59.仮色②
広い敷地内には、遮蔽物もなくのびのびと遊べる大きさだ。そこを沢山の生徒たちが走り回る姿を、俺は木の陰からボーっと見つめていた。
「那津、このチップスもらうから」
「んー」
同じ木の下でシートを敷いて寛いでいる良樹が、俺の手元にあるじゃが芋チップスを袋ごと持っていった。普通は1枚だけとか、多くても3枚とかだと思うのだが、それを指摘する元気は既に俺にはない。
「お前、ホント体力ないな」
「良樹だって……くそう、ちゃっかり体力つけやがって」
つい先ほどまで森田と約束していたサッカーの練習をしていた。しかし練習すれども、あまりのノーカンっぷりに森田もお手上げになり、その上クラスの笑いものになって終わったのだ。
人には向き不向きというものがあり、俺は瞬発型(球技系を除く)で、体力持続型ではないのだ。つまり長距離走より短距離走の方が得意というわけで、決して運動音痴とかではない。
「元々、体力あるから。部活もしてるし」
「演劇部は文化部じゃないのかよ」
「意外に筋トレとかあるんだぞ」
そう言えばこの間、帰りに学校の周りを走っている演劇部を見たような気がする。その時は良樹の姿を見なかったから、すっかり忘れていた。
「なっつん、もうやらねぇの?」
いい汗をかいたようで、爽やかに駆け寄ってきた森田は逆光で輝いているように見える。彼の後ろの方を見ると、他の連中はまだ走り回っていた。
「俺はもう二度とサッカーなんてしないって心に誓った。さっき」
「想像以上だったもんなぁ」
思い出してニヤニヤと笑いそうになる森田へ向けて良樹のタオルを投げつける。すると森田ではなく、横の方から冷たい空気が漏れてくるのを感じた。
おかしいな、寒いとっても春の陽気のはずだけどな。一体どこから冷気が漏れているのやら。
「やっほー、黒岩君に澤北君。あれ、森介もいたんだ」
「俺はついでかい」
「いやいや、さっきまでサッカーしてたでしょ」
良樹の機嫌をどうやって戻そうかと思案していると、キャップを被った佐々木さんが木の陰から現れた。いつも肩に着かない位の長さの髪は下ろしているのだが、今日は珍しく一つに括っていた。
「あれ、佐々木さんって結構向こうでお弁当食べてなかったっけ」
確かここよりも離れた場所でシートを敷いている姿を見たので、間違いないはずだ。アスレチックは反対側にあるはずで、わざわざこんな広さだけの何もない広場に何をしにきたのだろうか。
「四葉のクローバーを探してるんだよ」
佐々木さんがいるので、そりゃあいるだろうとは思っていたが実際会ってみるとどういう顔をすればいいのか分からないものだ。
後ろからヒョコリと出てきた中原さんは、今までと変わらない笑顔で説明してくれた。彼女の存在に気づいた森田は明るい表情で2人に近寄る。
「へぇ。面白いことしてんな。見つかった?」
「まだ全然なの」
「家族全員分見つけなきゃなのに、これじゃあ間に合わなそうなんだよね」
「まじか、いくつだよ」
森田が絶句する気持ちは分かる。只でさえレアアイテム四葉のクローバーを1つ見つけるのも苦労だと言うのに、家族分となると正気の沙汰ではない。もうあと数時間で集合時間になるため、確実に間に合わないだろう。
「最低6つ、できれば自分も入れて7つかな」
「無理だろ」
会話に入ってくる気配のなかった良樹が無慈悲な言葉をバサリと言い放つ。その手に握られている俺のじゃが芋チップスの袋は、既に空になっていた。
「諦めたらそこで終了だよ」
「あはは! どこのバスケ漫画だよ」
森田は可笑しそうに笑うが、佐々木さんは至って真面目のようだ。中原さんは苦笑しながら、今も地面を見つめて探し続けていた。
「1つだけにしとけ」
「見つけられだけ見つけたいんだけどなぁ」
「幸せなんて1つあれば十分だろ」
そう言えば良樹は立ち上がる。トイレにでも行くのかと思って見守っていると、彼は無言でこちらを見てくる。
「なんだよ」
「俺たちも行くぞ」
「どこに」
「四葉探し」
何をらしくない事を言い出すだと、耳を疑った。しかし、真顔でこちらを見つめ続ける友人の姿に本気だという事を理解する。何を血迷ったんだとは言えない雰囲気に、俺も仕方なく立ち上がった。
「じゃあ俺も参加で!」
そして森田も参加が決定する。俺たちは四葉のクローバー探しと言う途方もない探し物を集合時間までに行う事になったのだ。
あれからどれほどの時間が経ったか。実際は言うほどの時間は経っていないが、何度も時計を見ると1分でも長く感じてしまうものだ。
俺たちは、森田のアドバイスにより闇雲に探すのではなく一か所に絞って集中的に探すことにした。丁度、三葉がたくさんある場所を見つけたため、今はそこで各々探している状態だ。
「佐々木って家族命って感じだよな」
「そうかも。私、家族が一番大事」
