58.仮色
桜が散り始めた、始業式。靴箱前のクラス分け掲示板を見て、こんなこともあるんなだなぁと、どこか他人事のように考えていた。そんな高校2年1学期の始まり。
「やっほー、なっつん! まさかの同クラだな、また1年よろしくぅ!」
「チェンジで」
「ひっでー!」
新しいクラスの扉をくぐると、1年から同じクラスだったらしきグループがいくつか出来ていた。そしてそこには、当たり前のように話しかけてくる森田の姿がある。その森田は既にクラスの中心で色んなやつと連絡先を交換しているようだ。
「あ、黒岩君。また同じクラスだね」
名簿順に並んだ席で、自分の名前が指定してある席につくと2つ後ろの席から声をかけられる。森田以外に話しかけてくるレアな人間は誰だろうと振り向くと、佐々木さんが笑顔で手をあげていた。
「佐々木さんも2組だったんだ……中原さんは?」
「由衣は残念ながら隣のクラスなの。でもこのクラスでも私は頑張るよ!」
主にクラス委員長とテストだろうな、と心の中で思う。佐々木さんも明るい方だし、すぐにクラスに馴染むだろう。そもそも自らクラス委員を志望する時点でコミュ力はあるはずだ。
中原さんは、お花見以降まともに顔を合わせていない。と言っても春休み中で会う機会が無かっただけなのだけど。それでも、違うクラスで良かったとホッとしている自分がいた。
「それにしても、澤北君と黒岩君が別のクラスになるとは思わなかったなぁ」
「さすがにクラス替えはどうにも出来ないしね」
「なんだかんだニコイチのイメージ強いからな」
いつもの如く気付いたら背後にいる森田にもう驚かない俺は、机に片肘をついて横目で彼を見る。佐々木さんも「確かに」と頷いているが、そんなに一緒にいるイメージが強いだろうか。
「てかさ、ずっと聞きたかったんだけど黒岩と中原って花見の日、なんかあった?」
「……何もないけど」
この間は、中原さんも俺も何事も無かったかのように過ごしていたはずなのに何故気づかれたのか。それ以前にこのタイミングで聞いてくるなんて、森田という男は空気が読めるようで読めないやつだな。
「え、何かあったの?」
「いやいや、何もないよ」
佐々木さんは姉さん達とコンビニに行っていたため、俺たちが散歩に行っていたことを知らない。そして、驚いているような反応から予想するに、中原さんかは何も聞いていなさそうだ。
「散歩行った後、別々で帰ってきたじゃん」
「あれは、森田に白石さんを任せてるのが心配だったし」
嘘ではない。2人の様子が、特にあんなことがあった白石さんの様子がずっと気になっていたのは事実だ。
まぁ俺が気にした所で余計なお世話だろうし、とかずっと考えちゃって散歩に行くという逃げに走ってしまったのも自分なのだけど。
「おいおい失敬な。俺はちゃんと白石さんとの仲を深めたんだぞ」
「え、待って。俺がいない間に何してたの」
「それは無粋ってやつだよ、キミ」
「どういう意味だよ!」
聞き捨てならない事実に立ち上がれば、森田はニヤァと嫌な笑みを深める。そしてタイミングがいいのか悪いのか、今日からこのクラスの担任になる先生が教室に入ってきた。
「はい、席ついてー」
急いで自身の席に戻る彼を引き留めたい気持ちを抑えて見送るが、今日に限っては森田と会話を重ねたい気分だ。問い詰めてやりたいという意味で。
そんな俺の心情を無視して、新しい担任が挨拶と2年生になったことへの祝辞などを述べ始めたが、今は窓側の席ではないため暇つぶしに外を眺めることもできない。
俺はポケットに入れていた生徒手帳を取り出して、中から二つ折りにした写真を取り出す。
――白石さん、今何してるのかな。
あの花見の日にもらった写真は、帰ってから一生懸命シワを伸ばした。それでも元通りにはならなかった為、シワのついた写真のままだ。
この写真を見ていると、色々あった出来事を思い出す。そう言えばお酒が届いてからは、あっという間だったな。
―――……
それはちょうど、中原さんが戻ってきたのと同時にコンビニ組も戻ってきた時の話だ。
「お待たせ、たくさん買ってきたよ」
「やっぱり買いすぎなんじゃ」
「今さら言っても遅くない?」
「お菓子も買ってきたよー、って言ってもみんなお腹いっぱいだよね……?」
良樹と那珂さんが持つコンビニ袋の中には缶がはち切れんばかりに詰め込まれており、コンビニ店員の苦労が伺える。そして姉さんと佐々木さんの手にはチョコやクッキー、なぜかチーカマやスルメ等の渋めのお菓子も見えた。
「全部飲む、食べ……お腹に入れるの?」
俺が姉に向かって真顔で問えば、姉は気まずそうに目を反らすだけだった。
