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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪夢

作者: 鹿目 琴子




     「こんな悪夢を見た」



 目を瞑ると暗闇の中に小さな白い点が見えた。

 私は何故かそれが怖くてたまらない。

 あれはなんなんだろう……。



 いつものように家族で食事をする。今日の夕飯は立派なステーキだった。湯気の香りだけで自然に唾液が分泌されるのが分かる。家族皆んなで「頂きます」と言葉にし、お肉を口に運ぼうとした瞬間、口の中からコロリと何かがテーブルの上に落ちた。


「ーーえ?」


 テーブルの上にある白い何かを拾って見るとそれは歯だった。


「うそ……」


 ぶわっと吹き出る冷や汗。私は無意識にかみ締めてしまった。


 パキン、バリバリ……


 口の中で私の歯がガラスが割れたように、ポロポロと崩れていくのが分かった。


「いやっ!!」


 私は急いで、洗面台に駆け込む。洗面台に顔を突っ込むように鏡を覗き込み口を開けると、今まで私の体の一部だったものが、ガラクタのように私の口からこぼれ落ちていった。舌でちょっとでも歯に触ると、その歯は崩れていく。


「なんで……なんでっ!?」


 言葉と一緒に歯も飛び散る。


 いやだ……いやっ!! こんなことありえない、なんで、何で!?


 パニック状態の私は、洗面台に転がる歯を一生懸命拾う。


 私の歯、私の歯だよ。


 ある程度形がある歯を拾い終えると、私はゆっくりと顔を上げ目の前の鏡を見た。

 恐怖に怯える自分の顔を見て私は閉ざしていた口をゆっくりと開く。


 口の中は真っ赤に染まっていた。そこに歯はない。


「えぁっ!」


 嫌っと口にしたはずなのに、上手く発音する事も出来なくなっていた。

 口からポロポロとまた歯が落ちる。


 あれほど吐き出したはずなのに……。


 もしかしたらまだ自分の歯が残っているのだろうか。


 私は蛇口を捻り水を出すとそっと口に含みゆすいで吐き出した。真っ赤だった。

 すぐにまた鏡に向かって口を開くと、そこには私の口に歯はなかった。ショックで涙が溢れてくる。ふと口の中で何か動いているように見え、鏡に顔を近づけてよく見てみる。

 抜けた歯の歯茎から白いウジ虫がうねりながら出てきて歯茎を貪っていた。


 無数の白いウジ虫が私の口で蠢いていた。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ」


 私は叫びながらそのまま気を失った。





     「こんな悪夢を見た」



 暗闇の中で白い点が少大きくなった気がした。

 怖い、よくわからないその白い点が怖くてたまらない。



 目を開けると、そこは薄暗く、小豆色の世界が広がっていた。どうやらここは森のようだ。空を見上げると、薄暗く濁ったような赤い小豆色でひどく不気味に感じた。

 ふと、気づくと私は何故か森の中で長いコースターに乗っていた。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン


 動き出したコースターは電車のように車輪がレールを踏みつける音と振動を感じる。でもまだスピードは早くない。景色を楽しむかのようにゆっくりとそのコースターは進んでいる。

 長い長い蛇のようなコースター。


 周囲をよく見ると、私以外にも乗車している人達がいた。私の席は後ろの方だった。前を見ればコースターの座席は満席だ。

 不思議と乗客は皆んな親子で、左側に母親、右側に幼児の子供が規則正しく乗っていた。私はその母親列と同じ左側に乗っている。

 どの母親達も優しく微笑み、子供達は皆んな楽しそうにはしゃいでいた。

 周囲の森林を楽しみ、川を見て、小鳥の囀りを聴いた。

 ふと、私の隣の席を見ると、可愛らしい男の子が乗っている。この子はいったい誰なんだろう。そう疑問に思いながらその男の子に声を掛けようとした時だった。


ーーーーガッタン


 コースターが大きく揺れ、私は座席のバーにしがみ付いた。コースターのスピードが増すと、風と振動がより大きくなる。


「きゃぁーっ!」


 乗客は楽しそうに叫んでいた。私はコースターが苦手だったので、コースターのバーにしがみ付き、下を向き、目を瞑った。


 ガタガタガタガタ……


「きゃーーーーーっ」


 ガタガタガタガタガ……ガッタン


「「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」」


 先程までの楽しそうな声とは明らかに違う、本物の悲鳴のような声が響いた。何かがおかしい。そう思った私は安全バーを力強く握りしめながら顔を上げ、ゆっくり目を開けた。


 コースターのスピードは速い。風の勢いも振動も激しい。それなのに私の視界に映るコースターがスローモーションのように流れて見える。何故かゆっくりと走っているように見えたのだ。


