53.異色③
――澤北良樹side
冷たい2月の風が、人々の間を通り過ぎる。10人程度の部員達が円になり、顧問の長い話を寒さに耐え忍びながら聞いていた。いくら南の方と言えど、この季節は寒いのだから早急に館内へ入りたい。
そして、それはどこの生徒も同じようだ。ホールの広い入口前の広場には、俺たちの高校と同じように色々な制服の生徒たちが肩を震わせながら円を描いて集合していた。
「開会式まではもう少し時間があるから、それまでは静かに過ごすこと」
顧問は話が終わったようで、カメラの入った大きな鞄を肩にかけ直して我先にと館内へと入っていた。時間までは自由時間だという事だが、そんなに長く時間があるわけではなさそうだ。
今から何しようかと思いながら館内へと足を向けると、記憶にある顔が近づいてきていた。
「澤北君、だよね?」
遠慮がちにだが、確実に俺に声をかけてきた男子生徒。
最後に見た時と変わらないお河童頭とオドオドした雰囲気。ただ、長い前髪は前と違ってきちんと中央から分けており、表情が見える様になっていた。
俺は舌打ちをしそうになったのを我慢し、無視を決め込むことに決める。そもそも俺に話しかけてこようとする空気の読めなさ加減が、昔と変わらないから腹が立ったわけだ。
「澤北君の知り合い?」
いつの間にか横にいた佐々木が、声のした方へと視線を向ける。しかしそれは、このまま無視を決め込もうとした俺にはとても都合の悪い行為だった。
「ちょっと来い」
佐々木に顔を見られる前に、急いで空気の読めないこの男の手を引いて歩き出す。その間、どちらも何かを言う事はなかった。
出来るだけ人のいない所へ行こうと思ったら館内に入る訳にもいかず、このクソ寒い中をしばらく歩くと駐車場へと辿り着いた。
付近にある駐輪場に多々、並んでいる自転車は生徒たちにものだろう。そこは既に人も居らず車だけが音もなく止まっており、朝の静けさが漂っていた。
俺は不機嫌を隠すことなく、手を離して近くにあった壁へともたれて腕を組む。
「なんの用だよ」
「澤北君は、包み隠さず僕の事が嫌いだね」
相変わらずの気弱な雰囲気で眉を下げるこいつ、佐竹にイライラが収まらない。それに加えてこの寒さ。この状態で嫌いなやつに余裕を持って喋れる人間がいるなら見て見たいぐらいだ。
「分かってるなら声かけてくんな。特に那津に対しては絶対に、安易に声かけんなよ」
百歩譲って空気を読まず俺に話しかけて来るのは許せても、那津に話しかけようものなら空気を読む云々の話ではなく、人間性を疑わざるおえない。
誰が自分の家族を亡くした原因に会って喜ぶというのだ。今でさえ、昔のことを思い出させないように俺も雪那さんも気を遣っているというのに全て水の泡になる。
「……黒岩君は、元気にしてる?」
「元気だと思うのか? お前が?」
睨みつければ、押し黙るのは昔と変わらない。よく那津に威嚇をするなと言われていたが、当時は別に威嚇しているつもりはなかった。今は故意に威嚇をしている自覚はあるが。
「澤北君を見つけたのは本当に偶然で。まさか君が演劇部に入部してるとは思わなかったな。あ、でも声をかけようか、どうか悩んだんだけど」
その返答に、余計な事を言うのは変わっていないけれど悩みはしたのかと多少感心する。
以前のように何も考えずに発言をするやつであったなら、話す必要もないと思ったが佐竹もこの数年で変わったという事だろう。
「それで?」
しかし、俺の前で言葉を詰まらせるところは変わらないようだ。敢えて圧をかけているのだから仕方がないのだろうけど、優しく接するつもりは毛頭ない。
黙り込む佐竹を放置して視線を外すと、駐車場の前に立っているシンプルな時計の塔に雀が1羽止まっていた。音もなく刻まれる時間を気にすることなく雀は朝日を浴びて気持ちよさそうにしている。
「僕、あれから色々考えたんだ。澤北君の言葉と……黒岩君のこと。2人のお陰で僕は今、高校に通えてるから」
「だから何か、姉でも使ってお礼でも言おうとしたのかよ」
何か言葉を続けようとした佐竹を遮って言葉を吐けば、言っている意味が分からないのか佐竹は首を傾げた。
「お姉ちゃん? もしかして会ったの?」
「聞いてねぇの?」
「う、うん」
佐竹は嘘をつかない。それは良くも悪くも、こいつの特徴だ。だから何も知らないのも事実なのだろう。しかし、姉弟揃って何をしてくれているのだと文句を言ってやりたい。
