直感が冴える
今まででも真面目な話になったり機嫌が悪くなったりしてデュークさんの語尾が伸びなくなることは何度もあった。
俺が「教会送り」にされそうになったという十分すぎる理由があるので、全くおかしくはない。だけど何か違和感がある。どのあたりがと聞かれると答えられないが、直感というやつだ。
(デュークさんだけどデュークさんじゃない気がする)
デュークさんは俺の様子がおかしいことに気づいてはいるようで、大剣を背負うと少し首を傾げながら距離を詰めようとしてくる。
「どうしたよ、モトユウちゃん?
何をそんなに怯えてんのさ?」
「いや、その……」
「あ、俺の語尾が伸びてないから怯えてんのか」
(それもそうなんだが、やっぱり何か違う。気というよりは中身?)
まだ警戒心を解かずに見つめるとデュークさんがため息をついた。
「………………君、勘鋭いね」
そう呟いた直後、グニャリと姿が変わり目元を仮面で隠した男になった。
右半身は俺やデュークさんと同じ肌色の皮膚だが、左半身はスライムのようにドロドロとしたモノだ。
「なッ⁉え⁉」
(ヤベェ、噛まれた痛みで立ち上がれねぇ)
噛まれたのは少し前なのに、まだズキズキと焼けるように痛い。しかも痛みの範囲が広がってきているような気がする。
目の前の男が味方だとは限らない。引きずるようにして体を動かそうとすると、それを制するように彼は顔の前で両手をヒラヒラさせた。
「あー、そんなに警戒しないでよ」
「へ?」
「襲うんだった変身解かずに襲ってる。
ちなみに僕はモンスター。イノサンクルーンって聞いたことない?」
「あっ⁉」
イノサンクルーン。相手に変身する能力を持っており、姿だけでなく声や筋力などもそっくりそのままなので、遭遇したらかなり面倒だと他のパーティから聞いたことがあるのを思い出した。
「じゃあ本物はどこに?」
「団長ならまだ暴食族の相手してる。だから僕に頼んだんだよ。暴食族が付きまとってるから監視しててくれってね」
「助けに行かな――デッ⁉」
立ち上がろうとした瞬間、右肩に激痛がはしった。
(いつまで痛むんだ⁉効果継続するような魔法でもかかってるのか?)
うずくまった俺を見てイノサンクルーンは冷静に言い放つ。
「無理に動こうとしない方がいいと思うよー」
「でもっ!」
「団長の強さは知ってるでしょ?」
「そうですけど!剣は大丈夫なんですか⁉」
左手でイノサンクルーンが背負っている大剣を指差した。刀身の赤といい、持ち手を覆うようについているギザギザといい、間違いなくデュークさんのだ。
しかも今ここにあるということは、デュークさんは武器なしで戦っていることになる。いくらデュークさんでも暴食族30人は苦戦するはずだ。
イノサンクルーンは大剣にチラリと目を向けてから俺に戻す。
「大丈夫」
言いきったイノサンクルーンに思わず口を閉じた。心配や不安は全く感じられない。
ビックリして固まっているとイノサンクルーンはニンマリと笑った。
「やっぱり君、いい子だね。団長が気に入ってるのもわかるよー」
「は、はぁ……どうも……」
「ニンゲンだからてっきり襲いかかってくるかと思ってたんだけど」
「それは、俺も同じです。俺は人間だからよく思われてないのかと」
「団長がさ、君のこと興奮気味に話すんだ。同じ話何回も聞かされたよ。必ずその度に「イイヤツだから1回会ってみなよ〜」って言われてねー」
(そんなに俺のこと言い回ってたのか?嬉しいような嬉しくないような……)
だが、そのおかげで現在警戒もなく話せているのかもしれない。
「普通のモンスターでも話通じるんですね」
「ヒト型はね。オークとかボアとかはさすがに通じないよ。まぁ、アイツラでも全く理解できてないわけじゃなさそうだけどね。邪魔って睨んだら回れ右して帰るし」
「あなたはイノサンクルーンの中でも優秀なんですよね?だってデュークさんに認められるぐらいなんですから」
「いや、逆。僕は落ちこぼれ」
「え?」
(落ちこぼれ⁉そんなふうには見えないけどな?)
表情が顔に出ていたようで、イノサンクルーンは苦笑してポツリポツリと話しだした。
「普通のイノサンクルーンなら、1度変身した対象は2回目以降相手が目の前に居なくても変身できる。
でも僕はできない。変身する時は必ず対象が目の前に居ないといけないんだ。それをバカにされてね。リンチとかされたなぁ〜」
「そう、だったんですか……」
(マジか。モンスターもやることも俺達と変わらないな……)
能力が低かったりなかなか成長が見られない者は
ハブかれたり奴隷のように扱われたり、ヒドいことをされる。もちろん全員に当てはまるわけではないが。
考え込んでいると左肩を軽く叩かれる。
「とりあえず移動しよっか?モトユウちゃん?」
「え、でもどこに……」
「どこにって、ケガしてるんだからさ。治さなきゃ」
(あ、フロか……………マジで⁉)
以前、治癒の痛みに悶絶していたデュークさんを思い出す。因果応報。
全身の血の気が引いていくのがわかる。
「あの……知り合いとかで回復魔法使える方は?」
「いないよ。だいたい団長の部隊、力押しの者がほとんどだから。それにね魔族でヒーラーって貴重なんだよ」
「そう、なんですか……」
(終わった。生きて帰れるか?俺?)
デュークさんでさえ辛そうにしていたのだから、そうとうな痛みになるはずだ。以前のタンコブのときは気絶してしまったので大丈夫だったが、今回はそうはいかないだろう。
そんな俺を気にせずにイノサンクルーンは肩を持った。
「じゃあ行こっかー」
「フロじゃなくて簡易の泉とかないんですか?」
「ないよー。
あ、そうそう、逃げようとしても逃さないからね。
団長から「もしモトユウちゃんがケガしてたら、なにがなんでもフロに連れてけ」って言われたから。
眉間にシワ寄ってたけど、いったい何したのさ?」
「こ、好奇心でデュークさんのケガした箇所をユに……」
躾けられただけで終わりかと思っていたが、まだ根に持っていたようだ。
俺の言葉を聞いたイノサンクルーンが笑い出す。
「アハハハッ!なるほどー。
そりゃあ団長も眉間にシワ寄せるよ。ペース乱されるの嫌うから」
「そう言ってました」
「うんうん、もうしないように気をつけてね。
さー、行こうか」
「はい……」
もうこれは諦めるしかない。俺は強制的にフロがある裏に連れて行かれた。




