魔王からの仕事にリベンジする③
翌朝、起床した俺はさっそく違和感を覚えた。
(う、腕が……)
まるで重りを身につけているかのようだ。
テナシテさんの言っていた副作用だろう。
「これならまだ動かせる。思ってたより軽いな……」
正直、両腕が動かせなくなるぐらいは覚悟していた。
現在オークの討伐数は37体。半分は超えているものの、今日がラストなので、なにがなんでも終わらせないとマズい。魔王からどんな仕打ちを受けるかわからないからだ。
「でも薬が残り1本か……」
1本で2体しか討伐できないので、どう考えても数が足りない。
「もらいに行かなきゃ。
それより……オーク倒してるのほぼデュークさんだけどいいのか?」
俺がトドメを刺せとは言われてはいないものの不安になる。
すると、当たり前のようにノックなしでデュークさんが部屋に飛び込んできた。
「チィ〜〜ス!モトユウちゃんッ!」
「デュークさん……どこか調子がおかしいとかないんですか?」
「ない!至っていつもどおり〜!」
(本人がそう言うんなら大丈夫か)
薬は俺用に作ってもらっているので、魔族のデュークさんに対しては拒絶反応が出てないか心配だった。
安心して小さく息をついていると、いつもどおり顔を近づけてくる。
「モトユウちゃん、俺のこと心配してくれてんの〜?」
「はい……」
「マジで~!サ〜ンキュ〜‼」
「おわッ⁉」
いきなり抱きついてきた。前々から思っていたが、フロの時といい、そういう趣味でもあるのだろうか。
(しかもだんだんエスカレートしてるし⁉)
「く、薬もらいに行かないといけないんで、離れてください!」
「ン?……リョーカイ。じゃあ俺はまた門の所で待ってるからな〜」
デュークさんはなぜか名残惜しそうに俺を離した。下心なんて無いと思うがこういうのは苦手なので、警戒心を強めておかないといけない。
「わかりましたッ。行ってきます!」
逃げるように部屋を出た俺は裏に行って真ん中の建物に入った。例のぶ厚い鉄のドアを6回叩くとガチャリと音がする。そのまま中に入ると、テナシテさんが俺の方を向いてニコニコと笑みを浮かべていた。相変わらず目は閉じられたままだ。
「おはようございます、モトユウさん」
「どうも……。急にすみません」
「お構いなく。薬が足りなくなりましたか?」
「はい」
(用件がわかるのか……)
「朝早くにですからね。しかもモトユウさんなら間違いなく薬でしょう。
来るだろうなと思って準備しておきましたので」
そう言って机の上を指さした。赤い液体が半分ほど入った小ビンが5個並べられている。
持っている分と合わせて6本になり、オークを12体倒せるので、ノルマクリアになる。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。……2日目ですが調子はいかがですか?」
「腕が重たいです。剣は振れそうなので大丈夫ですけど」
「そうですか。副作用が軽いようで、なによりです。
でもまだ油断しないでくださいね。
日が経つにつれてヒドくなる場合もありますから」
「は、はい……」
(明日になったらヒドくなってるのか?あんまり頼らないようにしないと。
あと、アレやっぱ言った方がいいよな。でも……)
もちろんデュークさんが薬を飲んでしまったことだ。
俺の心を読み取ったテナシテさんが不思議そうに見つめてくる。
「教えていただけませんか?取り返しのつかないこと
だったらいけませんので」
「じゃあ……。言いづらいことなんですけど……」
(デュークさんが薬を1口分飲んじゃって……。
俺は止めた――)
「はい?」
心で言っている途中でテナシテさんが遮ってくる。
声も低いしやっぱり良くないことだったようだ。
「ひ、1口分ですよ!1口分!」
「1口分でも大問題です。ニンゲンと魔族では体質も使う素材も違うのですから。
今、デュークさんはどこにいらっしゃいますか?」
「たぶん城の外に……」
テナシテさんはしばらく眉間にシワを寄せて俺を睨んでいたが、諦めたようにため息をついた。
「ああもう、わかりました。魔王様からの仕事を終わらせて落ち着いたら、すぐにデュークさんを連れて来てください。いいですね?」
「で、でも……はい……」
無言の圧力を加えてくるテナシテさんにそう答えるしかなかった。
薬をもらって何とも言えない気分で城門に向かうと、俺の事情なんて知らないデュークさんが走ってくる。
「おっ来た!行こうぜ〜、モトユウちゃん!」
「あ、デュークさん……オークの討伐が終わって落ち着いたら、テナシテさんが来てくれって……」
「テナシテちゃんが?……オウ、リョーカイ」
意外な人物からの呼び出しにデュークさんは珍しく眉を潜めた。推測だが何を言われるのかも理解しているような気がする。
しかしすぐに笑みを浮かべるとまた顔を近づけてくる。
「そういや、モトユウちゃんが薬もらい行ってる間に、外出てオークがいるかどうか見てきたぜ〜。門出て右な」
「本当ですか⁉ありがとうございます!」
すぐに歩きはじめる。
デュークさんの言葉通り視線の先に2体のエインシェントオークがいた。
(よかった……)
「リーダーを倒したぐらいじゃいなくならない」とは言われていたが、とても不安だった。
大きく息をはくと懐から薬を取り出して一気に飲み干す。
「おりゃああぁッ‼」
「わ~お、モトユウちゃん果敢〜!」
急いで終わらせたいのと、腕に集中する熱をどうにかするため、がむしゃらにオークに斬りかかった。
「39ッ!」
(あと11体!)
