最後の戦い
天を突き刺すように伸びる大きな二つの角。血のように赤い一つの大きな目。
あらゆる物を噛み砕くことが出来るギザギザの鋭い歯に、簡単に人を丸のみ出来る大きな口。
黒曜石のような肌色に、巨大な体。
人とは呼べない。呼ぶことができない、異形の化け物。
人族の敵。魔族を従え、全ての魔族がひれ伏す、逆らうことが許されない。
魔族の王、魔王。
そんな魔王の前に立ちはだかったのは、六人の英雄。
金髪碧眼の美青年、剣士シリウス。
赤髪に鍛え上げられた体を持つ、拳闘士レオ。
桃色の真っすぐ伸びた長髪の美女、治療士ミーナ。
襟足が長い白髪に、青と紫のオッドアイが特徴の、弓士ロキ。
青色の髪を三つ編みに、少女かと思ってしまいそうな小柄な、魔法士シャーロット。
黒髪金色の瞳に、端正な顔立ちの、鑑定士ルカ。
彼らは、魔族からの脅威と人族の存続を守るために、集められた特別な異能を持つ者たち。
ここで、魔王に敗北すれば、人族は終わる。
絶対に負けられない戦いが始まった。
☆☆☆
国を救うため、人族を守るため、彼らは命を削りながら戦ってきた。
救うことが出来なかった命もあった。そのたびに、非難の声を浴びた。
それでも、彼らは互いに励まし合い、時には衝突して喧嘩をしたり、色々なことを経験しながらも、戦い続けた。
命を落とす者がいなかったのは、奇跡と呼ぶに相応しい。
魔王と戦う前に六人は約束を交わした。
必ず、全員生きて魔王を倒そうと。
だから、彼らは諦めない。
生まれ持った異能を活かし。
磨き続けた己の武器をぶつけ。
何事にも諦めない精神力を高め。
一人一人が声を上げて、連携を強化していく。
そして彼らは、見事魔王を倒すことが出来た。
灰のように細かい粒子となって消えていく魔王の姿を最後まで見つめる。
「……終わったね」
シリウスが静かに呟いた。
「ハハッ!! 俺たち、六人で魔王を倒したな!!」
レオは心底嬉しそうに笑みを浮かべて、シリウスの肩に腕を回す。
「レオさん、あんまり動かないでください。傷が開きますよ」
「本当に、元気すぎて呆れるんだけど……」
「長い戦いでしたわ」
死に物狂いで戦った彼らは、疲労感のあまり地面へと座り込む。誰も口にしなかったが、こんな戦いはもうしたくないという気持ちだ。
たった一人。鑑定士のルカだけは、座り込むことはせず立ち尽くしたまま、上を見上げていた。
魔王城の中で戦っていたが、激しい戦いで建物は修復不可能なほど壊れており、灰色の雲で覆われていた空が、嘘かのように雲一つない綺麗な青空になっていた。
改めて自分たちが魔王に勝ったんだと認識する。
これで、脅威はなくなった。人々が安心して暮らせる状態になった。
「ルカ」
名前を呼ばれて、仲間の方を向く。こっちに来いと、目が語っていた。
「なんだ?」
座り込んだままの仲間を、ルカは立ったまま要件をきく。
「ごめん。ちょっと疲れすぎて、立つことが出来ないんだ。手伝ってくれるかな?」
普段であれば、そんなお願いことを聞くルカではなかった。だが、明らかに疲労困憊の様子だったため手伝いを引き受ける。
座り込んでいるシリウスに手を伸ばせば、
「ありがとう」
ニコッとシリウスが笑って、差し伸べた手を掴まれたと同時に、全身に痺れが走り体を動かすことが出来なくなった。
「……ッツ!!」
シリウスから雷の攻撃を受けたルカ。かろうじて、地面に膝をつかないようにこらえるが、次の攻撃によって無意味に終わる。
「ごめんね」
ロキが謝りながら、矢を放った。謝っているが、顔は楽しそうに笑みを浮かべている。
普段であれば、矢を避けることは簡単だ。だが、満足に動かせない体に矢は足の太ももに突き刺さり、ルカはバランスを崩して四つん這い状態に。
「なぜ……」
なぜこんなことをするのか、理由を問う前にルカは止めを刺された。
レオに胸をつかれ、心臓をえぐり取られたのだ。
取られた心臓は、即座に潰される。レオの顔に、血がべっとりとくっつくが、レオは気にすることなく、こびりついた血を舐めとる。
屍となったルカを、五人は冷たい目で見つめた後、殺した証拠を隠すため、遺体は燃やして埋めることにして、遺品としてルカが使っていた剣を回収し、彼らは王都に帰還して報告をした。
鑑定士ルカは、魔王との戦闘中に死んだこと。五人で、ルカの仇を取ることが出来たこと。
誰もが、英雄たちの言葉を信じた。
そして未来永劫、語り継がれる歴史が誕生する。
なぜ、彼らがルカを殺したのか、その真実は闇に深く閉ざされたままで。
☆☆☆
ルカは全く見覚えのない場所に立っていた。
一言で言えば、荒廃した空間。乾いた地面に、風が吹けば砂が飛んでくる。
遠くには壊れた建物がうっすらと見えて、自分以外の人の気配が全くしない。
なんで、こんな場所にいるのか不思議に思うが、それ以上にここに来る前に何をしていたのか思い出すことが出来ない。
「こんにちは」
後ろから声がして、すぐに振り返る。
長い赤髪を一つに縛っている、男か女か分からない人物が一人立っていた。もちろん、見覚えのない人物だ。
「初めまして、あなた様の魂を管理している、死神といいます」
死神と名乗る人物は、読めない笑顔でそう名乗ってきた。