デュークの部隊を見学する
新魔族登場
掃除を後回しにした俺はとりあえずデュークさんを探すことにした。誰の部隊からいくか迷ったが、1番親密度が高いだろうということでデュークさんを選んだ。
(魔王が話してるはずだから、どこから行っても大丈夫なんだろうけど)
それにしても城内は広い。対冒険者用の表だけでも迷路場で大変なのに魔族達の拠点、裏もあるのだから全部回るとなると夜になりそうだ。
「そういや普段どこにいるんだろ……」
必ずと言っていいほど向こうから来るのに今日はまだ会っていなかった。行動力があるので見当がつかない。
「お気に入りの場所も知らないしな。フロ好きってことぐらいしか」
(歩き回って探してもいいけど、もしフィールドに出てたら時間のムダになるし)
魔王から特に期限は言われなかったものの、急いだ方がよさそうな気がする。デュークさんは戦い好きでもあるのでフィールドに出て冒険者達を「教会送り」にしている可能性が高い。
(城内1周していなかったらフィールドに出よう。
まずは……)
「デュークさーん……」
周りに誰もいないこともあって、声の大きさを控えめにして呼びかけてみた。こんなので来るとは思ってはいないが、やらないよりはいいはずだ。
(まぁ、これで来たら逆に――)
その時だった。すぐ横を風が通り抜けて気づいたときには目の前にデュークさんが立っていたのだ。
「なあ〜に〜、モトユウちゃん〜?」
(今、どこから⁉)
俺が見間違えていなければいきなり空から現れた。
呆然としているとデュークさんが笑う。
「おいおい固まるなよ〜。呼んだのモトユウちゃん
だろ〜?」
「そ、そうですけど、まさか来るなんて。しかもそこまで声を大きくしてなかったし」
「俺、耳は良いからさ。んで?何の用〜?」
「魔王さんから部隊を見学してこいって言われて」
俺の言葉を聞くとデュークさんは納得したように手を叩いた。
「あ〜、それかっ!リョーカイ!
じゃあ、あっちに俺の部下いるから会ってきてー。
今日、城内のモンスター掃除するって言ってたから」
「え?」
デュークさんが指さした方向は、今俺が通ってきた道だ。戦闘音なんてしなかったので思わずジッと見つめる。
「上見てみ、上」
言われた通りにすると城壁の上空に鳥型モンスター――アンガーホークの群れ。そしてそこから少し離れた場所で何体か悲鳴を上げながらモヤになって消えている。
「あれを目印にして行ってみな〜。まぁ出会い頭に攻撃はしてこないと思うから」
「は、はぁ……」
(しかも城壁ってことは1回城に戻らないといけないのか。あ、でも剣を取りにいくから、ちょうどいいや)
掃除を中断して急いできたため俺は剣を持ってきていなかった、モンスターを討伐するのに剣がなくては話にならない。
「じゃあ、俺行ってきますけどデュークさんは?」
「俺?俺はここで様子見てるわ。万が一やられたら
いけないからなー」
「わ、わかりました」
(ピンチになったら駆けつけるってことか?なら、近くにいたほうがいい気がするけど)
少しモヤモヤしながら自室に戻り、必要な物を持ってきて城壁に向かう。前に魔王に連れ回されたときは今いる階から行ったため他に道を知らない。例の先の見えない廊下からそのまま出れるため小走りで城壁に出た。
「えっと……」
素早く周りを見ると、詰め所を1つ挟んだ先でアンガーホークの断末魔と肉を斬り裂く音が聞こえる。
(思ったより近かった。相手が群れだから急ごう)
ダッシュで詰め所を抜けると黒に近い茶色の肌をした魔族が数体のアンガーホークを双斧でなぎ倒しているところだった。俺に気づくと手を止めて近づいてくる。
「お前がモトユウか?」
「は、はい」
「話は団長から聞いている。少し手伝ってもらうぞ」
「わかりました」
(モンスターの討伐なのにこの人だけなのか?部隊っていうからもう少しいそうな気はするけど)
横目で周囲を見てみるが目の前の魔族以外、メンバーにあたりそうな人影はなかった。
「今まで1人で?」
「そうだ。城壁は足場も狭い。味方が多いと不利だ」
「なるほど……」
(理にはかなっているけど、明らかに敵のが多いよな。大丈夫なのか?)
