39.声色④
「もうこんな時間か」
手のひらサイズのクレープを頬張りながら森田が言う。校舎の時計を確認すると文化祭終了まで30分を切っていた。
「そろそろ白石さんを送り届けないと」
「兄ちゃんが来てんだったっけ」
「そう」
彼は残りのクレープを口に突っ込んで白石さんに近づいてきた。隣にいた中原さんも、クレープを食べながら彼の行動を見守る。なんとなく気配を感じたのか、白石さんも身構えた。
「えーっと、手を拝借して」
そして彼は徐に彼女の手を取る。その行動に思わず声を上げそうになったのを我慢し、そんな自分の謎行動に頭の上のハテナが止まらない。
「こちらこそ、ありがとうございました」
何を言ったかは分からないが、笑顔でお礼を言う白石さんにモヤっとした。今日は森田がお礼を言われるような事をしていた覚えがないのだ。確かに色々回ってはくれたが、見えてない人を連れて回るような速度ではなかったと断言できる。
「じゃあ俺は先に教室戻るけど、中原はどうする?」
「私は、佐々木さんのところに行かないとだから」
「そっか。じゃあまた後でな」
大きく手を振り去っていった嵐に、息をつく。
「俺は食堂だから」
そう言って白石さんの手を取ると、中原さんは彼女の手を離す。それと同時に中原さんの後ろの方から那珂さんが歩いてくるのが見えた。その手にはホットドッグが握られており、もう片方の手にはリンゴジュースを持っていた。
「那珂さん、どうしてここに?」
「さすがに何時間も食堂は飽きちゃってね」
そう言われれば、確かに4時間ほど経っているのだから無理もないと思う。彼のポケットにはスーパーボールのような球形の物が見え隠れしており、結構楽しんだ様子が見受けられた。
「丁度いま、食堂に行こうと思ってて」
「すれ違いにならなくてよかったよ。ところでそこの女の子は?」
「あ、私は中原由衣です」
大人スマイルを浮かべる那珂さんに、なんとなく社会人の外面を感じた。いつも基本的にはニコニコしている人だが、なんとなく目が笑っていない様に見えるのは気のせいか。
「君は、ナツくんと何か関係があったりする?」
「か、関係ですか?」
やっぱり目が笑っていない気がする。困惑する中原さんに詰め寄る姿は、さすがに恐怖だろう。俺は急いで2人の間に入り込む。
「ただのクラスメイトです、那珂さん!」
「なんだ、それなら良かった。今日はうちの妹がお世話になりました」
「い、いえ」
大人スマイルに戻った彼に、中原さんはタジタジだ。俺にも異様な疲労感が襲ってくる。一体何が聞きたかったのか不明だが、同級生を無意味に威嚇しないでほしい。
「それじゃあナツくん、また連絡するね」
「あ、はい。じゃあえっと『またね』」
「黒岩君、今日はありがとう。中原さんも、また機会があればお話ししましょうね」
白石さんの手を取り帰っていく那珂さんの後姿を見送り、なぜか張りつめていた緊張感が和らぐ。一仕事終わった安心感から、深く息を吐き出した。
「黒岩君、なんだか嫌そう」
「何が?」
「今の人から連絡来るの」
サラっと痛いところを突かれたため、俺は誤魔化すように笑う。今まではそんなにズバズバ来なかった気がするが、今日は突っ込みたくなるほど分かりやすかっただろうか。
「そうかな」
「うん、そう見えた」
「中原さんに伝わるのに。那珂さんは敢えて無視してるのかな」
もしそうだとしたら本当にたちが悪い。あの人も恐らく必死なのだと俺でも分かる。あの日、俺に助けてほしいと言った時、泣きそうな顔をしていた那珂さん。俺が、それを拒否した時の彼の表情は見なかった。
「あの人たちに会うのが嫌なら、その、私に何かできないかな? 私にできる事があれだけど」
「……大丈夫、気づいてくれるだけで有り難いよ」
「これくらいは、全然」
笑顔でお礼を言うと、中原さんも笑顔を浮かべて俺の前を歩き始める。その背中は今日見た中で一番楽し気に見えた。文化祭の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「でも、白石さんと話すのが嫌って訳じゃないからなぁ」
小さく呟いた声は彼女に届いたかは分からないが、白石さんといる事が嫌と言うわけではないのは事実だ。嫌になれたら楽なのだろう。だからと言って、好きなわけではないけれど。
門の前には帰っていく私服の人たちを見送る生徒と、俺たちが立っている。時計のように少しずつ傾き始めた陽が、一日の終わりを告げていた。
「……あの、もしだよ、もしもの話ね」
「うん」
振り向かずに先を歩く彼女の陰が、長く伸びる。いつの間にかほとんどの人が居なくなった空間で、彼女が深く息を吸う気配が感じられた。
「誰か黒岩君のこと好きになったらどうする?」
突拍子もない質問に戸惑ってしまったが、質問の意味を理解してすぐに冷静になる。誰かが俺の事を好きになったら……そんなことは考えたくもない事だった。俺はこれ以上大切にはできないのだ。無責任に大切なものを増やしたくはないから。
今回は少し短くなってしまいました。
一応陽キャ要因の森田氏ですが、正直言うと陽キャがどんなのか分かっていません。
というか陽キャの概念はきっと人それぞれだと思います。そうですよね?(圧)
次回は6月15日の22時に更新予定です。
よろしくお願いします。




