82話 事実を確かめる
デュークさんをまっすぐ見れなくなり、俯いて目線をずらす。
その様子を見て、ザルドが首を傾げながら声をかけてきた。
「カルム?手、震えてないか?」
「い、いや、ちょっと風が冷たくてさ。はは……」
「もし調子が悪くなったら言ってくださいね?回復魔法かけますから」
「ありがとう、アリーシャ。俺は大丈夫だから、森を抜けよう」
平然を装って取り繕う。みんな納得はしていない顔だったが、詮索はしてこなかった。
当のデュークさんは俺の状態に気づいているのかいないのか、少し口角を上げると、移動時の定位置についた。
無事に森を抜け、街道から少しそれた獣道を進む。俺達を探している追手がウジャウジャいるというのに、堂々と街道を通れるはずがない。幸い、そのような相手の影は見えていなかった。
ふと、アリーシャが何やら唸りながら必死に考えているのに気づいて、みんなが注目する。
「うーん、見覚えがあるような、ないような……」
「アリーシャ、あんたが考え事なんて珍しいじゃない」
「え、えっと、この辺りに何かあったような気がして……」
ブツブツと呟きながら険しい表情をしていた。せっかく思い出そうとしているのに、気を散らすわけにはいかない。俺達は静かにその背中を見守った。
しばらくして、顔を上げると緑色の目を輝かせる。
「思い出しましたっ!この先に、昔の街道があったはずです!」
「本当か?アリーシャ」
「記憶が間違いなければ……」
「よし、行ってみよう!」
アリーシャの記憶を頼りに道を進む。
夕方になり、ようやく整備されていないボロボロの石畳や伸び放題の雑草が生えた道に出る。
「ここが、旧街道?」
「は、はい。間違いありません」
「よく知ってたわね」
「訓練所に通っていた時に、道を覚えておけと叩き込まれました」
確かに今は誰もいない。近くに小さな橋もあるし、訓練所に通っていたヒーラー達が思い出すまでは、小休止ぐらいならできそうだ。
「少し、休むか?」
3人に尋ねると、間を置かずに頷きが帰ってきた。
夜、「レンジャーズキャンディ」で空腹を満たし、橋の下で横になる。かすかな水の音と夜風が心地よかったのか、石のゴツゴツした感触の中でも、3人ともすぐに寝息を立ててしまった。
俺はやっぱり寝付けない。デュークさんが嘘をついたことが頭を支配している。
(デュークさんに確かめないと……)
いつものように周辺にいるだろう。みんなを起こさないように気をつけて立ち上がると、つま先歩きで移動する。
デュークさんは橋の上にいた。西側にうっすら見える街明かりを眺めている。
足音で気づいたのか、振り返った。相手が俺だとわかってニンマリと笑う。
「モトユウちゃ~ん、また寝れないのか〜?」
「は、はい……」
いつも通りの明るい声。でも俺は何か隠しているのではないかと疑ってしまう。
「それに、ちょっと聞きたいことがあって……」
「な〜に〜?」
一呼吸置いてからデュークさんの目をしっかりと見る。俺の発言を待っていてくれて、不思議そうに首を傾げていた。
(信じたい……。でももし本当に嘘だったら……)
出かかってた言葉を呑み込んだ。目線を下げて顔を背ける。
なかなか勇気が出ない。
「モトユウちゃんー、何か気になることあるなら、今のうちに聞いとけよ?」
「え?」
デュークさんは人懐こい笑みを浮かべていた。怒っているわけでも怪しんでいるわけでもない。
(やっぱり、今しかないよな……)
俺は顔を上げると大きく息を吸い込んで、ついに質問をぶつけた。
「デュークさん……どうして、嘘ついたんですか?」
「嘘……?」
デュークさんの顔から笑顔が消え、少しだけ目つきを鋭くして俺を見つめ返してくる。
「だって、突拍子な作戦は苦手だって言いましたよね?