そう思っていたとき、1匹アンガーホークが背後から魔族に飛びかかろうとしていた。さっき斬りそこねたのだろうか。俺は慌てて剣を抜いて斬りつける。
「おりゃあっ‼」
「ギイィィー⁉」
アンガーホークは地面に落ちるとモヤになって消えた。
すると魔族が不機嫌そうに眉をひそめて俺を見る。
「……助けろとは言ってない。それに俺の反応でも
じゅうぶん間に合った」
魔族は片手に斧を持っていた。確かに飛びかかるまでには間に合っただろうが、無傷では済まなかったかもしれない。
「でも、ケガしたかもしれませんし……」
薄く笑いながら言っても魔族は表情を変えなかった。俺が人間だからだろう。それに誰かに助けられるのが嫌なのかもしれない。
改めて彼を見るとガッシリとした太い腕や足には魔族特有の黒い模様。デュークさんよりも強そうだ。
(初めて見るな。少なくともフィールドでは会ったことがない)
そもそも今まで魔族に会った回数が少なかった。
彼らはフィールドには出ているようだが、どういうわけか遭遇しないのだ。
(デュークさんと初めて会ったのも城直前の沼地
だったし)
目の前の魔族は呆れたようにため息をつくと口を開く。
「さっさと始めるぞ。コイツらはチームプレーが
あるからな」
見上げるとまたアンガーホークが集まり始めていた。
魔族が双斧を構えると一瞬で瞳孔が細くなり、群れに突っ込んでいく。
「ハハハハハッ‼死ね死ね死ね死ね死ねぇッ‼」
体格も相まって一撃で打ち倒していく。あまりの変貌ぶりに俺は棒立ちすることしかできなかった。
(人格が変わった⁉っていうかこの状態オネットと
同じ……)
彼女もぬいぐるみを傷つけられると豹変して、傷つけたデュークさんに襲いかかっていた。そのときは俺に見せるという名目だったためか大事には至らなかったが、強烈過ぎて俺の記憶に深く刻み込まれた。
唖然としたままでいると一段落したようで魔族が双斧を背負う。目は元の状態に戻っていた。
「お前、今、1体でも倒したか?」
「い、いえっ。すみません!」
(あんたが原因で動けなかったとか言えねぇ。さっきの姿は見なかったことにしよう。聞かれたくないかもしれないしな)
俺から何かを感じ取ったのか魔族はそれ以上問い詰めてこなかった。
気を逸らすため名前を聞くことにする。なんだかんだでまだ聞けていないからだ。
「俺、モトユウって言います。名前は?」
「俺の名を知って何になる?」
「えっと、少しでも親しく――」
「人間と魔族が仲良くなれると思うな‼」
いきなりの怒号に固まった。間違ってはいないが言葉を失う。ここに来て会った魔族や部下モンスターが特殊だったのだろう。普通なら種族が違うのだから目の前の魔族のような反応が当然だ。
「団長はお前のことをえらく気に入っているようだが、俺は違うからな!」
固まったままでいると魔族はハッとして俺から少し顔をそらす。
「……少し熱くなりすぎた。だが、俺はお前を信用しない」
結局、話はそれで途切れてしまった。
あらかたモンスターの駆除が終わるとデュークさんのところに戻る。すると真っ先に魔族が口を開いた。
「団長、やっぱりコイツ信用なりません。
どうせ俺達を斬ろうと隙を伺っているだけです」
「疑うのもわかるけどさー、モトユウちゃんとどのぐらい一緒にいたよ?その間1度でも斬りかかってきたか?」
「いえ……」
「じゃあなんでモトユウちゃんはフォルスちゃんに
斬りかからないワケ〜?剣、持ってるよな?」
「それは、だから隙を伺っていて……」
フォルスと呼ばれた魔族が目を泳がせながら答える、そんな様子を見ながらデュークさんが口角を上げた。
「あのなー、結論から言うとモトユウちゃんはよほどのことがない限りそんなことしないぜ。ビビリだから」
「ビ、ビビリ⁉」
(ここで言うか⁉)
フォルスさんの声が裏返っている。ビビリなのは事実だが今度は俺が目をそらした。
「い、いえ、ビビリだとしても追い詰められたら何をするかわかりません。今、断っておくべきです!」
「どうやって?」
間髪入れずに尋ねられてフォルスさんが固まる。
「まさか「教会送り」とか言わないよな〜?
