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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
過雨編
77/79

75.色色

 ――白石那津しらいしなのつside



 ここはどこだろう。


 薄らぼんやりと視界に映る何かは、輪郭のはっきりしない境界線と激しい雨風に飲み込まれていく。辺りが暗いことから既に陽が暮れてしまったこと、そしてほぼ半日は経っていることは分かった。



「っくしゅ……腕時計」



 せめて時間だけでも分かれば、この永遠のように感じる時間も空間も、多少は紛らわす事ができただろう。しかし、無いものを憂いても仕方がない。


 幸いだったのが近くに木々の生い茂る場所があったことだ。そうでなければ今頃、もっと雨風に晒されて大変なことになっていたかも知れない。


 冷たくなった指先も痛かった膝も、既に感覚はない。意識はしっかりしていると思うが、それもあとどれくらい持つかも分からなかった。



 退院してからというものの、私を外へ連れ出すのは兄で、母は家での生活で手助けをしてくれていた。父とは1度も関わってはいない。


 そんな母が今朝、座っていた私の手を引いて歩き出したのだ。突然の出来事で何が起こったのかも分からないまま、私は母と歩き続けた。


 母の歩くスピーは早く、適当に履いた靴が何度も脱げそうになるたびに、転ばないように必死だった。だから雨のことを気にしている余裕もなく、土砂降りになってきて漸く寒さを感じていた。



 どこまで歩いたかも分からない。ただ、母が転んだ拍子に私も地面に倒れた。


 洋服を汚してしまったことに罪悪感を覚えながら上体を起こした時には、既に周りに誰も居らず、私は1人だった。どうにか木の下まで移動は出来たが、そこから動けずに今、と言うわけである。



「寒、い」



 声にもならない声で呟いた私の言葉は、強い風に攫われて消える。濡れた身体に容赦なく吹き抜ける風から逃げるように、必死に縮こまった。


 瞬間、一層強い風が横を吹き抜けていった。


 吹き上げられたスカートを必死に抑え込んでいると、頭を殴られたかのような衝撃が、油断していた私を襲った。





 ――黒岩那津くろいわなつside



 息が切れる、心臓が痛い。肺が叫んでいる。



「はぁっ、はっ……いない」



 暗くなった辺りに目を凝らしても人の気配を感じることはできなかった。


 日が暮れる前までは、まだ少し余裕があったように思う。それでも必死に探してはいたのだ。しかし、一向に見つからない白石さんの姿に、どうしようもない不安が押し寄せていた。



「せめて、どこら辺か分かれば違うのに!」



 雨具のフードはとっくに脱げ、頭は雨でびしょ濡れだ。首の隙間から、足の下から侵入する雨に恐らく服も濡れているだろう。そのせいで、徐々に身体の体温が奪われ始めていた。


 夏の初めだとは言え、数時間でこれだ。ずっと外にいる白石さんは凍えているのではないかと、心配で自然と駆け足になっていた。



「なんで警察か駄目なんだよ!」



 誰もいない夜道に向かって叫ぶ。こうでもしないと、また不満が爆発してしまいそうなのだ。


 那珂なかさんは、両親の都合で警察を頼れないと言っていたが、どんな都合があれば警察を頼れないというのだ。


 ましてや今回は俺、前みたいに1人で暴走しないで探しに出てるって言うのに。


 〝お前にはまだ姉さんがいる、俺だっている。だから俺たちから逃げるな″


 そう言った親友の顔を思い出す。あんな風に感情を表に出す姿を見るのは、初めてだった。


 俺はきっと酷い友人だったのだろう。結局、親友の言葉を一切聞かずに、自分の中で決めつけていたのだから。


〝あと1人、向き合いたいやつもいるんだろ″


 その言葉にハッとした。いや、ドキッとしたのかもしれない。自分の中に既にあった感情に、目を反らしていただけだった。向き合うのが怖かったのだ。


 自分の責任で両親がいなくなって、周りを不幸にした。自分が深く関わることで姉さんや、もっと多くの人を不幸にしてしまうんじゃないかって。



「喧嘩も弱い、頭も弱い! その上頑固で臆病。お化けも台風も怖いとは恐れ入ったわ俺!」



 立ち止まり、奥歯を噛みしめる。いつの間にか震えていた手を抑え込んで、空を見上げた。


 激しい雨、吹き上げる風。あの日と同じ結果になるんじゃないかと恐怖で凍えそうになる心を、必死に鼓舞する。



「逃げるな」



 俺は再び走り出した。悪い視界の中、必死に睨みつけて彼女の姿を探す。


 病院で出会った頃の白石さんは、穏やかで儚くて、消えてしまいそうな人だと思った気がする。雨の中に立ち尽くす姿を見たときは、本当に消えてしまうんじゃないかと怖くなった。また雨が、俺の大事なものを奪っていくんじゃないかって。



「はっ、大事なものって」



 俺は嘲笑するように、息を吐き出した。


 随分、最初の時から俺の中に白石さんの存在があったようだ。そんなに前から目を反らして、存在が大きくなり過ぎた彼女の言葉に反発して、今になって探している。


 昔から何一つ変わっていない自分に、呆れを通り越して笑えてきてしまうな。


 どこまで来たのか分からないが、背の高い木々が生い茂っている公園のような場所に着いた。滑り台と砂場、公園の中心には屋根付きのベンチが建っている。よく見ると木々の奥の方にブランコもあるようだ。