でもそれは違うんじゃないかと思って……」
真剣な表情を崩さないまま言う俺を見て、デュークさんは瞬きを繰り返した。しかし、フッと声を出したかと思うと盛大に笑い出す。
「ヒハハハッ!!な~んだ、だからモトユウちゃん怖い顔してたの〜?」
「わ、笑い事じゃ……」
「……変な疑念持たせたなら悪かった。指摘されるまで自覚なかったわ」
「へ?マ、マジですか?」
「マジ」
真顔で返される。こういう時はたいてい本気なので信じたいのだが、一抹の不安があった。
「ほ、本当に?」
「ああ。俺、そんなに怪しかった?」
「怪しくはなかったです。でも、嘘ついたのかと思うとショックで……」
目を伏せると、デュークさんが肩に手を回してくる。バシンと軽く叩かれたのが痛くて声が漏れた。
「本当悪かった。そんなに悩んでるとか思ってなかったわ」
思わず顔を上げる。連続で謝るのも珍しい。
(じゃあ、本当に無自覚なのか?)
ビックリしたまま見つめていると、デュークさんは口元を緩めて話を続ける。
「逆にそんなに疑われてたことがビックリよ」
「ご、ごめんなさい!1度疑念が出たら振り払えなくて……」
「いや、気にすることじゃないぜ。それだけお仲間のこと考えてたってことだろ?」
「デュークさん……」
思いっきり疑ってた俺を怒るわけでもなく、許そうとしてくれている。
勝手に決めつけて、疑って、とても申し訳ない気持ちになった。
まだ頭は冴えていて、眠れそうにない。しかし、このままだと居たたまれないので、話題を変えることにした。
「でも、デュークさん、1人なんですよね?」
「今はな。何しろ、人間との全面戦争が終わったあと、マーさんが着地場所ランダムで俺達を吹き飛ばしちまったんで」
「吹き飛ばした!?」
「おう」
調子を取り戻し、笑いながら言うデュークさんに苦笑いしかできなかった。そんな面倒くさいことをせずに、魔王城の地下にでも固まっておけば良さそうな気もする。
(暴食族がいても、みんなで対処できそうなのに……)
「なんでわざわざ……」
「さぁ?俺にもわからねぇわ〜。マーさんのみぞ知るってやつ。
飛ばされてから10日ほど探し回ったけど、顔見知りは見つけられくてよ〜。フラフラしてたらモトユウちゃん達見つけたわけ」
「な、なるほど……」
「まぁ、へネちゃんとかアパちゃんとか見つけたら、俺は抜けるからなー」
「ですよね……」
思わず呟くと、デュークさんがグッと顔を近づけてきた。
「寂しい?」
「寂しいというよりは、心強かったので。森での野宿場所もデュークさんが見つけてくれましたし」
「ふ~ん、そう……」
デュークさんは少し残念そうに言うと、俺から顔を離した。
なぜか俺まで切ない気持ちになってきて、見透かされないように急いで言葉をつなぐ。
「じゃあ嘘ついたっていうのは、俺の思い違いだったってことで……」
「そうなるなー。俺は嘘ついたつもりはない。断言する」
「本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる。フローが見ていたらまた叩かれていただろう。
いきなり頭が重くなった。腕でも乗せているのか容赦なく体重をかけてくる。
「ちょっ!?」
「ヒハハッ。モトユウちゃん〜、ホントすぐ頭下げるよな〜」
「う、腕、退いてください!」
「ヤダ。それより俺の話聞いてくれよ〜。モトユウちゃん、勝手に思い込んでたんだろ?」
顔は見えないが、声の感じからして満面の笑みで言ってそうだ。腕も退けてくれないし、嫌な予感がする。
「そ、そうですね」
「ならさ〜、お詫びも込めて、ちょ〜っと俺のワガママ聞いてくんない?」
腕の重さに耐えながら、俺は唾を呑み込んだ。




