47.発色③
久し振り踏み込んだそこは、思った以上に人で溢れかえっており、家族連れが多い。昼間ではあるが、どこもかしこも照明がチカチカと目に痛いほどだ。しかし、暖房が効いているお陰で過ごしやすいのは褒められる点だろう。
「何買うか決まってんのか?」
「取り敢えず、ホビーショップ行って何があるか見る感じかな」
鹿児島市内にある割と大き目なショッピングセンター。最近は来ていなかった為、大分久し振りだった。案の定、店の位置も変わっており、その上広くなっているようだ。
今日は一緒に良樹を連れてきた。嫌がるかとも思ったが、思ったよりすんなり了承してくれたのだ。彼はいつもより大きなリュックを背負い直し、腰に手を当てて天井を見上げた。
「ホビーショップなら2階だったっけ」
場所を思い出したのか、確かな足取りで先を進み始めた良樹を慌てて追いかける。
彼もここに来るのが久し振りだと思っていたのだが、この様子だと違うらしい。
「場所分かんの?」
「最近来たし」
「誰と」
「ばあちゃんと、福袋買いに」
納得した。そう言えば彼のお婆ちゃんは割とアクティブな方だった。お爺ちゃんも元気だが、負けじと元気な人なのだ。どれくらいかと言うと、家から結構遠い場所でもセールや、新規開店のお店があれば絶対に行く、というレベルだ。
昔はよく、良樹と一緒に車で連れて行ってもらって色んな物産展等を回ったっけ。
「今年は何買ったの?」
「俺の服とスポーツ用品と、コーヒーセットとか。まぁ色々」
「結構買ったな」
「朝イチで並んだしな」
それに付き合ったということは、初詣に行った日はほとんど寝ずに買い物に来ていたという事だろう。昼過ぎに連絡しても返事が来なかったわけである。
エスカレーターに乗り、店の端まで着いたところで楽器ショップが見えてくる。その奥にホビーショップと書かれたお店があった。
「ここか」
「俺ちょっとトイレ行ってくるから」
「分かった」
良樹がトイレに向かったのを見送り、店内を見回した。壁には色々な写真やアニメのパズルが掛けてあり、店内の棚にはカードやフィギュア、ボードゲーム等の様々なものが置いてある。
見覚えのあるアニメのグッズや、面白そうなゲームの数々に自然とテンションが上がっていくが今日は誕生日プレゼントを買いに来たのであって、自分が欲しいものを買いに来たのではないい。お金にも限りがあるのだから慎重に選ばねば。
――もっと貯金してれば良かった。
今さら後悔しても遅いが、今まで買ったゲーム達に罪はない。これからも大切にプレイさせてもらう。
「あ、これいい」
奥の方へ進むと、姉が好きなゲームのエリアにあった小さなフィギュアに目に入った。ゲームのグラフィックからデフォルメされた、可愛いらしい見た目のそれ。
「思ったより安いし、他にも何か買おうかな」
これは買う事を決め、取り敢えずレジへ向かう。そして他に何かいいものはないかと考えた。
そう言えば、白石さんがブランドものとか言っていた気がする。あまり高いものは買えないが、見て見るのもいいかもしれない。
「ありがとうございましたー」
店員さんから商品を受け取り、店外へ出る。トイレの標識は割と近くにありそうな感じだが、未だに帰ってこない友人は、一体どこまで行っているのか。
「すまん。終わった?」
良樹はエスカレーターの方から慌てた様子でやってきた。トイレはエスカレーターとは逆方向を指している気がするのだが、なぜ下の階から戻ってきたのか。
「なんかスポーツ関係のお店に行こうかなと思ったんだけど。どこ行ってたんだよ」
「トイレ」
「は、向こうじゃん」
「……迷子だよ」
思いっきり目を反らされた。嘘か本当は分からないが、言いたくないのなら別にいいだろう。本当に迷子だとしたら揶揄ってやりたいけど、怒られそうだしやめておく。
「取り敢えず、スポーツ関係ってどこ?」
「この上」
迷いなく答えるのだから、絶対迷子ではないと今確信した。
しかし、詳しく聞く間もなく良樹は上りのエスカレーターへと歩き出す。行きかう人の量が多いため、逸れないように急いで追いかけた。
「上って、奥がスポーツショップ」
「へぇ……あ、靴屋」