 屋根付きのベンチを見ると、いつも白石さんと座って話していた公園を思い出す。ただ、ここのベンチは公園の真ん中にあって、あまり落ち着いて話せなさそうだ。


 ミィ、ミィ


 雨風の音を通り抜けて、微かに鳴き声が聞こえた。よく耳をすませて周囲を見渡すと、やっぱり微かに猫の鳴き声が聞こえる気がする。



「こんな嵐の中じゃあ、危ないんじゃ」



 しかし、助けに行こうと歩き出す足を、止めた。



「両手で足りるくらい」



 そう、両手で足りるくらいしか俺は助けられない。昔のように反射的に助けに行くには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。


 もし、この猫を優先している間に白石さんに何かあったら。そう考えると、どうしても足がすくんでしまうのだ。



「そんなんじゃあ、もう二度と良樹から尊敬してるだなんて聞けないかも」



 深く呼吸を吸い込む。雨と土の匂いが、胸いっぱいに広がった。



「にゃんこー!」



 俺は鳴き声のする方へ駆け出す。もう1人で悩まないと約束した。もし、俺の選択が間違っていても抱えてくれる人がいる。だから俺は、2人に恥じない選択をするんだ。


 木々が立ち並ぶ道を抜けて、少し先にある木の前で立ち止まる。


 足首ほどの高さには、柵のように1本の紐が引かれていた。柵と言うにはあまりにも低いのだが、きっと入らないようにという事なのだと思う。



「でも、この後ろから聞こえるんだよな」



 少し逡巡しゅんじゅんしてから「ごめんなさい」と呟いて、柵を跨ぐ。そして木の後ろを覗くと、そこには――



「白石さん!?」



 白石さんが木にもたれ掛かって座っていた。猫の姿を探せば、彼女の膝の上に置いてある靴の中から小さな頭がヒョコリと顔を出す。想像以上に小さな猫が、そこにはいた。



「こら、濡れちゃうから出てきちゃ駄目だよ」



 ミィ


 まるで返事をするように、彼女の言葉に反応する子猫も、雨に濡れて毛がペタンとなっていた。


 想像していた状況とは違い、やや反応が遅れていると、子猫と目が合い我に返る。込み上げる何かを耐えて、思わず彼女を抱き寄せた。



「わっ」



 抱きしめた彼女の身体は冷たい。それでも、ちゃんと息をして俺の目の前にいるのだ。それだけで、とても安心した。


 緊張が溶けたせいか、一気に体の力が抜けて白石さんへ寄りかかる形で体を傾けた。



「……黒岩さん?」



 少しして、耳元から困惑したような声色で白石さんの声が届く。


 名前も名乗らずに彼女を抱きしめてしまった事実に、今更ながら気付いて離れる。


 自分の心を落ち着かせてから、その隣へ腰を下ろすと、じんわりとお尻を湿気が浸食していく感覚がする。そのまま、彼女の手を取り『〇』と書く。



「こんな雨の中、どうしたの?」



 驚いた表情で、こちらを見る姿に、それはこちらの台詞だと文句を言いたくなる。


 俺は呆れからか、安堵からか分からない溜息を吐き出し、白石さんの手を両手で強く握りしめた。



「ごめんなさい」



 謝りたいという気持ちが先走って、意識しないうちに謝罪の言葉が出てしまったのかと顔を上げれば、再度「ごめんなさい」と謝ったのは白石さんだった。


 俺はそれに困惑する。なぜ白石さんが、そんな申し訳なさそうな顔をして謝るのだろうか。



「昨日は、黒岩君の気持ちも考えないで、一方的に勝手な事を言って。本当にごめんなさい」



 そう言った彼女は、顔を伏せたまま上げることはなかった。小さな子猫は相変わらず大人しく、彼女の膝の上で鳴いているが、その声も雨音でほとんど搔き消される。



「なんで、白石さんが謝るんだよ」



 昨日のことは、白石さんは何も悪くない。仮に、白石さんが俺の事情を知った上であの言葉を言ったとしても、俺が勝手に図星を突かれて、勝手に怒っただけだ。


 だから、ほとんど何も知らないはずの彼女に一方的に勝手なことを言ったのも、言わせたのも全部俺なのだ。



「俺の方が、先に謝らなきゃいけないのに」



 そう伝えたいのに、感情がごちゃごちゃとしていて、まとまらない。こんなに小さな手のひらへ、どう伝えればいいのか俺には分からなかった。



「それと、来てくれてありがとう」



 ハッとして彼女の顔を見れば、暗がりの中で、いつもの優しい笑みを浮かべていた。「ちょっと困ってたんだ」と続いた言葉に、ちょっとどころではないだろう、と思った。



『いつも、ありがとう』



 彼女と繋がれた手を、強く握りしめる。俺の口よりもお喋りな手を、冷たくなった手で彼女も強く握り返してくれた。。

小学生までは台風や大雪を楽しめましたが、大人になるに連れて嫌いではないけど、降らないでほしいと思うようになってしまいました。


小雨でも風邪を引くので、濡れたらすぐ暖かくしましょう。凍死、します。


次か、その次くらいに最終回かなぁ……という感じです!

最後までよろしくお願いします!!!


次回は11月6日22時更新予定です。

よろしくお願いします!

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