どうにか場を収める
ナキレの北にある森、ノースウッズ。そこにある開けた場所で俺達はデュークさんと対峙していた。俺達はすぐに動けるように膝を曲げて低姿勢だが、デュークさんは木の幹に寄りかかってニヤニヤしている。
誰も武器を構えてはいないものの、空気がピリピリと張りつめていた。
「で?何で俺警戒されてんの?助けたじゃん」
「そ、その件はありがとうございました。ですが……」
「何か企んでるから、あたし達を助けたんでしょ!」
フローに指を差されるとデュークさんは目を閉じて笑った。
「まあな。それについては追々話す。
だって他に気になる事、あるだろ?」
俺達は顔を見合わせる。デュークさんの言うことは最もだ。
理由はわからないがこれだけは言える。デュークさんが生きているのなら、魔王も生きている。
「たぶん皆、似たような事考えてるよな?」
小声で尋ねると3人とも頷き、ザルドが口を開く。
「ああ。倒したはずだろ?」
「あいつも気になるけど、先に魔王よね」
「はい……」
意見を確認すると、俺はデュークさんに向き直ってゆっくりと口を開いた。
「魔王は生きてるんですよね?」
「………………」
デュークさんからニヤニヤが消える。今までもこのようなことは何度もあったのに、刺すような寒気に思わず唾を飲み込んだ。
「ああ。アンタらが倒したのは魔王であって魔王じゃなかったのさ」
「どういうことよ?分身でもしてたってわけ?」
「さあ?ただ、本物じゃなかったのは確か」
(分身か身代わりって事だよな。ん?身代わり?……まさか!?)
ある答えが思い浮かぶ。しかし、ここで言ったとしても理解できるのは俺とデュークさんだけなので、喉まで出かかっていた言葉をのみこんだ。
デュークさんは俺達の顔を流し見た後、再びニヤニヤし始めた。刺すような悪寒も緩まる。
「ヒハハッ!魔王の方が1枚上手だったな」
「お前は何で俺達を助けたんだ?」
「そりゃあそっちの方が不利だったから。司祭共とか胡散くせーし」
まだ警戒しながら尋ねるザルドにデュークさんは軽快に答えた。
「あんたがそんな簡単な理由で助けるとは思わないわ!
何を企んでるのか言いなさい!」
性格とはいえ、デュークさん相手にここまでズバズバ言えるフローに尊敬する。しかし、その言葉で緩んでいた空気が張りつめてきた。
デュークさんは木に寄りかかるのをやめて、静かに佇む。
「追々話すって言っただろ?そうガッツクなよ」
「やっぱあんた、今ここで倒しておいた方がよさそうね!」
フローが杖を喚び出してデュークさんに向ける。ザルドとアリーシャも盾や杖を喚び出して臨戦態勢に入った。
(ヤベェ!?止めないと!!)
俺は慌ててフローとデュークさんの間に割って入り、叫んだ。
「ちょっと待ってくれ!」
「何でよ!?いつ攻撃してきてもおかしくないでしょ!?」
「そうかもしれないけど、今は争ってる場合じゃない!」
(まだ言ってくれないけど、デュークさんだって何か助けた理由があるはずだし)
そうでなければ放っておかれただろう。
目で訴えているとフローは渋々杖を下げてくれた。俺がここまで強く言うことは少ないため、理解してくれたのだろう。するとザルドやアリーシャも同じようにした。
「確かに。それにカルムの背中無防備だしな」
(ゲ!?)
指摘されて体を回転させる。ザルドは「無防備なのに攻撃してこない」ことを言ったのだろうが、俺は別の意味だと思った。距離も近いし、抱きつかれてもおかしくはない。
デュークさんはというと、含みのある笑みを浮かべていた。
「フーン……。やっぱオモシレー」
そう呟いて、俺の真正面まで来ると小声で話しかけてくる。
「ヤッホ〜、モトユウちゃん。元気そうじゃん」
「ほ、本物ですよね?」
いまいち信じられなくて尋ねると、デュークさんから笑顔が消えてグッと顔を近づけてきた。
「ツケ、今から払うかぁ?」
(紛れもなく本物だ!!)
慌てて後退する。「ツケ」を知っているのは俺とデュークさんだけだからだ。
フローは呆れ顔、アリーシャとザルドは口を開けたまま何度も瞬きをしている。
「あんた達、そこまで仲良かったわけ?」
「そ、俺とモトユウちゃん仲良しっ!」
笑顔言いなから俺の肩に腕を回してくる。
フローが明らかに軽蔑した目で俺達を眺めた。
「キモチワルッ!!」
「なんだよー、ニンゲンと魔族が仲良くしちゃオカシイ?」
「おかしいに決まってるでしょ!敵対してるのよ!」
「なら、何で攻撃しないワケ?俺は敵なんだろ?」
デュークさんは再び真顔になると挑発するようにフローに問いかける。
フローはますます顔を険しくして叫んだ。
「そんなにベッタリくっついてたら攻撃できるわけないでしょ!」
「ヒハハハッ!アンタの魔法って当たれば即死?」
「そこまで威力強くないわよ!」
「じゃあ攻撃すればいいじゃないの。間違ってモトユウちゃんに当たっても「教会送り」にはならないんだろ?ほら、やってみ?」
試すようにさらに俺の体を引き寄せる。フローはしばらくデュークさんを睨んでいたが、諦めたらしくため息をつくと後方にいるザルド達の所へ戻った。
「ぐっ、やっぱムカつくわ、こいつ!」
「ムカついてもらって結構。んで、そこの2名は?何で攻撃しない?」
アリーシャとザルドは困ったように顔を見合わせて肩をすくめた。
「せ、戦闘態勢に入っていないので」
「それにお前の強さは知っている。今までの間に俺達を倒そうと思えば倒せるはずだからな」
「フーン、思ったより頭回るじゃない」
背後でデュークさんが呟く。声の状態はいつも通りなので、少し安心した。
(っていうか、まだ離してくれないのか?俺としては良い状況とは言えないんだけど……)
様子を伺っていると、眉間にシワを寄せているフローが声を荒らげる。
「っていうかカルム!あんたも少しぐらい抵抗しなさいよ!
なに大人しくしてるの!」
「て、抵抗したら……喰われる……」
「はぁ⁉」
フローの反応も最もだが、今までツケか゚2回溜まっている。今回何かしてしまったら払わされる可能性が高い。
「よくわかってるじゃないの、モトユウちゃん」
低い声で身震いした。本気なのか冗談なのか全くわからない。
(ま、まさかマジで喰うつもりか!?)
「なんてな。今はまだやめといてやるよ」
デュークさんは笑いながら言うと俺の背中を押して解放した。
不意打ちで捕まらないようにダッシュでザルド達の所へ戻る。
「大丈夫か?カルム」
「まぁ……なんとか」
「それにしても、どういうつもりなんでしょうね?」
アリーシャの言葉に皆でデュークさんをチラリと見る。
少なくとも、今は敵ではないということは感じ取っているようだ。
会話が途切れ、しばらく見つめ合っているまま時間が過ぎてゆく。
デュークさんはニヤニヤしているだけで、まだ理由を話すつもりはないらしい。
とうとう、耐えられなくなったフローが沈黙を破った。
「話すこと終わったんなら、さっさとどっか行きなさいよ!」
「ずっとニヤニヤしてて怖いです……」
デュークさんは小さく声を漏らすと、とんでもないことを言い出した。
「しばらくアンタ達について行こっかなー」




