魔王の過去を知る
俺は「教会送り」になりたくなかった。そのためだけに命乞いまでして魔王の配下になった。だが、配下というよりは置いてもらっているの方が正しいかもしれない。
なぜなら魔王は俺をコキ使うつもりはなく、むしろ心配しているということが判明したからだ。
そんな状況の中、半年の内に人間と魔族の大規模な戦いが起ころうとしている。始まってしまえば、勝敗が決まるまで終わらないだろう。
(自分から命乞いをしておいて、あっさり人間側に帰れるはずがない。何かの間違いで戻れたとしても、魔王達に「敵」として対峙する自信もないしな)
戦いが終わるまで、どこかに隠れておくしかなさそうだ。
しょぼくれていると魔王が口を開く。
「それで、他に聞きたいことがあるのではないのか?」
自分の事ばかりで肝心な質問を忘れかけていた。急いで頭を切り替えると質問を投げかけた。
「えっと、魔王にも入れ替わりってあるんですよね?
でも「墓地送り」でなかなか決まらないんじゃないかと
思って」
「…………そうだな」
魔王は目を閉じると黙り込んでしまった。そしてなぜか
ドアの方に歩き始める。言葉が出てこず目で追っていると、魔王は少しだけ顔を俺の方に向けた。
「用事を思い出した。テナシテから聞け」
(ここで⁉話してくれないのかよ⁉)
俺の気持ちも虚しく魔王は部屋から出ていってしまった。機嫌を損ねたわけではないと思うが、不安になる。
するとテナシテさんが少し笑ってから口を開いた。
「フフ、やっぱり自分で話すの嫌なんですね」
「え、それで帰っちゃったんですか?」
「はい。おそらくですけどね」
テナシテさんは1度言葉を切ると少し眉をひそめる。空気も少し緊迫したものになり、すでに伸ばしている背筋をさらに伸ばした。
「魔王様の事をお話ししようと思いましたが、その前に
モトユウさんのモヤモヤを取り払いましょうか」
「モヤモヤ?」
「何とぼけた顔をしているのですか。先程からずっと争いについて考えていますね?そのような状態で魔王様についての話が頭に入るわけがないでしょう?」
正論を返された。反論すら思い浮かばず固まっていると追い打ちをかけてくる。
「厳しい事を言いますが、もともとニンゲンと魔族は対立しているのですから、こうなることぐらい予想はできていましたよね?」
「え、えっと……」
(いつか起こるだろうとは思ってたけど、こんなに早い
なんて)
心で言うとテナシテさんは呆れたようにため息をついた。
「そうですか……。とはいえ、一斉に襲撃することまでは私も考えていませんでした。今まで通りチマチマとパーティで来るかと思っていましたから」
「もし、戦いが起こってしまったら、俺は終わるまで
隠れてるしかないんでしょうか?」
小声で言うとテナシテさんは少し考えてから口を開く。
「そうですね。モトユウさんにどちらかにつけ、と言っても決められないでしょう。ならば仰っている通り、いっさい参加せずに決着がつくまでおとなしくしておく、の1択だと
思いますよ。
まさか、ピンチになった側に加勢するなんてことは考えていませんよね?」
「う……」
「そんな都合のいいことが許されると思います?
まあ、そんなことをしてもモトユウさんの信用度が大幅に
下落するだけですが」
(ごもっともです)
ガックリと肩を落としていると、テナシテさんが少し声の調子を戻して話を続けた。
「さて、モヤモヤも一応取り払いましたし、魔王様について話しましょうか」
「お、お願いします」
改めて姿勢を正すとテナシテさんが笑う。やっぱりどこか嬉しそうだ。
「緊張しなくてもいいですよ。過去の話ですし。
次の魔王を決める「魔王争奪戦」というものがありましてね」
「はぁ……。でも多くの魔族の中から1人だけなんですよね?
決まるまでにそうとう時間かかるんじゃ……」
「時間はかかりますが、参加者には条件があります。
攻撃・防御・魔力・俊敏、全てにおいて精通していること
です。オールマイティですね」
(オールマイティ⁉それはスゴい!)
