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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
寒空編
41/79

39.声色④

「もうこんな時間か」



 手のひらサイズのクレープを頬張りながら森田が言う。校舎の時計を確認すると文化祭終了まで30分を切っていた。



「そろそろ白石さんを送り届けないと」


「兄ちゃんが来てんだったっけ」


「そう」



 彼は残りのクレープを口に突っ込んで白石さんに近づいてきた。隣にいた中原さんも、クレープを食べながら彼の行動を見守る。なんとなく気配を感じたのか、白石さんも身構えた。



「えーっと、手を拝借(はいしゃく)して」



 そして彼は(おもむろ)に彼女の手を取る。その行動に思わず声を上げそうになったのを我慢し、そんな自分の謎行動に頭の上のハテナが止まらない。



「こちらこそ、ありがとうございました」



 何を言ったかは分からないが、笑顔でお礼を言う白石さんにモヤっとした。今日は森田がお礼を言われるような事をしていた覚えがないのだ。確かに色々回ってはくれたが、見えてない人を連れて回るような速度ではなかったと断言できる。



「じゃあ俺は先に教室戻るけど、中原はどうする?」


「私は、佐々木さんのところに行かないとだから」


「そっか。じゃあまた後でな」



 大きく手を振り去っていった嵐に、息をつく。



「俺は食堂だから」



 そう言って白石さんの手を取ると、中原さんは彼女の手を離す。それと同時に中原さんの後ろの方から那珂(なか)さんが歩いてくるのが見えた。その手にはホットドッグが握られており、もう片方の手にはリンゴジュースを持っていた。



「那珂さん、どうしてここに?」


「さすがに何時間も食堂は飽きちゃってね」



 そう言われれば、確かに4時間ほど経っているのだから無理もないと思う。彼のポケットにはスーパーボールのような球形の物が見え隠れしており、結構楽しんだ様子が見受けられた。



「丁度いま、食堂に行こうと思ってて」


「すれ違いにならなくてよかったよ。ところでそこの女の子は?」


「あ、私は中原由衣(なかはらゆい)です」



 大人スマイルを浮かべる那珂さんに、なんとなく社会人の外面を感じた。いつも基本的にはニコニコしている人だが、なんとなく目が笑っていない様に見えるのは気のせいか。



「君は、ナツくんと何か関係があったりする?」


「か、関係ですか?」



 やっぱり目が笑っていない気がする。困惑する中原さんに詰め寄る姿は、さすがに恐怖だろう。俺は急いで2人の間に入り込む。



「ただのクラスメイトです、那珂さん!」


「なんだ、それなら良かった。今日はうちの妹がお世話になりました」


「い、いえ」



 大人スマイルに戻った彼に、中原さんはタジタジだ。俺にも異様な疲労感が襲ってくる。一体何が聞きたかったのか不明だが、同級生を無意味に威嚇(いかく)しないでほしい。



「それじゃあナツくん、また連絡するね」


「あ、はい。じゃあえっと『またね』」


「黒岩君、今日はありがとう。中原さんも、また機会があればお話ししましょうね」



 白石さんの手を取り帰っていく那珂さんの後姿を見送り、なぜか張りつめていた緊張感が和らぐ。一仕事終わった安心感から、深く息を吐き出した。



「黒岩君、なんだか嫌そう」


「何が?」


「今の人から連絡来るの」



 サラっと痛いところを突かれたため、俺は誤魔化すように笑う。今まではそんなにズバズバ来なかった気がするが、今日は突っ込みたくなるほど分かりやすかっただろうか。



「そうかな」


「うん、そう見えた」


「中原さんに伝わるのに。那珂さんは()えて無視してるのかな」



 もしそうだとしたら本当にたちが悪い。あの人も恐らく必死なのだと俺でも分かる。あの日、俺に助けてほしいと言った時、泣きそうな顔をしていた那珂さん。俺が、それを拒否した時の彼の表情は見なかった。



「あの人たちに会うのが嫌なら、その、私に何かできないかな? 私にできる事があれだけど」


「……大丈夫、気づいてくれるだけで有り難いよ」


「これくらいは、全然」



 笑顔でお礼を言うと、中原さんも笑顔を浮かべて俺の前を歩き始める。その背中は今日見た中で一番楽し気に見えた。文化祭の終わりを知らせるチャイムが鳴る。



「でも、白石さんと話すのが嫌って訳じゃないからなぁ」



 小さく呟いた声は彼女に届いたかは分からないが、白石さんといる事が嫌と言うわけではないのは事実だ。嫌になれたら楽なのだろう。だからと言って、好きなわけではないけれど。


 門の前には帰っていく私服の人たちを見送る生徒と、俺たちが立っている。時計のように少しずつ傾き始めた陽が、一日の終わりを告げていた。



「……あの、もしだよ、もしもの話ね」


「うん」



 振り向かずに先を歩く彼女の陰が、長く伸びる。いつの間にかほとんどの人が居なくなった空間で、彼女が深く息を吸う気配が感じられた。



「誰か黒岩君のこと好きになったらどうする?」



 突拍子もない質問に戸惑ってしまったが、質問の意味を理解してすぐに冷静になる。誰かが俺の事を好きになったら……そんなことは考えたくもない事だった。俺はこれ以上大切にはできないのだ。無責任に大切なものを増やしたくはないから。






今回は少し短くなってしまいました。

一応陽キャ要因の森田氏ですが、正直言うと陽キャがどんなのか分かっていません。

というか陽キャの概念はきっと人それぞれだと思います。そうですよね?(圧)


次回は6月15日の22時に更新予定です。

よろしくお願いします。

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