悩があるのだろう。ヒューゴの口から出た「ごめんな」には、その全てが含まれていた。


 見つかっている遺体の損傷の度合いから、ボドワンがこれから行う任務は治療だけではなく、死亡を確認することかもしれないのだ。


 モンスターの件さえ無ければ。そしてこのタイミングでさえなければ、この現場にももっと多くのプロが駆けつけたのだろう。

 ボドワンの初任務は、誰かに「ありがとう」と言われるものだったかもしれない。



 地下への階段を降り、倉庫と思われる部屋の扉の前でカナタたちは息を潜めた。

 ヒューゴは、ホルスターから一丁の拳銃を素早く取り出し、扉を睨みつけている。

 銃の所持を禁じられているバラム市では、特殊訓練とライセンスの取得が必要となるはずだ。


(ヒューゴが戦うのか……)

 

 正直意外だとカナタは思った。自分を戦力に数えるなとヘラヘラ笑っていた顔を思い出す。

 ホルスターの存在には気付いていたが、てっきり、護身用のものくらいにしか思っていなかった。

 クライヴも同じように思ったのか、一度カナタと目を合わせて、再びヒューゴを見つめる。


「解錠するぞ」


 エリオットが小さな声でそう言った直後、小さな虫のような粒子が空気中を漂った。

 よく見れば虫ではなく、砂だ。

 土属性の魔法士であるエリオットが操る砂は糸のように列を成して、扉の鍵穴や溝に入り込んでいった。


 音もなく、繊細なその作業に派手さは無いものの、その技術力の高さにヒーローとしていかに彼が優れているのかを改めて実感する。

 力任せの強い魔法よりも、コントロール力を求められる繊細なものは実は難しいのだ。


 エリオットの姿を目に焼き付ける。

 そしてカナタは、ヒューゴに対してもかなり期待し始めていた。


 あの一瞬でスリを見抜いたあの洞察力、動体視力、こうして見せる真剣な表情……ぴんと張り詰めた空気がそうさせる。女性を見て鼻の下を伸ばしている彼と、ヒーローをしている彼は別人のようだ。


「ヒューゴ、容疑者は無傷で確保しろ。(それ)では弾が残る」

「……りょーかい」


 目まぐるしいほど早く、しかしスローモーションのようでもある。

 正確にはエリオットの仕事は早かった。だが、緊張からかほんの一瞬一瞬の出来事がカナタの眼球を通して、脳へとゆっくり刺激として伝わっていく。

 心臓が大きく鳴っている。


 カナタにはヒーローとしての才能がある。

 本人はそれに気付いていないかもしれないが、正義感の強さと同等に、魔力の保有量にコントロール能力、身体の運動能力、冷静さまでも兼ね備えている。

 だから少し緊張していても、カウントの声はしっかり聞こえているし、ヒューゴの動きを見て学ぼうともできる。


「3、2」


 カナタは物事をしっかりと客観的に見て、自分の感情と切り離した行動がとれる。

 先走ってヒューゴの邪魔になるようなこともしない。呼吸も整っている。


 そして直感的に、ヒューゴの強さ、そして恐ろしさを理解し始めていた。

 彼の放つ静かな殺気は、普通、平和な街で感じるものではない。ざわざわと嫌な感触が、皮膚を突き抜け心臓を触ったかのようだ。


 ヒューゴは恐らく、この中で最も戦闘に対して抵抗がない。


 銃をしまったヒューゴはそれまでギラギラと目を輝かせていたが、一度瞼を落として、いつも首に下げているペンダントにキスをする。その様は映画で見た、戦場の兵士のようだっま。


「1……」


 カウントが終わると同時に開いたドアから、閃光のようにヒューゴが飛び出していった。

 その脚力があればドアなど簡単に蹴り倒せたかもしれないが、あれは、銃を手に殺気立っていたヒューゴを落ち着かせるためのものだったのかもしれない。


 ヒューゴは、ただのヒーラーではない。


 いつもヒューゴに対して呆れや怒りを面に出すエリオットの顔には、期待や誇りのような輝きが見える。彼もヒューゴを認め、そしてその力を信頼をしているのだろう。


 見届けたいが、無闇に部屋を中を覗き込んで、被害者の名誉を傷つけたくもない。

 カナタは音だけで何が起きているのかをイメージするほかない。


「それ降ろせよ」


 嘲笑するようなヒューゴの声と、生存者の女性の悲鳴が聞こえる。


「誰だお前! それ以上近付いたら刺す! 刺す、刺す、刺す!!」


 容疑者の、やけに子供じみた言葉遣いが耳へ届く。ヒューゴはそれを無視しているのか返事をしない。その代わりに、足音がした。


「あああああああ!!」


 男の雄叫びと共に、布にブツンと刃の刺さるような音がする。

 息を呑んだカナタ、静かなウドム、目を見開いているものの冷静であろうと息を吐くクライヴ……エリオットだけが心配なさそうにしている。


「降ろせつったよなァ? ア?」


 低い声は怒りに溢れ、ヒーローというには相応しくない。

 彼の銃はどうやら本当に出番は無いようで、聞こえてくるのは鈍い肉弾の音だけだった。



「人の体は普段、数パーセントの力しか出せていないと聞いたことがあるか?」


 エリオットの言葉にカナタは頷く。それは魔力のない人間にも共通する、ヒトの仕組みだ。


「奴は全力を、いつでも自由に引き出すことができる。筋肉が傷ついたとしても、奴の治癒魔法の能力が勝っているんだ……と思う。さて、どうやら単独犯のようだな。シンイー、ボドワン以外の君たちは、体をすっぽり隠せるような、毛布代わりのものを探してきてくれないか。無ければ、カーテンとかでも良い」


 カナタ、クライヴ、ウドムは互いを見合ってうなずき、静かに来た道を戻っていった。


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