人間にも武器の扱いから物作りまで器用にこなせる人はいるが、能力まで均等な人はいない。必ずといっていいほど
バラつく。
「じゃあ魔王さんは全部……」
「はい。たまにそのような魔族が誕生しているみたいです」
「それで、他の参加者達をなぎ倒して?」
「いいえ」
テナシテさんはキッパリと答えた。そして1度大きく息を吐くと真剣な表情で話を続ける。
「魔王様は戦いを嫌いました。なので、日々を隠れ過ごしていたのです。
そしたら参加者の相討ちが続き、気づけば魔王様のみになっていました」
「…………………」
「決まってしまったものは変えられようがありません。
魔王としての威厳を保ちながら、極力争わなくていいように決まりを設けました」
(魔王は、なりたくてなったわけじゃないってことか……)
ようやく今までの魔王の行動や思惑について納得が
いった。
「歯向かってくる人とかいなかったんですか?」
「いましたよ。ですが実力は本物ですからね。ほとんど返り討ちです」
(反抗者には容赦ないな)
ついでに魔王に聞こうとしていたことをを聞いてみることにした。
相討ちについてだ。
「テナシテさん、相討ちになった候補者達は「墓地送り」で復活したんじゃないんですか?」
「魔王を決める戦いですからね。死んだら終わりです。
「墓地送り」になんてなりませんよ」
「え」
(死んだら終わり⁉もしかして魔王だからじゃなくてオールマイティの魔族に殺されれば復活できないのか!?)
テナシテさんを見るとしっかりと首を縦に振った。俺の解釈は合っているようだ。
つまり、オールマイティの魔族は「墓地送り」を無効化できるが、自分に「墓地送り」が適用されない。それは普通の魔族にも魔王を殺せるということになる。
(じゃあ、魔王が日中いないことが多いのは居場所を突き止められないようにするため?)
「現在も魔王様以外にオールマイティの魔族はいるでしょうからね」
「魔王さんは常に狙われているってことですか?」
「そうだと思いますよ。そういう話は数十年聞いたことがないので
わかりませんが」
(テナシテさんもハッキリとは知らないのか。魔王1人で抱え込んでいる?)
「そうなんですよ。なんとなく情報はもらえますが、ヘルプを出されたことはありません。魔王様はお強いので、私が入ったところでたかが知れてますが」
「でも、それって魔王さんが大変なんじゃ……」
そう言うとテナシテさんが笑う。しかし嘲笑や呆れではなく、どこか安心しているような笑い方だ。
「フフ、魔王様がモトユウさんを置いた理由がわかりました。似ているんですね」
「俺と魔王が?」
「はい」
(あ⁉)
言ったあとで慌てて口元を押さえる。さん付けするのを忘れてしまったからだ。ところがテナシテさんは微動だにしていない。てっきり眉をしかめるかと思っていたのでビックリする。
「だってモトユウさん、あなた心の中では、さん付けしていないでしょう?」
「そ、そうですけど。怒らないんですか?」
「怒るほどのことでもありませんよ。慣れました」
(怒りを通り越して呆れたってやつか……)
「呆れてもいませんよ。慣れたと言ったでしょう?」
たたみかけるように言われて閉口した。事実なのだろうが、若干怒っている気がする。
「さて、知りたいことは知れましたか?」
「は、はい……。ありがとうございました」
(やっぱり怒ってます?)
「……機嫌が悪いのは確かです。今日はもう帰ってください。
でなければ、サンプルをいただきます」
「お邪魔しました‼」
慌ててテナシテさんの部屋を後にする。理不尽な気もするが、気を悪くしたのは俺なので、どうこう言う筋合いはないだろう。
それにしても、自分から知りたいとは言ったがとんでもない内容だった。知ってよかったのだろうか。
それに新たな疑問も浮かんでくる。
(人間と魔族が対立している理由ってなんだ?)




