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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
病院編
6/79

6.旗色②

恐る恐る開け、中に人がいない事をしっかりと確認する。今度は大丈夫とホッとし白石さんを見ると目が合った。正確に言うと目が合ったように感じたわけだが、実際は見えてはいないはずだ。しかし、いつも来たときは窓の外を見ているか俯いているから不意打ちのことで思わずドキッとしてしまう。


「白石さん?」


 もしかしたら聞こえるんじゃないかと思って声をかけるが、反応はない。その事実になんとなく安心したが、気を取り直して彼女の隣に置いてある椅子へと腰掛け、松葉杖を立てかけた。その際、邪魔だったスリッパをベッドの下へと入れる。


 扉を見つめたまま動こうとしない彼女の瞳には何が映っているのだろうか、いつも外を眺めるときもそんな目をしているのだろうか。


「だから見えてないんだって」


 自分自身に呆れつつ、彼女の肩を2度叩くとビクリと肩を震わせつつ、俺の方へと顔を向けてくれた。その表情はやっぱり自信なさげだが、最初のころと比べると大分良くなった方だろう。


「黒岩さん、ですか?」


『〇』


「こんにちは」


 安堵の表情を浮かべ、俺までホッとする。これがいつもの流れである。なんだか、いつか俺のことを忘れてしまいそうな気がしてくるから不思議とそうなるのだ。そんなこと絶対ないはずなのに。


「今日はどうかされたんですか?」


「今日?」


 問いかけられた質問に首を傾げる。どうかしたと言えば、今日は午前中に姉さんが着替えと、なぜかケーキを持ってきてくれてテンション上がってたか、その反動で午後は半日ほど外でボケっとしていたかくらいだけど。


「あ」


 今日の一大イベントと言えば那珂さんに会ったことだな。そう言えば2人は面会中だっただろうに、俺が来たことでそれが中断されたのではないだろうか。それで戻ってきたのは俺だけだったから那珂さんのことを心配している、とかだろうか。


『?』


 取り敢えず何のことか分からないので聞き返してみる。最近では会話のコツを完璧につかんでおり、こんな風に分かりやすい文字で会話をすることができるのだ。いつか他の文字とか記号とかで会話を簡単にできるようになったら良いな、なんて思う。そしたら暗号とか作って秘密結社的な何かを立ち上げられるのでは?カッコいいのでは?


「なんだか今日は来るのが遅いようなって感じて」


「分かるの!?じゃなくて『わかるの?』っと」


「なんとなくですけど」


 とても驚いたのは言うまでもないだろう。言い方は悪いかもしれないが、彼女は時計も見えないのだから時間なんてない世界で生きているのだと思っていた。感覚で時間が分かるのだろうか。


『どうやって?』


「窓から差し込む日の温度とか、病室の外から感じる人の流れとか、結構時間によって違いますよ」


 そんなものなのか。確かに目が見えない人は耳が、耳が聞こえない人は目がいいとか聞いたことがあるしな。実際はどうか分からないけど。ちょっと調べてみようかな、面白そう。というか、人の流れが分かるってことは、俺が部屋に入ったのも分かるってことだろうか。


「だから、なんとなくいつもより遅いのかなと。正確には分からないですよ?意識していないと分かりませんし」


『兄』


「兄?」


『白石さん』


 彼女の頭の上に、はてなマークがたくさん飛び交っているような気がする。上手く伝わらなかったのだろうか、でも分かりやすくと言ってもどう伝えればいいのか俺にも分からない。もう普通に白石さんのお兄さんに会ったよって言えばいいの?でもあまり長い文章にすると混乱するらしいし。とりあえず普通に言ってみるのもありか?


 確か彼女の目や耳に関しては後天的だとさっき聞いた。だから手書き文字自体に慣れていないのは納得したし、仕方ないことだけど、やっぱり本気で2人用の合言葉出来な何かを考えた方がいいような気がしてきた。


「あの、私の兄ってことでいいんですよね?」


『〇』


 伝わってたのかと安心するも、なぜか動揺しているようで彼女は思案顔だ。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか、と俺まで考え込んでしまう。まさか複雑なお家事情があったりするのだろうか。


「あ、えっと。兄はいつから?」


「うーん、いつからいたのかまでは分からないな」


 いつも通りの時間に来たら既にいた為、正確な時間は分からない。それを誤魔化す必要もないだろう。


『わからない』


「そうですか」


 俺の気のせいでなければ彼女は、那珂さんの存在を認知していなかったような様子に見える。確かに正確な時間は分からないが、仮に彼女が兄の存在に気づいていなかったのだとしたら、一つの可能性に辿り着いてしまう。


『もしかして、知らなかった?』


「正直、いつからいたのだろうと」


「まじか」


 白石さんは困ったように笑みを浮かべた。俺も困って汗が湧き出してきた。


 待って、じゃあ本当に話しかけようとしたところを俺がタイミングよく来て邪魔した感じになるの?それは申し訳なさすぎないか。わざわざお見舞いに来てるのに家族と話すこともせず、俺なんかと話してそのまま時間になって帰るとか、俺最低過ぎないか。