 前方に乗る人の動きは遅くはない。コースターだけが遅く走っているように見えた。そして前方の乗客が絶叫ではなく悲鳴を上げているのがはっきりと分かった。私の前に座る人は必死に座席から立とうとしている。が、安全バーがしっかりと降りているため身動きが取れないようだった。よく見ればどの母親達も皆パニックになりながら、座席から脱出しようと、もがいていた。


「きゃぁぁぁっっ!!」

「やめてっ!! お願いっ!!」

「神様!! お願い!! あぁっ、どうしよう!!」

「お願いだから助けてぇぇぇぇ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そんな阿鼻叫喚の声がどんどん増えて行く中、私は母親の乗客の視線の先を見た。空中に何かが宙ぶらりんで浮いているのが見える。それが何なのか分かる前に、4席前に座っていた男の子の首が飛んだ。


「え……」


 頭のない男の子の体から真っ赤な血しぶきが吹き出ている。


 私は思わず口を押さえた。風に乗って私の顔面に男の子の生暖かい血が飛び散った。


 止まない血液の中、頭の無い男の子の後部座席に座る、私の席から3席前の女の子の首が飛んだ。隣にいた母親は泣き叫びながら頭の無い子供の体から噴き出る血を浴びながら気を失った。

 よく見れば、コースターが進む中、子供が乗る右側の席に細いワイヤーが順次降りてきていた。そのワイヤーが子供の首にちょうど引っかかると、ワイヤーが機械のエレベーターのように上に上がっていく。首にかかったワイヤーが上に上がるのと、コースターの前進で子供の頭と体が切り離されていた。


 2席前の女の子のお母さんが泣き叫びながら安全バーを一生懸命外そうとしている。その間にも女の子の目の前にワイヤーが降りてきて、すぐに首にワイヤーがかかった。食い込んだワイヤーが首を切り落とす寸前で、女の子の身体が安全バーごと空に浮かぶ。

 まるで空中で首を吊っているように見えた。首に食い込んだワイヤーからポタリポタリと血の雨が降っていた。


 私も必死に自分の体を抑える安全バーを押し上げようとしても、酷く頑丈で全く動かない。

 目の前でおこる地獄図に涙が溢れ、胃から込み上げるモノに思わず口に手を当てた時、私の座る斜め前の男の子の首が飛んだ。


 「あぁっ、お願いだからやめて…ころさないで……」


 私が呟いた時には、私の隣に座っていた男の子の細い首にワイヤーが食い込んでいた。

 

「そんなっ……いやよ…だめっ! ダメぇぇぇぇ!!」


 叫びながら必死で安全バーを押し上げた。それでも全く動かない。

私の隣に座る男の子の細首にワイヤーが強く食い込む。私はただただ、悲鳴を上げながらその子を見つめていた。男の子の小さな頭が飛ぶ瞬間、その男の子は私を見てニッコリと笑った。

 そう、確かにニッコリと笑ったのだ。少し白い歯を見せて可愛らしい顔で笑っていた。そして首は無くなった。同時に血の雨が降り、私は男の子の温もりがある血を浴びながら叫んだ。頭が痛くなるほど叫んで、発狂しながら私は気を失った。




     「こんな悪夢を見た」



 暗闇の中の白い点が大きくなっている。それに何故か光っているように見えた。白い小さな点の光だ。

 じわじわと白い点が近づいているように見え怖くてたまらない。増していく不安と恐怖が目の前に迫ってくるような感覚。私は恐怖から逃げるように視線をそらした。



目を開けると、そこは私の家でリビングルームだった。お母さんが困った様子で立っている。

 その母の足元には知らない男が真っ裸で倒れていた。男の色はどす黒く変色し、明らかに死んでいた。


「ーーーーひっ」


 私が後退りながら声をあげても、お母さんは頬に手をやり首を傾けていた。


「困ったわねぇ。このままだと、この死体邪魔よねぇ。あぁ、そうだ。琴子、あんたが燃やしといてちょうだい」

「え? お、お母さん? 私そんなの無理だよ。怖いし、絶対無理」

「大丈夫よ。大したことないわ。そこのガスコンロで少しずつ燃やせば問題ないもの」

「ムリムリ、私にはそんなこと出来ない」

「出来ないじゃなくてやるのっ。ほら、早くやりなさい」

「そんな……」


 お母さんはそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。私は恐る恐る男の死体に近づき、その死体をガスコンロのあるキッチンへと運ぼうとした。でも運べない。どうしても死体に触れない。


