48.着色
ーー黒岩雪那side
まさか、こんな風に今年の誕生日を迎えるとは思っていなかった。
1月23日、ド平日の夜。いつも通り仕事へ行って、定時で帰ってきたところ。
今日は誕生日だからと残業も免除して、温かい惣菜を沢山持たせて帰らせてくれるような、優しい社員さんやパートさん達に囲まれた恵まれた職場だ。
「姉さん、お帰りおめでとう!」
「どっちかにしろよ。おめでとうだけでいいだろ」
「お帰りも大事だろ」
玄関を開けると、見慣れた喧嘩をする2人が出迎えてくれて。
「黒岩さん、お邪魔してます」
「こんばんは、お邪魔してます」
なぜかエプロンを着た白石さんと、その手に引かれて頭を下げるナノツちゃんがいて。
「ただ、いま……?」
「なんで疑問形」
「あれ、その台詞デジャヴ」
困惑する私を置いて、変わらぬ様子で会話続ける2人に驚きを隠せない。まさに寝耳に水というやつだろうか。
「いや、これはどういう事?」
「雪那さん、今日誕生日じゃん」
「まぁ、そうなんだけど」
「サプライズ、と言うやつですね」
ニコリと微笑んだ白石さんの言葉を合図に、那津がクラッカーを鳴らした。
突然の破裂音に驚き入るが、手に持ったままクラッカーを鳴らさない良樹君に文句を言い始めた弟の姿を見て、驚きよりも可笑しさが勝つ。
「ナツ君、それよりも」
「そうだった。姉さん中に入って!」
可笑しくて笑っていると、白石さんが苦笑を浮かべて那津を促す。どうやら中にまだ何かがあるらしく、中へと戻って行った彼を追って那津も、良樹君を置いてリビングへと私を手招きする。
「あいつ多分、去年とかの分まで祝いたいんだと思う」
「……そっか」
急かされるままに靴を脱ぐと、玄関に残っていた良樹君がポツリと呟いた。そして彼は、それ以上は何も言わずに先にリビングへと入る。
最近は誕生日を祝う余裕も無く、何もしていなかった。去年と一昨年は両親の事故でそれどころでは無く、当然那津の誕生日だって祝っていない。
そもそも那津の誕生日はタイミングが悪かった。誕生日が、ではなく両親の死んだ日が、か。
そんな感じで遠慮していたところはあったけれど、こんな風に笑えるようになったのなら今年こそは那津の誕生日も、良樹君の誕生日も盛大に祝いたい。
「どう、驚いた?」
リビングへ入ると、テーブルの上には飾り付けられたケーキが1ホール置いてあった。ケーキの中央には“誕生日おめでとう姉さん”とガタガタの文字で書かれたチョコプレートが置いてある。よく見ると形の崩れたクリームが、ギリギリの所で形を保っているのも見受けられた。
「もしかして、手作り?」
「うん。那珂さんに手伝ってもらったけどね」
「良樹君は飲み込みが早くて助かったんだけどね」
「そういう事は黙っておいてくださいよ……!」
恥ずかしそうに抗議をする弟の姿に、何故かこみ上げるものがある。ここで泣くわけにはいかないため、我慢はするが嬉しすぎてこのケーキを食べてしまうのが勿体無いほどだ。
「雪那さん、これ食べ物?」
良樹君の言葉で、なんとか涙を引っ込めた。今度は白石さんと戯れている弟を横目に、私が持っていた袋の中を気にする彼に袋を広げてみせる。
「誕生日だからって貰ったの。温め直してみんなで食べよう」
「じゃあ俺がしとくから、雪那さんはお風呂にでも入ってきなよ。ケーキ作りに時間取られすぎて、ご飯炊けてないし」
「そうなの? じゃあお言葉に甘えようかなぁ」
言葉を聞くや否や、袋を持って台所へ向かう彼の背中に苦笑を漏らしつつ見送った。しかし、今日はお客様が来ているのを思い出す。
「あ、姉さんお風呂行く?」
「あー、うん。どうしようかなって」
チラリと白石さんへ目を向ければ、笑みを崩さずに「お気になさらず」と言ってくれたらため、遠慮なく行かせてもらう事にした。
◇ ◇ ◇
「あぁ、お腹いっぱい。皆々様、本日はありがとうございました」
持って帰ってきた惣菜と、那津達が作ってくれたケーキを食べ終えてソファーへ寄りかかる。那津と良樹君は片付けをしてくれていた。