 しかし、この申し訳なさをどうすればいいのか分からず、とりあえず彼女の手を握った。


『ごめん』


 そして彼女の手を上下に激しく揺らす。当の本人は一体何が起こっているのか分からず、突然上下に引っ張られる腕に、なされるがままだ。


「ふっ……ふふふっ、黒岩さん落ち着いてください」


 可笑しそうに笑う彼女にドキリと心臓が鳴る。それは那珂さんによく似ていて、初めて見る表情だった。


 思わず手を止めうと、彼女は笑うのを止めて窓の外へと視線をはずした。


「今日は何色ですか?」


 俺もそれを追って外に目を向けると、桜島から湧き上がる灰色の雲がこちらに迫ってきているのが目に入る。空も雲に覆われており、青空は少し顔をのぞかせているくらいだ。


『灰』


「曇り空なんですかね、もしかしたら火山灰が降っているのかもですね」


『○』


 今の情報だけで灰が降っていることまで分かるだなんて、彼女の理解力の高さに驚きを隠せない。


 白石さんは何を思ったのか、ベッド横に備え付けてある棚の引き出しから木でできた、長さ10㎝ほどの持ち手が細い、シンプルな櫛を差し出してきた。


「髪の毛がキシキシなってるんじゃないですか?私の櫛でよければ」


 櫛と白石さんを見比べる。彼女は悪意のない様子で手に櫛を持っており、俺の困惑は加速する。


 


 突然ですが質問です。女子から櫛を借りる男子って普通ですか。


 答えは、分かりません。


 


 仲の良い男女ならあり得るのかもしれない。知らないけど。そうだとしても俺達はまだ仲良くなって日が浅かったはずだ。しかし白石さん的にはもう、その段階なのかもしれない。


 確かに頭はキシキシする。だからと言って日常茶飯事であるため気になるほどではないのだ。


「もしかして他の人の櫛使うのに抵抗がありますか?それだったら、ごめんなさい」


『借ります』


 いつまでも返事のない俺を不思議に思ったのだろう、そして結論に至ったのだろう。恐らく俺が潔癖であると言う結論に。もっと違う視点から見てほしかったと言わざる終えないが、そこまで言われて借りないわけにはいかず、彼女の手から櫛を受け取る。


 姉さんがいつも使っているのはブラシであるため、必然的に俺もブラシを使っているのだが、こういった櫛!みたいな櫛は初めて使うかもしれない。ていうか使うって言っても姉さんが煩いから、寝ぐせを適当に梳かすくらいだけど。


「まぁいいか、姉さんのも使ったことあるし」


 考えるのも面倒になったため、特に問題がある行為でもなさそうだし遠慮なく使わせてもらうことにする。


「てか俺、髪の毛短いのに櫛の意味ある?」


 いつも姉さんが短めに切りそろえてくれる後髪と前髪。オデコを出しているのは前髪が鬱陶しいからだ。


 櫛で髪を梳かすとパラパラと火山灰が降ってくる。所々で櫛が引っかかって髪を引っ張るのが地味に痛い。無理やり梳きすぎなのかも知れないがこう言うのは適当でいい。


「黒岩さんって髪はロングですか?」


「何を言っているんだい?」


 ピタリと動きを止めて白石さんを見る。先ほどと同じ悪気のない顔でこちらを見ていた。


 一体男のロングをどのくらいの長さだと思っているのかわからないが、大体はみんな同じだと思う。髪型は結構みんな違うけど、俺なんかはワックス塗ってセットして、っていうのはしないし一般的な男子高生の髪型だとは思うのだが。これはロングの部類に入るのか?いや今まで短髪だと思っていたし、どちらかと言うとショートではないかというレベルだ。よし、ロングではない。


『☓』


「ショートなんですね、想像できないです」


 逆にどうして想像できないのだろうか。男のロングしか見たことがなかったのだろうか、それとも俺ぐらいになるとロングの部類なのだろうか。できれば詳しく話を聞いてみたいところだが、これだけ聞くのに一体どれだけの手間が必要かを考えて、止めた。


 俺は一度大きく息を吐いて櫛についた灰を払い、白石さんへ返却をする。


『くし、ありがとう』


「どういたしまして」


 彼女は慣れた手つきで引き出しの中へ櫛を仕舞った。見えていないのに見えているかのような動作で、驚かされる。


「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに行ってもいいですか?」


 少し申し訳なさそうに言う彼女は、目が見えないためトイレにすら簡単に行けないのだろう。引き出しは近くにあるため、慣れればどうってことないがトイレは別なのだ。大変だなと思いつつ、彼女の手のひらに文字を書く。


『手伝う』


そして気づく、なんという提案をしてしまったのかと。さすがにこれでは変態の称号に拍車をかけているようなものである。これは相手にドン引きされる前に前言撤回をさせていただいて、


「ではお願いをしてもいいですか?」


「なんで!?」


 これは信頼してますよ、の意思表示なのか。それでも男女に超えてはいけない壁というものがあるのではないだろうか。いくら男女の友情が成立し合っところでトイレをともにする友情なんてないのではないだろうか。