「なら自分で聞け」
「わ、分かった」
言いたいことを飲み込んで深く溜息を吐き出せば、佐竹はそれ以上何も聞かずに首を縦に振った。再度時計に目をやれば開会式まで残り30分を指している。
「それにお礼なんて、言えないよ」
「だろうな」
「でも、澤北君にはお礼を言わなきゃと思ってて」
少しばかり下にあった佐竹の頭が突如、勢いよく消えた。
何事かと思って下を見ると、深く下げられた頭と深く腰を折る佐竹の姿が目に入る。
「あの日、ハッキリ言ってくれてありがとう。澤北君から聞かなかったら僕、また何も知らずに逃げてたかもしれない」
あの日、それは恐らく佐竹が俺たちの通っていた中学を転校する日のことだろう。
あの頃、那津は既に家に籠るようになっていたから、見送りのいない佐竹に俺だけが言いたいことを言いに行ったのだ。
今でも、あの日に言った事は後悔していない。那津の両親の事実を、ありのまま伝えただけなのだから。
「お礼なんていらないから。お前の自己満足に付き合う義理はない」
「そう言われたらそうかもだけど……僕、黒岩君にもちゃんと謝りたくて」
「お前からの謝罪なんて――」
そこで俺は言葉を区切った。不自然に止められた言葉に佐竹は困惑の表情を浮かべる。
俺は最近ずっと考えていたことがある。今の那津に必要なものはなんなのか、と。
俺はこれまで那津に辛い記憶を思い出させないように気を付けてきた。自分でも性に合わないことをしている自覚はあったが、雪那さんと話し合って決めたことだったから文句はない。でも本当にそれでいいのかと思う出来事が、あの文化祭の日にあった。
昔から面倒ごとには一目散に突っ込んでいくタイプだった那津。それがあいつが散々言っていた〝正義″というものだったのだろう。俺は興味がなかったし、弱いくせによくやるなと思っていた。
あいつは目を反らすことで、今を普通に生活しているように見せている。もしかしたら自分から向き合わないと、この苦しみから救い出すことができないのかもしれない。
「澤北君、大丈夫?」
「っあぁ、面倒くせぇな」
「え!?」
俺の基本スタイルはなんだった。自分の後始末は自分で付ける。喧嘩を吹っ掛けてくる奴がいれば買うし、全部自分で解決してきた。その点に関しては、那津も一緒だったんじゃねぇのか。
「さ、澤北君?」
「謝りたいって言ったな。それは何に対してだ?」
「黒岩君の優しさを利用したこと」
間を置くことなく告げた、その言葉の裏側にある意味は俺には分からない。しかし佐竹は変わったんだと思う。この3年の間で、ちゃんと進んでいた。だからと言って許す気にはならない。
俺はあの日、佐竹に言い放った言葉を後悔したことはない。寧ろもっと行ってやれば良かったとすら思っている。
――もしかして進んでいないのは俺たちだけなのかもしれない。
「連絡先教えろ」
「え、あ、うん」
俺がポケットからスマホを取り出せば、佐竹は慌てて鞄の中からスマホを取り出した。
この選択が正しいかどうかなんて、分からない。でも、ウダウダ考えるのは正直面倒になってしまった。こんな関係を続けたくて、那津と友達でいるわけではないのだ。前のように――
「俺も随分毒されたもんだな」
「何が?」
「いや……那津は今、お前と会える状態か分からない」
「うん」
俺の言葉に、佐竹は顔を引き締める。そして、早々にQRコードを読み取りをし、連絡先の交換を終えてから佐竹に背を向ける。
「俺が連絡するまで、絶対に那津と会うなよ」
「不可抗力の場合は」
「うるせぇ、自分で考えろ」
「わ、分かった」
オロオロとしている佐竹を置いて、館内の方へと向かう。時計を見れば開会式まで、あと僅かだった。
いつの間にか時計の上に留まる雀は2羽になっており、互いに仲が良さそうに並んでいる。心なしか、1羽でいた時よりも気持ちよさそうだ。
「俺はあいつの護衛かよ」
なんだか可笑しくなってフッと笑みをこぼす。
いつの間にか対等だった関係はあべこべになってしまった気がする。俺は基本自分勝手に、それでもって全て自己責任で生きていた。そんな俺の隣にはいつも正義のヒーローを語る馬鹿が、勝手について歩いていたのだ。
次回の更新は8月17日22時の予定です。
よろしくお願いします。