91話 宿命に震える
「え」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
冗談かとも思ったが大司教の目は笑っていない。
(あと1回でも死んだら、終わり!?)
何度も繰り返し、少しずつ認識してきた。
頭を鈍器で殴られてたように痛み、立っていられなくなった。
もし、エリクさん達に連れて行かれていたら。
もし、ナキレで司祭に捕まっていたら。
もし、暴食族に食われていたら。
もし、魔王に首を絞められていたら。
いや、そもそも魔王が命乞いを受け入れなかったら。
俺は、ここに居なかった。
(こ、ここで気を失っちゃダメだ。持ちこたえないと……)
震える拳を床につけて必死に繋ぎ止める。
激しく脈打っている心臓を押さえながら魔王を見た。
彼の赤い髪と目が余計に気分を悪くさせる。
「ま、魔王さん……」
「我も驚いておる。お前の命乞いを受け入れたのは、好奇心だったからな」
魔王が淡々という。驚いているのは本当だろうが、取り乱していないのはさすがだと思った。
魔王が懐かしむように遠くを見る。
「お前は『死にたくない』と素直に言った。
その言葉が、妙に耳に残ってな」
(それが……本当に、奇跡だったのか……)
魔王は大司教に向き直ると、確認するように尋ねた。
「このニンゲンの寿命がわかるのは、お前が作った本人だからか?」
「ああ、そうだ。少し意識を集中させると、相手の頭上に残りの数字が浮かび上がる。私は生き長らえさせてもらっているが、他者は平均的な寿命であるからな。
引き継ぎの目安に組み込んだのだが……まさか……」
大司教が哀れむような目で俺を見る。
残りがない人になんて会ったことがなかったのだろう。
「……何故伝えた?」
魔王の声が低くなる。怒っているみたいだが、理由はわからない。
「私の過ちを身の危険を省みずに教えてくれたからだ。この部屋に入るのも簡単ではなかったはず。
残酷な事実なのは重々承知の上。だが、カルム君に伝えないとまだ「教会送り」があると思って、命を無駄にしてしまうのではないかと……」
納得のいっていない顔で魔王は黙っている。俺がこんな状態になるのなら伝えなかった方が良かった、とでも言いたげだ。
(俺を心配している……?)
でも大司教もかなり辛そうな表情だし、責めるのは違うだろう。
それに、俺は怒りより衝撃の方が大きい。
「だ、大司教様。お、教えてくれて、ありがとう、ございました……」
声が掠れて、上手く言えたかどうかわからない。
大司教は静かに目を伏せた。
「すまない……やはり酷だったな。私を殴ってくれても構わない……」
そうは言われても、俺は動けなかった。
室内はずっと静かで鼓動音が頭に響いて気分が悪い。
どれぐらい時間がたっただろうか。
突然部屋の大扉が開き、フロー達が飛び込んでくる。
「カルム!?あんたここに――カルム?」
俺はよほど酷い表情をしているのだろう。
目が合ったフローは持っていた杖を取り落とした。
「フローさん!?……ってカルム――」
アリーシャも言葉が続かなかった。
最後に入ってきたザルドも口を開けたまま俺を見つめている。
「み、皆……俺……」
口を動かしたが、喉が詰まって声にならない。
フローはすぐに杖を握り直すと魔王を睨みつけた。
「な、何があったっていうの?魔王!あんたがカルムに――」
「我は何もしておらぬ。そこで同じようにうなだれている大司教にでも聞け」
フロー達は魔王が顎でさした先を見て目を見開く。大司教が苦渋に満ちた顔で傍観していた。
「あ、あんたが大司教……様?」
「そうだ」
「カルムさんに、何をしたんですか?」
大司教はゆっくり顔を上げると、苦悶の表情で話しだした。
「その前に、詫びさせて欲しい。
組織の者達が「教会送り」のペナルティを伝えていなかったようだ」
「ま、まさか……」
ザルドの声が震えている。
「「教会送り」になる度に、寿命を1年失っている」
皆の顔から血の気が引いた。アリーシャはその場に座り込み、フローとザルドは杖や盾を支えにして必死に姿勢を保っている。
改めて重い事実が突きつけられた。
誰も一言も発さず、浅い呼吸音だけが響いている。
室内は真っ白なのに、俺達の心は真っ黒な穴に突き落とされていた。
大司教は俺達の様子を気にしながら慎重に語りだす。
「私は、てっきり司祭達が説明しているものとばかり……。
今までの目覚めの時にも彼等に尋ねたが「ご安心ください。しっかりと説明しております」と言われ、信じ切っていた。まさか、このようなことになっているとは……」
「そ、それで、あなたは、ぬくぬくと生きのびているのね」
事実を受け止めながらもフローが言葉をつなげる。
しかし声が震えていて、覇気がなかった。
「ぬくぬく……君達から見ればそう捉えられても仕方がない。
しかし、私は理不尽に喪われる命を無くしたかったのだ」
「理不尽……」
フローが黙り込んだ。
今度はアリーシャが体を震わせながらも、大司教の目をしっかりと見て質問をぶつける。
「で、では、どうしてカルムさんが……」
「彼が今の状態になってしまっているのは……「次に命を失えば永遠の死を迎えてしまう」と私から聞いたからだ」
フロー達の視線が俺に集まる。
俺は小さく頷くことしかできなかった。
「そ、そんなっ!!」
「嘘だろ!?」
「じゃあ私達も次がないわけ!?」
フローの叫び声に大司教は力なく首を左右に振った。
「君達3人はまだ10年以上の余裕がある。
本当に、カルム君だけが……」
「な、何か方法はないんですか!?寿命を分け与えるとか!」
うっすらと目を潤ませながら早口に言うアリーシャに、
大司教は静かに告げる。
「残念ながら、ないのだよ。君もヒーラーならわかるはずだ……」
「で、でも、こんなことって……」
頭痛が酷くなってきた。
徐々に周りの声が二重に響き、ハッキリ聞き取れなくなる。
(次死んだら、終わりか……)
ついに、俺の視界が真っ黒に染まった。
もし、エリクさん達に連れて行かれていたら。→80話
もし、ナキレで司祭に捕まっていたら。→74・5話
もし、暴食族に食われていたら。→60話
もし、魔王に首を絞められていたら。→24話
いや、そもそも魔王が命乞いを受け入れなかったら。
→1話
となっています。