2体目のオークを倒したところで腕の熱が冷めた。
やっぱりこれくらいで冷めるように作ってあるようだ。
俺的には1本で5体ぐらい倒したい。
「あ、次あっちの方な〜。5体ぐらいいる」
「え?」
「ホラホラ〜、ボサッとしてたらどっか行っちまうぜ〜?」
「は、はいッ!」
今回は俺が倒している間にデュークさんがオークの場所を見に行ってくれているので、順調に数を増やし48体まで倒せた。
(薬はラスト1本だけど、これならいける!)
気合いを入れ直して歩こうとした時だった。
「止まれ、お前達」
目の前にあの小さな赤い鳥が降り立ち、魔王に姿を変えたのだ。
「マーさんだー」
「ま、魔王さん⁉」
(あと2体なのにッ!)
周辺にオークの姿は見えないが、50歩進めば2体はいるだろう。しかし、魔王から止まれと言われれば止まるしかない。
機嫌を損ねたら何をされるかわからないからだ。
「……討伐はそこまでだ。武器をしまえ」
「でもまだ50体倒せてないんですよ?」
「とにかくしまえ!
下僕、エインシェントオークのリーダーを倒したな?」
「は、はい……」
(デュークさんが報告しておいてくれたのか?)
「あれで10体分だ」
「え゛!?」
(マジで⁉そんな判定甘くていいの⁉)
ビックリはしたが、それなら討伐数は58体になるのでミッションクリアになる。
「1として数えても良いのなら、そうしてやる」
「10体分でお願いします!」
慌てて頭を下げると魔王がニヤリと口角を上げた。
少し間ができたので俺から言葉を投げかける。
「……あの赤い鳥、魔王さんだったんですね」
「赤い鳥ー?」
首を傾げているデュークさんに説明すると、
少しつまらなそうに相槌を打った。
「マーさん、モトユウちゃんのこと心配してたの?」
「サボっていないかどうかの監視に決まっておるだろう。そもそもデュークがいるのだから心配など微塵もしておらぬわ!」
言い切った魔王に開いた口が塞がらなかった。
と、同時に改めてデュークさんをとても信頼していることがわかる。
魔王の話は終わったようなので、朝から疑問に思っていることを聞くことにした。
「あのーデュークさんの協力とか、ほぼトドメ刺してもらってた件については?」
「……どうでも良い。我は倒してこいとしか言っておらぬ。キサマがデュークに任せきりなら殴っていたがな」
「じゃあ……」
「……我に挑んだだけのことはある、と言っておこう」
「え」
(クリアってことでいいのか?)
意味をよく理解できず何度か瞬きを繰り返していると魔王は鼻で笑って姿を消した。
「ウェーーイ!おめでと〜、モトユウちゃん!」
「うぇ゛ッ⁉」
デュークさんが笑顔で肩を組んでくる。いつもより力が強めで体が大きく揺れた。
「や、やっぱ合格ってことでいいんですか?」
「おうよ〜。もし不合格だったらボコられてるからな〜ヒハハッ!」
(マジかよ)
いろいろ思うことはあるが、ひとまずクリアなので安心する。しかし重大な問題が残っていることを思い出して、すぐにその気持ちはかき消された。
(テナシテさんの所行かないと行けないんだった……!)
「ン?どうしたよ〜、モトユウちゃん?」
大きく目を開いた俺をデュークさんが不思議そうに
のぞきこんできた。
エインシェントオーク討伐数、58/50。
ミッションコンプリート。
あと2話で第1章が終わります。
よろしくお願いしますm(_ _)m