お菓子の方は良樹当たりが平らげるが、持ち帰りコースでなんとかなるだろう。
しかし、このお酒は2人で飲む量で正しいのだろうか。普通がどのくらいか分からないけれど、俺でも缶ジュースをこんな何十本も買わない。これが大人の経済力ということなのか。
「聞いたところによると黒岩さん、結構な飲んべえみたいだし、気合い入れて買い過ぎちゃった」
那珂さんは、お茶目にピースをした。姉はそれに頭を抱える形なのだが、この2人はいつからこんなに仲良しになったのだ。
『お酒、いっぱい』
思わずそんな事を言ってしまったのも仕方がないというものだ。白石さんは、険しい表情で「頑張ります」と言っていたが、今頑張って飲む必要はないのだし、仮にお酒が苦手だった場合は無理して飲んでほしくはない。
しかし、そうやって現実を甘く考えていたのはほんの瞬きをする間だけだった。
「ナノツちゃん、結構飲めるんだねぇ! あ、えっと『いい飲みっぷり』っと」
「いえいえ、私なんてまだまだです」
いつの間にやら開け放たれた缶は、既に何本も空になっている。大きいサイズの缶もあるように見えるが、これを普通の顔して飲んでいる2人はどれだけ凄いのか、俺には分からない。しかし那珂さんの笑顔が引き攣っているのが、答えなのだと思う。
「姉さん、テンション高くない?」
「お酒のせいだろ」
「おま、何をそんな冷静に」
ちなみに割と長い間飲んでいるため、佐々木さん含む3名は佐々木一家と既に帰宅している。俺たちは姉さんが満足するまで待っているのだ。
「雪那さんはともかく、白石さんも強いとは思わなかったな」
「それは思う。顔色一つ変わらないなんてこと、あるんだな」
良樹も意外と感じていたようで、白石さんを見て驚いていた。
我が姉は確実に酔っぱらっている、それは高校生の俺でも分かる。顔も赤くなり大変分かりやすいのだが、白石さんに関しては顔色もテンションも変わらないのだ。
姉も冷静さは流石に失ってはいないと思うが、早いペースで缶を開けている。彼女はその姉と同じハイペースで飲んでいるはずなのに、ケロッとしていた。こんな人もいるんだな。
「まさか本当にほとんど飲み切ってしまうとは思わなかったな」
なぜか感慨深そうにそう呟く那珂さんは、遠いところを見ている。
「那珂さんは強いんですか、お酒」
「普通だよ」
普通の基準が分からない。しかし、それ以上は有無を言わさないような笑顔でこちらを見ていたので、俺は何も言わずに目を反らした。
……―――
もちろんドン引きの顔をしていた良樹と那珂さんも、俺がドン引きする勢いで買ってきたお菓子を食べつくしていたので、俺以外は全員可笑しいという認識だ。
なんだかつい最近の事なのに、もう懐かしいな。
あの後は家で、ちゃっかり酔っぱらっていた姉さんを写真に収めていた良樹が全力で揶揄い始めて、酔が冷めて正気に戻った姉さんの絶望的な顔は面白かった。
白石さんは言わずもがな、最後まで素面というやつだったし、那珂さんの「もう少し強くならないと」という呟きは、俺の胸の内だけに留めておこうと思う。
「それじゃあ体育館に移動して。今から校長の長ぁい……いや、有り難い話があるから」
先生の本音が漏れた瞬間だ。生徒たちはそれにクスクス笑いながら、先生の言う通り教室を出て体育館へと続く廊下へと出る。
「なぁ、なっつん。一日遠足一緒にサッカーしようぜ、澤北も誘って」
当たり前みたいに肩を組んでくる森田を振り払うのも面倒になってしまたったのでそのまま話を聞くことにした。最近わかったのだが、森田に対しては抵抗すると調子に乗る。
「一日遠足?」
「聞いてなかったのかよ、錦江湾公園に一日遠足だって」
そう言えば行事予定表の4月にはそんなイベントがあったような気がする。良樹は面倒くさがりそうな行事だが、高校デビューを果たしている彼なら意外にも楽しみにしているかもしれない。
「サッカー出来ないんだよ、俺」
「大丈夫だって、そんな厳密にはやらないし」
「いや、だから……そもそもがな?」
無言でお互い見つめ合う。その時間はほんの僅かなものだったが森田は理解したのだろう、俺がノーコンだという事を。
「そうか。それならしょうがないな、一緒に練習しようぜ」
「はぁ?」
なぜそうなると抗議をしたが、聞き入れてもらえるはずもなく、森田は目の前を歩いていた良樹に絡みに行った。恐らくサッカーの話をしているのだろう。お願いだから俺を巻き込まないでくれと心の底から思った。
色彩を書いているといろいろな学校行事を思い出して懐かしい気持ちになります。楽しかったことや、黒歴史など……皆さんはどんな思い出がありますか?
次回は9月4日22時に更新予定です。
よろしくお願いします。