 ダメだ、触れたくない。触れないよ。死んだ人間に触れない。


 一生懸命手を近づけ、頑張って触れようとするが、どうしても触れない。背中がゾクゾクする。


 私があたふたしていると、父がリビングルームに入ってきた。


「あー可愛そうに、こんなところに放置して」


「お父さん、この死体何とかできる? 私、怖くて触れないの」


「まったく、可愛そうじゃないか」


 そう言った父は、躊躇うことなくどす黒い男の死体の足を抱えズルズルと引きずりながらキッチンまで運んだ。そして死体のお腹に手を回し抱えるとガスコンロの上に死体を置いた。


 私では死体に触れることすら出来なかった事を、可愛そうにと、いとも簡単そうにガスコンロに死体を置く父の姿を見て、頼もしく思えた。やっぱり父は凄いのだと実感する。


 父はうつむせにおかれた死体に躊躇うこともなくガスコンロに火をつけた。


ビシュッ


 ガスコンロに火がついた瞬間、どす黒い死体の髪の毛が一気に燃え上がり、死体の頭部を黒く焦がした。頭皮が焦げてめくれていく。


 肉が焼ける匂いが充満した。


「うげ……気持ち悪い」


 私が呟くと、父が燃えている死体を見ながら「可愛そうに……」と小さく言った。


 とても寂しそうに死体を見つめる父の眼差しにゾワリと恐怖を覚えた。


 何故父は死体を触れるのだろう。

 そして躊躇いなく死体を焼けるのだろうか……




     「こんな悪夢を見た」



 白い点は大きくなり、すでに点ではなくなっていた。それは真っ白な顔だった。その白い顔は男の顔でニンマリ笑っている。その笑い顔は不気味で怖い。目だけが私を睨んでいるように見えた。その顔が近づいてくる。少しずつ…少しずつ……。



 夜、私はお手洗いに行きたくなり階段を下りた。下の部屋は全て真っ暗で、周囲がよく見えない。私は電気のスイッチをつけようとしたが、不思議とスイッチが見当たらない。いつもあるはずのスイッチが見当たらないのだ。

 諦めた私はそのまま進み、なんとかトイレのドアに手をかけた。とその時、背筋にゾクリとしたものを感じた。後ろに明らかな人の気配がするのだ。押し寄せる恐怖から呼吸が浅くなる。

 私はゆっくりと振り返った。


「ひっ」


 そこには見知らぬ女性が立っていた。

長い黒髪の女の人の口元は笑っている。ただ顔面からは無数の赤子の手が生え、私に向かってこっちへおいでと誘っているようだった。


 私は叫びながらそのまま気を失った。




     「こんな悪夢を見た」



 真っ白な顔は大きくなり、私の間近に迫ってきた。私はその不気味な笑顔が怖くて怖くてたまらない。恐怖からか思うように動かない自分の体を必死に動かし、一生懸命走った。


 真っ暗だった視界がやがて明るくなり、緑が綺麗な林を私は必死で走っている。


怖い、怖い。

私にあるのは恐怖だけだ。


 足元がおぼつかない。ふと下を見れば私は綺麗な白と黒のドレスを着ていた。とても走りにくい。それに何故ドレスを着ているかも分からない。


 ただそんな事はどうでも良かった。今は少しでも早く逃げたい。ドレスが汚れても気にすることなく必死で走った。


 後を振り返ると、白い顔の男は目前に迫って来ていた。白い顔だけだった男が、体がありローブを身にまとい大きなナイフを手に持っている。気色の悪いニンマリとした笑顔のまま私を追いかけてくる。


「いやっ、来ないで」


 心臓がどうにかなりそうだ。

 怖くて、怖くてたまらない。


 必死に走っているのに、振り返れば迫る白い男に恐怖からついに足がもつれ倒れた。それでも這い蹲りながら、必死で逃げる。


「やめてっ! お願い来ないで! 来ないで!」


 白塗りの男はニンマリとした笑顔を私に向けながら見下ろす。そしてそのまま大きなナイフを振り上げた。


「止めて、止めてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 私が叫ぶのと同時に、そのナイフは私の体の中へと入っていく。


 思わず庇った私の腕にナイフは入り、そのまま、やわらかい物を切るかのように、あっさりと私の腕を切断した。


腕が勢いよく空に飛んでいった。


 私は叫びながら目の前の光景に目を見開く。

 飛んでいった腕からはキラキラとカラフルな何かが飛び散っていた。金や銀のキラキラな粒、そして可愛らしいカラフルな小粒。私は最初それが何だか分からなかった。


 赤い鮮血が噴き出るものだと思っていた。それなのに私の身体から出た物は大量のお菓子だ。カラフルな包装紙に包まれたお菓子が飛び散る。


 何度も私の身体に振り下ろされるナイフが引き抜かれるたびにキラキラ光るお菓子が飛び散った。


 白塗り男はただニタニタ笑いながら。飛び散るお菓子を眺め、そして私を見つめ続けていた。





     「こんな悪夢を見た」



……………。


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