上に到着すると、服と靴屋があった。靴屋はスポーツ関係の物も置いているらしく、結構広めだ。
確か姉さんは、長いこと新しい靴を買っていなかったはずだ。仕事に行くときのパンプスも、スニーカーも手入れはしているのでボロボロとは言わないが、大分古い。
「そう言えば、雪那さんの靴も結構年季はいってるよな」
「俺も今思った。うん、靴買うか」
丁度セール中らしいが、値段はそこそこ結構大分高い。しかし、ここで出し渋る訳にはいかないのだ。
「結構値が張るな、足りるか?」
「大丈夫だけど、今日使い切ると今後がなぁ」
「貸してやってもいいけど」
余裕の表情で言ってのけたが、彼は俺と同じ高校生だ。そして部活に加入しているし、バイトもしていないはず。そんな人間からお金を借りるのは、渋られる。しかも姉の誕プレ。
「いいよ。流石に、お前も金そんなないだろ」
「あるけど」
「は?」
「俺、ケンケンの道場でたまに手伝いしてるし」
サラっと言われた事実に魂消る。
ちなみにケンケンとは賢一郎さんと言って、良樹の爺ちゃんだ。
「いいなぁ、バイト」
「駄目なんだっけ」
「高校生は勉強を頑張りなさいって言われた」
取り敢えず今あるお金で買えないこともないので、良樹の申し出は断って靴のお会計を済ませた。流石に2足は買えなかった為、今回はスニーカーだけだ。
「夏休み中なら、川内の爺ちゃん家で肉詰めのバイトがあるけど、やるか?」
「やるやる、やりたい!」
「雪那さんに許可取れたらな」
「もぎ取る」
姉さんへの買いものを買い終えて、喋りながら当てもなく店の中を歩く。どこもかしこも服屋ばかりだ。
次は白石さんへあげる物を買いたい所だが、写真関係となるとどういう店に行けばいいか。
「てか、腹減った」
「ごめん、あと1個買いたいものがあるんだけど」
「何?」
「白石さんの誕プレ」
一瞬だけ、嫌そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。恐らく今の良樹は空腹を満たす方が最優先なのだろう。俺とて空腹を感じてはいるが、ここまでの用事は済ませておきたい。ご飯を食べながら悩みたくはないのだ。
「何買うか決めてんの?」
こちらの気持ちを汲んでくれたようで、大きく溜息を吐きつつもご飯を諦めてくれたようだ。
「写真……?」
「何で疑問形」
「いや、いまいちピンときてなくて」
「てか、写真贈ったとして……見るのか?」
良樹が言いたいことはなんとなく理解した。彼の疑問に答えるのであれば、見れないだろう。それを言ったら、何を買えばいいのか本当に分からなくなるというものだ。そもそも写真と言ったのは白石さんだ。
「あれ、でもいつ貰ったんだろ」
「何が?」
「白石さん、貰って嬉しかったものが写真って言ってたんだけど、いつ貰ったやつかなって」
「まぁ、普通に考えれば最近だろうな。記憶ないし」
「だよね。でも、今の白石さんに写真あげる人っている?」
「……いるんじゃね?」
また適当な。
「あ、これ可愛いな」
たまたま通った店先で見つけたのはカメラだった。水色のパステルカラーが特徴的な大き目なカメラだ。値段を見て見ると1500円ほどで、買えないほど高くもない。その隣にはメッセージカードも置いてあり、それも手に取った。
「あぁ、なんか最近流行ってるやつだな。フィルムカメラだっけ」
「なんでお前が流行りとか知ってるんだよ」
「演劇部の舞台セットで、使ったんだよ。女子が盛り上がってたから」
どうやらこのカメラは写真を撮ったらその場で現像されるらしい。そんな画期的なカメラが手持ちのお金で足りるということは、最早運命としか言えない。
「これ買ってくる」
「分かった」
あんなに悩んでいたのが嘘のように、一瞬で終わった。しかし、これは良い買い物をした気分だ。
いつか白石さんと遠出が出来る様になったら、このカメラで色々写真を撮ってほしい。そして、彼女の見ている景色を見てみたい。きっと彼女の世界では、俺が知らない色をたくさん見ているはずだから。
もう何年も福袋を買いに行ってはいませんが、開店と同時にダッシュするあの壮絶な戦いは今でも忘れません。
次回は7月20日22時に更新予定です。
お姉さん視点のお話になります。
よろしくお願いします。