あんなに沢山あった食べ物は綺麗に平らげられており、それは主に良樹君と白石さんのお陰だ。まさか良樹君並に食べる人が他にも存在するとは思わなかった。
「姉さん、これ」
那津は台所の方から大きな袋を持って来て、それをこちらへ差し出す。見たことあるスポーツ店の袋だが、何だろうと中を確認すると大きな箱と小さな箱が入っているようだ。
「僕達からも」
向かい側に座っていた白石さんは、バックの中からお洒落な紙袋を取り出した。その横で良樹君もリュックから、そこそこ大きい紙袋を取り出す。
それが何なのか分からないほど鈍感ではない。
「プレゼントなんて、良かったのに……ありがとう」
いくつになっても、誕生日を祝ってもらえるというのは嬉しいものだ。
受け取ったものを見渡しているとナノツちゃんが目に入り、そのまま彼女の横へと移動した。そして肩をトンと叩く。
『ありがとうね』
「あ、雪那さん? えっと、私も呼んで頂けて嬉しかったです」
「くっ、可愛い……!」
ナノツちゃんの幼さの残る笑顔に、握る手に力が入りそうになるのを我慢して悶える。
妹がいればこんな感じなのだろうか。弟も愛らしいが、可愛い女の子でしか得られない栄養もあるのだ。
「プレゼントは開けてもいいの?」
「俺のは1人で開けて」
「それは俺が許さない。見たい気になる」
良樹君は舌打ちをしたが、それ以上何も言わないので恐らく開封しても大丈夫なのだろう。いつも那津の我儘に付き合ってもらって申し訳ない限りだ。
良樹君が可哀想であるため、先に彼のプレゼントを開けることにした。
「フットマッサージャーと……コロンだ」
フットマッサージャーと書かれた豚の形をした可愛い機械と、小瓶の可愛らしいコロン。前に雑誌で見て気になってはいたが、普段から付けるわけではないし買うのを見送っていた物だ。
「意外すぎるんだけど」
「普通だろ」
絶句する那津の横で、そっぽを向く良樹君。
確かに普段の彼からは、こんな可愛い小物を買うイメージがない。だから驚くのも無理はないが、初めて誕プレを貰ったときから彼がくれる物はこんな感じだった。いつもは隠れて渡してくるから、那津は知らなかったなどろうけど。
「ありがとう良樹君。それじゃあ次は」
那津からはスニーカーと、私が好きなキャラの2頭身フィギュアだった。いつも貰っていた物より高価な気がする。
「高かったんじゃない?」
「誕生日なんだし、値段なんて気にしなくてもいいって」
「うん。ありがとう、嬉しいよ」
今使っているスニーカーは、母がくれた最後のプレゼントだった。大切に履いてきたけど流石に年季が入ってきていて買い替えどきだとは思っていたのだ。
白石さんからは可愛らしい花柄のハンカチ、ナノツちゃんからはアイスキャンデーの形をした石鹸を貰った。
「ありがとうございます、こんな可愛い物」
「黒岩さんっぽいなと思って選んだんです」
「そ、そうですか」
ピンクの花柄が私っぽいとは、この人に私がどういう風に映っているのか。今まで格好いいと言われることはあれど、こんな可愛い印象を持たれたことはない。
「この石鹸、肌に良いみたいなんです」
『早速、使うね』
白石さんから何かを聞いたのか、ナノツちゃんが遠慮がちに言った。初めて見るタイプのお洒落石鹸だ。流石は兄妹と言ったところか、選ぶ物のセンスが似ている気がする。
「そう言えばクロは?」
「父さんの部屋にいた気がするけど。連れて来ようか?」
帰ってきてから見ていない我が家の愛猫の姿を探すと、那津が立ち上がりリビングを出て行った。
ついつい忘れてしまうが、その大きすぎず小さすぎない絶妙な存在感の可愛いクロ様にはいつもお世話になっているのだ。主に仕事が疲れたときの癒やし要因だけど。
成長すると誕生日がただの平日になることもしばしば。
でも、年は重なっていきます。気づいたら結構な年を食ってるなんてことも。
1日1日を大事にしていきたいですね……
次回は7月27日の22時更新予定です。
よろしくお願いします。