 俺は混乱する頭をフル回転させるが、この状況を打開する策を思いつくことができない。


「黒岩さん?」


「あぁもう、入らなければいいんだよ、入らなければセーフ!」


 俺はサッと手を差しだし、白石さんは俺の手を頼りにベッドから降りた。そしてスリッパを探しているのか足元をキョロキョロとさせている。


「スリッパね、はいはい」


「すみません、いつもここら辺にあるんですけど」


 申し訳なさそうに謝るが、このスリッパを退かしたのは俺であるため逆にごめんなさい、という感じだ。


 横に並んだ白石さんは、ベッドの上に座っている時とは目線の位置も距離感もいつもと違って、とても新鮮だった。身長は同じくらいだが、5㎝ほど俺のほうが高いだろうか。そこは素直に嬉しいところである。しかし隣に並んでみて改めて思うが。


「細すぎる」


 俺が今まで見た女子の中では断トツ細い。一体何を食べて生きてきたのだと言いたいくらいだ。皮と骨しかないのではないか?姉さんなんか足が太いのがコンプレックスだって言うほど太ましいというのに。いやあれは太ましいというか、普通だとは思うけど。


「トイレはすぐそこなので」


 どうやらここには室内トイレがあるらしく、彼女は慣れているのか真っ直ぐとトイレのある方向を指さした。俺は言われた通りの場所に進んでいく。


「やっぱり誰かがいると、歩くのも安心ですね」


 嬉しそうに俺の手を握り返してくれる姿はとても可愛らしく見えた。


 いや、これは客観的に見た感想であって俺の感想ではない。ていうか女子と手を繋いで歩くのとか初めてだな。手を繋ぐにカウントしていいのか分からないけど、ちょっと緊張だ。え、いつも手つないで会話してるじゃん?それはそれ、これはこれなのだよ。


 俺は、あまりにも気を緩めすぎていたのだと思う。だからちゃんと周りが見えていなかったのだ。


「わっ」


「へ?」


 ガタッという音と共に椅子が地面に倒れる。そしてその足に引っかかった白石さんもゆっくりと傾いていくのが見えた。危ないと握っていた手を反射的に強く引こうとすると、驚くことに彼女は、逆に俺の手を手放したのだ。


 そこからの展開は一瞬だった。激しい音が部屋に木霊し、前のめりに倒れて行った白石さんは上手く受け身が取れなかったのか、痛そうに蹲っている。


 ――僕は悪くないんだ、僕は……


 脳裏に過った残像と彼女の姿が重なる。それをかき消すように強く頭を横に振り、彼女を見下ろした。


「っ……ごめんなさい、黒岩さんにお怪我はありませんか?」


「なんで俺のことなの」


 頭は打たなかったようだが、手首を捻ったのか痛そうに擦っている。それなのに俺の心配をしているのか、どこにるか分からない俺をキョロキョロと見まわして探していた。


 なぜ俺の手を掴まなかったのか、そうすればその手首だって傷めずに済んだはずなのに。いや、きっととっさのことで間違えたのだろう。体から血の気が引いたように冷たくなっていくのを感じた。


 俺は彼女のそばでしゃがみ、その手をとる。


「手が冷たくなってます、どこか痛いですか?それとも寒い?」


 彼女は痛めていた左手を気にせずに、両手で俺の手を包み込んだ。冷静になる思考も優しく包み込まれるように、体の体温が戻ってくるような気がした。


『大丈夫』


「よかった」


 心底安堵したのか、緊張した面持ちが和らいだ。しかし痛みのせいか、彼女の額には汗が滲む。俺は捻ったであろう手とは別の手を掴み、文字を書く。


『手』


「手?」


『湿布』


「このくらい平気です」


『待って』


 平気だとは言うが、このまま放っておいて後から大きな怪我が見つかったりしたら姉さんに迷惑をかけることになる。


 彼女をその場に置いて、部屋を出ると丁度目の前に先ほど一緒にいた看護師の山田さんがいるのを見つけた。


「山田さん!」


「あれ黒岩くん、どうかしたの?」


「白石さんが転んじゃって、手首捻ったみたいなんですよ」


「それは大変だわ、待ってね湿布貰ってくるから」


 山田さんがナースステーションへと戻っていったのを見送り、白石さんの病室へと戻る。彼女は自力で立ち上がろうと、何か支えるものを探しているようだ。俺が近くにあった椅子を持ってきて彼女に触らせると、それを支えに立ち上がった。


「周りに何もなさそうだったので助かりました」


『看護師、湿布』


「本当何から何まで、ありがとうございます」


 ちょうど山田さんが入って来たので、俺はそのまま自分の病室へと帰ることにする。


『帰る』


「そうなんですね、お気を付けて」


 外の廊下には相変わらず忙しそうにしている看護師さんがたくさんいて、なぜかホッとする。ドクドクと脈打っていた心臓はいつもの光景にやっと落ち着きを取り戻してきたようだった。

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