無言で作業している中で、不意に森田が喋り始める。恐らく森田と言う人間は1分も黙っていられないのだと思う。良樹は何を考えているのか分からないが、黙々と草をかき分けている。
「大学とか県外行けないんじゃね?」
「それはどうかな、普通に行きたいところ行くと思うよ」
「へぇ意外」
「だって、大事な家族を言い訳にしたくないじゃない? それに、思い出はたくさん持っていけるしね」
横目で佐々木さんを見れば、ポケットの中から小さなノートのような物を取り出した。そこには写真が何枚か入っているようで、彼女は自慢気に森田へと見せる。
以前も彼女は写真を持っていたが、それはたまたまノートに挟まっていたものだった。しかし、今回はちゃんと綴ってある写真帳のようなものだ。
「持ち歩いてんのかよ」
「全部じゃないけど、最近ね」
大切そうにそれをポケットに戻す姿に、羨ましさを感じる。
昔は俺の家だって写真をたくさん撮っていたし、母さんが大切にアルバムに綴じていた。今では増えることのない写真に、アルバムも埃を被っているだろうか。
「佐々木さんは、もし崖で家族が危ない目にあってて、同時に他の人も危なかったらどうする?」
だからだろうか、自然とそんな質問をしていた。よくある2択問題だが、家族が一番大事だと言う彼女は当然家族を選ぶだろう。いや、選んでほしいのかもしれない。家族だけを大事にするという俺の決意を認めるために。
「それってあれ、究極の2択のやつ? もちろん家族を助けに行きたいけど、その他の人の部分が由衣とか、私の知ってる人だったら迷うなぁ」
佐々木さんは手を止めて考え込み始める。俺が想像していた答えではないことに驚きを隠せなかった。
「佐々木は家族も多いから選択し実質2択じゃないよな」
「確かに! だったらもうみんな助けに行っちゃうかも」
「強欲すぎる」
しかし、森田の言葉で納得した。佐々木さんは家族が多いから参考にはならない。俺の場合はもう家族は姉しか居らず、家族のように育った良樹を入れれば2人だ。
「そうかなぁ。森田君は?」
「俺は諦めて一緒に飛び込むわ」
「火中の栗を拾う的な?」
「それ使い方あってるか?」
いつの間にか森田も佐々木さんも手を止めて盛り上がっていた。俺も休みたいところだが、会話を振ったくせに黙々と作業をしたい気分になっている。
帽子を被っていないせいか、直射日光が眩しい。まだ春だというのに太陽のせいで暑さがピークに達しており、汗がとまらない。
「由衣はどうする?」
「私は、さっちゃんを助けちゃうかも」
「由衣……ずっと友達でいようね!」
しゃがみ込んで四葉を探していた中原さんに、佐々木さんが飛びつく。それをしっかりと受け止めた彼女は嬉しそうに笑っていた。傍で見ていた森田は苦笑を漏らして良樹へと視線を移す。
「現金すぎるわ、佐々木。澤北は?」
「俺は、根性で上がって来いって言う」
良樹の回答に、だろうなと心の中で思った。寧ろ、想像の範囲内で安心したまである。これで、全員助けると彼の口から発せられたら、俺は自分の耳を疑ったことだろう。
しかし、他のみんなは想像していなかったのか分からないが、批判的な目で良樹を見る。
「鬼」
「うん、さすがに鬼すぎるね」
「澤北君らしいと言えば、らしいかも……?」
「駄目だよ由衣、受け入れてはいけないこともある」
フォローを入れる中原さんに、佐々木さんも森田も大きく首を振った。
「それで、那津はどうなんだよ」
まさか良樹から俺に振ってくるとは思わなかったが、俺の答えは決まっている。
「俺は……両手で足りる分だけ、かな」
できるだけ平常心を保って言ったが、なぜか良樹に無言で見られている。真顔で良樹に見られると圧が凄いため、慣れている俺でも止めてほしいのだが、何か文句でもあるのだろうか。
「てことは2人か。俺と誰だ?」
「なんでお前が当たり前のように入ってるんだよ」
「おま、俺ほど大事な奴はいないだろ」
こちらも真面目な顔して何をいっているのだか。
「間違っても森田はないな。気合で上がって来いって言う」
「それ澤北と同じじゃん!」
俺の肩を掴んで全力で揺らす森田から逃げ出せば、その後を追いかけてきたため鬼ごっこが始まった。俺は体力はないが、足はそこそこ早い。しかし、そこそこでは森田からは逃げられないため、木の周りをグルグルと回る形で逃げ回る。
「俺を助けると言うまで追いかけてやる!」
「嘘だろ、ふざけんなよ!」
良樹はギリギリまで探していたようで、俺の事には見向きもしなかった。この鬼ごっこは言うまでもなく、俺の体力が尽きて森田に掴まることで終了した。
気付いたら集合時間になっていたため、結局誰1人として四葉を見つけられずに帰ることになったのだ。
1日遠足は小中高と同じところに行った記憶がありますが、恐らく記憶違いだと思います。
次回は9月7日22時更新予定です。
よろしくお願いします!