俺、前々からそれだけはするなって言ってきてるし、もし俺に隠れてやったら例えフォルスちゃんでも潰す」
「「教会送り」には絶対にしません!」
反射的に答えたフォルスさんを見てデュークさんが
笑った。
「ヒハハッ!わーってるよ。まだ俺のとこに来るかどうかはわからないから、そうピリピリすんなよ〜」
「は、はいッ」
「じゃあ、フォルスちゃんオツカレ〜。先に戻ってな」
「はい……」
納得のいっていない表情ではあったがフォルスさんはその場を後にした。彼を見送ったデュークさんは俺の側まで来ると肩を軽く叩いてくる。
「モトユウちゃんもオツカレ〜」
「あ、ありがとうございます……」
「前にチラッと話したけど、モトユウちゃんはニンゲンだから、フォルスちゃんのような態度とられるのが
デフォルトだからなー?」
「はい……」
(それはわかっている。今まで会ってきた魔族がちょっと変わってただけ。魔王から「教会送り」にするなって言われてるのが効いてるんだろうけど)
「でも気にすんなよ〜。モトユウちゃんが一般的なニンゲンとは違うって噂が少しずつ広まってるみたいだからさ」
「そうなんですか⁉」
「そうなんですよ〜。あ、ちなみにフォルスちゃんは
副団長。話せばわかる子」
少しの間一緒にいただけだが、話しても通じるのは
わかった。話題に上がったついでに豹変について聞いてみることにする。
「あのー、そのフォルスさんについてなんですけど……」
「おう」
「一緒に戦ってるとき、1回見たことある光景を……」
俺がそう言うとデュークさんはキョトンとして――すぐにグッと顔を近づけてきた。少し眉が上がっていて、あまりいい気分とはいえない。
「ソレについては黙っといてくれる?」
「………………………」
あまりの気迫にゴクリと唾を飲み込んだ。と同時に触れてはいけない話題だと悟る。後退しながら別の話題をあげることにした。
「あ、アパリシアさんとへネラルさんところにも行かないといけないんで……」
「ウン、リョーカイ。あ、そうそう、2人のとこの副団長もちょっと変わってるからなー?」
「あ、ありがとうございます……」
(あぶねー。何かあるのは間違いないけど、ムード悪くなるから聞いちゃダメだ。気になるけどな!)
何事もなかったかのようにデュークさんに軽く手を振って歩き始める。
「次はどっちに行こう……」
まだ陽は高い位置にあり、もう1つ見に行けそうだ。魔法のアパリシアさんか防御のへネラルさん。
「俺、魔法使えないしな。見学の意味もないかもしれないけど」
考えた結果、アパリシアさんのところに行くことにした。
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モトユウを見送ったデュークは深いため息をつく。
「やっぱ気づくよな?いや、むしろ気づかなきゃどんだけ鈍感なんだって話。先にオネットちゃん紹介しなければよかったかー。
まさか部隊見学って言われるとは思いもしなかったし、仕方がない。そのうち話してやるから悪いが
もう少し待ってな、モトユウちゃん。
だが、そろそろ魔族といることがどれだけ危ないかってことに気づくだろうな。まだ言ってないことなんてたくさんあるんだからよぉ。
ヒハハッ、もうモトユウちゃんを手放すことなんてできないな。仮に何かの間違いでマーさんが手放したとしても、俺が放さない」
デュークはそう呟いて普段通りの笑みを浮かべると、一瞬で姿を消した。




