88話 大司教の部屋に侵入する
「あれ?皆は!?」
慌てて周囲を見回すが誰の姿も見えない。呼び合って探したかったが、居場所を知らせてしまうことになるので諦める。
相変わらずオーク達が暴れていて、ガチャガチャと建物の崩れる音が聞こえる。
(ここに居たらダメだ!とりあえず離れないと!)
フロー達が無事か心配だったが、相手に見つかって捕まるわけにもいかない。走りながら身を隠せる場所がないか探す。
すると、路地に続く人1人が通れそうな細い道を見つけて迷わず飛び込んだ。
「ひとまずは安心か……」
薄暗く、下水道やゴミの腐敗臭が鼻をつく。
そのため誰も逃げ込んでおらず、俺しかいなかった。
「フロー達、無事だよな?踏み潰されたり掴まったりしてないよな?」
無事だとは信じたい。でも不意打ちをくらったらあっさり捕まってしまうとは思う。
いろいろ考えて、ふと思いつく。
(俺を探して立ち止まってるとかないよな!?)
急激に不安が襲ってきた。
路地の壁に体を隠し、顔だけを通りに出す。砂や白煙はいくらか晴れていたが、オーク達が建物を壊しまわっていてよく見えない。
見た範囲だが、フロー達の姿はなかった。
「いや、皆ならきっと大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟いて再び路地に入った。
「立ち止まってるわけにもいかないし……大聖堂を探すか」
建物の隙間から光が漏れている。後ろは門の方角なので、前に進むしかない。誰もいないとはいえ、慎重に歩みを進める。あまりにも警戒しすぎて、自分で蹴飛ばした小石にも驚いてしまった。
耳には人々の逃げ惑う声や怒声、建物の壊れる音、オーク達の鳴き声がひっきりなしに響いている。
「暗いし狭い。もし敵と会ったら――」
ふと、肩を軽く叩かれた。
素早く距離をとって振り返ると、なんとデュークさんが満面の笑みで立っている。
「デュークさん!?なんでこんな所に!?」
「ヤッホー、モトユウちゃ~ん!なんか気づいたら来てたわ〜。
あ、ちゃんとマーさんの言う通り、誰も「教会送り」にはしてねぇからな〜」
「は、はあ……。ありがとうございます……」
(デュークさんならちゃんと従うとは思ってたけど。
でも本当になんで路地に?)
デュークさんの目的も相手の無力化なのだから、通りを進んでいればいいのではないだろうか。やっぱり考えが読めない。
「ちょっと失礼〜」
「うぇ!?」
突然、デュークさんは俺を小脇に抱えると一飛びで屋根に上がった。
また胸騒ぎが強くなる。
(な、何だ?こういう時って、たいてい何かやられるんだよな……)
「ところで、大聖堂ってアレのことじゃない?」
屋根に降ろされながらデュークさんの指差した先を見る。
うっすらと4階建ての白い建物があり、周りにある物より一際大きい。
あれが大聖堂で間違いなさそうだ。
「たぶんそうだと思います。教えてくれてありがとうございます!」
(途中まで屋根が続いてるから、かなり近づけそうだな)
駆け出そうとするとグッと肩を掴まれた。
痛みはないが、俺が動けないぐらいの絶妙な力加減だ。
(へ!?しかも片手!?)
「そう焦んなって〜。どうせあそこに近づくにつれて敵も増えるんだろ?
あまり敵に会わずに済む方法があるんだけど〜」
「ま、まさか……」
俺の反応を楽しむようにニヤニヤしているデュークさんを見て、顔から血の気が引く。もう俺の頭には1つの方法しか浮かんでいなかった。
「そのまさか!
オラ、いってきなぁ〜!!」
言うが早いか景色が反転し、体がひっくり返るような感覚になる。
俺は空高く投げ飛ばされていた。しかも高さ的に行き先は4階だ。
(場所関係ねぇのかよ!?この浮いてる感覚苦手なのに!!)
とはいえ、もう飛ばされてしまったので文句は言えない。風の抵抗を受けないように手足をまっすぐ伸ばす。
本当は叫びたかったが舌を切る可能性があるし、何より場所を知らせてしまう。
風に負けないように目を見開くのが大変だった。
ふと、雑音が耳に入り、目線を下に向けると司祭や冒険者、騎士団の人々が何か叫びながらに俺を指差している。
先ほど逃げ惑っていた人達かはわからないが、数が増えている気がする。
本当に大聖堂はこの先にありそうだ。
「1名、空から侵入するつもりだ!」
「撃ち落とせ!」
俺のことが後方にも伝わり、一斉に弓矢やジャベリンを構えるのが見えた。それを見て冷や汗が浮かぶ。
(ヤベ、剣は鞘に入ったままだから直撃を防ぐことしかできねぇ。
確実に落とされる!)
しかし、直前に複数のワイバーンが彼等の頭上を掠めるように飛び交ったのだ。
驚いて武器を取り落としたり、腕が隣の人に当たったりしたため、それらが俺に飛んでくることはなかった。
「ありがとうっ!」
早口でワイバーン達に聞こえるように叫ぶと、彼等は答えるように一鳴きした。
つい叫んでしまったが、幸い舌は切らなかった。
「おわあああぁ!!」
結局、俺は4階のバルコニーに不時着した。腕と足にズシンと重い衝撃がはしり、思わず呻き声を漏らす。
「痛ぇ……。でも折れてはなさそうだな」
軽く腕を回したり足を踏み鳴らしてみるが、違和感はなかった。
魔王の補助魔法がまだ効いているのだろうか。
(まさか再会してから掛け直したとかないよな……)
否定するように首を振って、目の前のことに意識を集中させる。
巨大なアーチ状の窓が4枚。
「これ、窓を割るしかないよな……」
鞘付きの剣で叩けば割れるかもしれない。
薄い膜があって中の様子は見えないが、なんとなく大司教がいそうな気がする。
「ちょ!?くすぐった――」
ふと胸の辺りがモゾモゾと勝手に動き出し、赤い小鳥が飛び出してきた。
(え、この鳥は……)
そう思っている間に鳥は黒い霧に包まれながらみるみる姿を変え、子ども姿の魔王になる。
「魔王さん!?」
「ギリギリ間に合ったわ……。デュークめ突発的なことを……」
魔王は服のシワを伸ばしながら不機嫌そうに呟く。
どうやら俺が投げ飛ばされる直前に、鳥に化けて懐に潜り込んだみたいだ。
「追いついてたんですね」
「長引かせつもりはなかったからな」
「長引かせる……?」
(誰かと話してたのか?)
尋ねても、魔王は頷いただけだった。
それから話題を変えるように窓を見つめる。
「それで、侵入するのだろう?」
「はい。なので窓を割らなきゃ……」
「我がそんなコソドロみたいな真似をすると思うか?」
「へ?」
魔王は1枚の窓ガラスにピタリと右手を当てると、魔力を流し込み始めた。
彼から放出された紫色のオーラがガラスに伝わると、音もなくドロドロに溶けて石畳に吸収されてしまぅた。
(魔王が魔法使うの、新鮮だよな……。メイスでボコられてばっかりだから)
「行くぞ」
「は、はい!」
(ってこれ、コソドロと変わらなくね?)
口に出したら確実にボコられるため、心の中に留めておいた。
そこまで苦労せず、俺達は部屋の中に足を踏み入れる。
その瞬間、背筋が凍って胸騒ぎが一段と強くなった。




