37.声色②
「黒岩君はこの後、他の友達と別のところ回ったりとかしないの?」
買ってきた物を食べ終わりそうな頃に、白石さんが聞いてきた。急にそんな事を聞かれるとは思っていなくて驚いたが、心配そうにしている彼女は他の友達の存在が気になっていたようだ。
『×』
「私のせいで予定がなくなったとかだったら申し訳なくて」
多少安心はしたようだが、まだ気にしている様子。残念ながら俺には仲がいいと呼べる友人は1人しか存在しない上に、そいつも俺の事を放って部活に勤しんでいる状況だ。白石さんが居なければ姉さんと回るか、無理なら今日も寂しく1人だっただろう。
「これからどうしようか」
しかし逆に1人ではないと言うことは、彼女と今から何をするか考えないといけないという事だ。時間はまだお昼過ぎであり、会ってから1時間ほどしか経っていないのに那珂さんの元へ帰すわけにもいかない。病院であれば、いつもはこの位で帰るのだが、今日は文化祭で、文化祭は今から盛り上げるところだ。
『何、する?』
今の彼女にできる事は限られているが、校内を回りたいと言えば回れないことはないだろう。彼女が楽しめそうなものが何かは分からないが、手を引いて一緒に回るくらいは出来るはずだ。
「黒岩君がよければトランプしない?」
「トランプとか懐かしい」
どうすればいいか悶々と考えていると、白石さんがトランプを取り出した。よく見るような裏が赤い模様のシンプルなもので、懐かしさを感じる。小学生の頃はよくしていたが、途中からTVゲームばかりになって全然触っていなかった。
「もし回りたいところがあれば行ってきても大丈夫だからね」
そうは言っても、またさっきの集団に絡まれたら確実に攫われる気しかしない。その状態で俺だけここから離れる訳にはいかないだろう。しかし、そろそろ場所の移動も検討した方がいいのかもしれない。
『何するの?』
「取り敢えず神経衰弱?」
果たして白石さんは不利ではないのかと思いながらも、彼女の提案を受け入れて暫く神経衰弱を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「不利ではと思ったあの頃が懐かしい」
割といい勝負をしていたのはココだけの話だ。どうやって記憶しているか分からないが、今のところ6戦引き分けで7戦目が俺の勝利で終わったところだった。神経衰弱でここまで盛り上げるとは思っていなくて驚きだが、流石にこれだけすれば満足である。
『別の』
そこまで書いて手を止める。遠くの方で先ほど聞いた男集団の声が聞こえた気がした。空耳かもしれないが、誤って出会ってしまうより、ここを立ち去る方が無難のはずだ。
「もしかして、飽きたかな?それなら、わっ」
「ごめん走る」
聞こえていないだろうけれど、荷物をすべて持ち、彼女の手を引き上げて駆け出した。ゆっくりと走る中、何が起こっているか聞きたいはずの彼女は何も言わずに着いてきてくれている。既に息を切らしているため、長くは走れないだろう。
少し走って校舎の柱に隠れる。辺りに耳をすましても、人の声は聞こえないため胸を撫でおろして荷物を地面に置く。
「っだ、大丈夫?」
白石さんは息苦しそうにこちらの心配をしてくれた。今日はなんだか心配ばかりされているような気がするが、心配するべきは俺ではなく自分自身だという事に気づいているのだろうか。
『走って、ごめん』
「それは全然大丈夫だよ」
嘘をつけと言いたくなるほど息切れをしている姿を見て、申し訳ないと思いながら少し笑ってしまった。繋いだ手はお互い汗が滲んでくる。思っていたより彼女は体力がなかったらしい。
「あの」
「うわぁ!」
突然背後から声をかけられて思わず声を上げて、勢いいでギュンっと振り向けば中原さんの姿があった。彼女は俺の声に驚いたのか、目を大きく見開き数回瞬きを繰り返す。
「あ、ごめんね。急に声かけちゃって」
「俺もごめん、大きい声出して」
先ほどの男たちではない事に安心して、そのまま壁に寄りかかる。中原さんが持っている看板のせいで、さっきの集団の体格の大きい人たちが追いかけてきたのかと思って余計に警戒をしてしまった。
「急いでるみたいだったけど、どうかした?」
「いやちょっとね。中原さんもこんな所でどうしたの?」
「私は、迷路の宣伝係中なんだ。それより、その」
彼女は今日がクラスの当番だったようだ。しかしこんな人のいない所で宣伝しても意味はないような気はするのは気のせいだろうか。
密かに首を傾げていると、中原さんはチラチラと白石さんの方へ視線を向けていた。
「あぁ。この人は白石那津さんって言って……友達だよ」
「友、達?」
俺が友達と言えば、何故か疑いの眼差しを向けられる。そして彼女のその視線の先を追いかければ、繋いだままの手があった。思わず手を離しそうになったが、急に手を離せば彼女は不安になる恐れがあると思い至って我慢する。
「えっとこれは違くて。白石さんは目が見えないからで」
「目が見えてないの?」
想像していなかった回答に驚いた表情を見せる中原さん。確かにパッと見は普通の人にしか見えないため、驚くのも無理はないだろう。
しかしここで気づく。誤解を解くためとはいえ軽々しく彼女の事情を他の人に伝えても良かったのか。
「ちょっと、待ってね」
今さらな気がするが、白石さんに断りを入れておかねばならないだろう。何か聞きたげな中原さんを制止させ、白石さんの手のひらに指を当てて文字を書いていく。
『クラスメイト、Sのこと、言っていい?』
俺の言葉で状況を理解しようとしているのか、白石さんは目を瞑りしっかり聞いてくれているのが分かった。そして、正確に理解できたか分からないが優しい笑顔を浮かべる。
「大丈夫だよ、聞いてくれてありがとう」
『ありがとう』
駄目だと言われても若干手遅れだったため、許可が出て安心した。
「取り敢えず白石さんは目と耳が良くなくて、会話するにも今みたいに手に書かなきゃ伝わらない感じで」
「そうなんだ、大変だね」
中原さんの同情するような言葉がなんとなく嫌だと感じた。確かに最初、億劫に感じる瞬間はあったが、白石さんが一番それを感じているだろうし、だからこそ何度も言わせないように1回で俺の言っていることを理解しようと努力してくれている。そんな姿が――
「黒岩君、大丈夫?」
「ごめん大丈夫。それで、今からどこか回れないかなって思ってて」
「でも手を繋いで行ったらクラスの人に誤解、されない?」
未だに繋いでる手が気になるようで、中原さんは気まずそうに目を反らした。俺は誤解されて困る友達もいないため、気にはしない。それで絡んでくるやつもいないだろうし。
「あぁそうだ。森田あたりに揶揄われそうだな」
それは心底面倒くさいなと思った。こちらが絡もうとしていないのに、それを気に留めず絡んでくる森田の姿勢には完敗である。
「それなら、その。私も一緒に回ろうか?」
「でも、今当番中じゃ」
「これはもう終わりだから、黒岩君さえ良ければなんだけど」
誤解されるのを、必死にフォローしようとしてくれる様子の彼女の気遣いに驚くばかりだ。彼女は誰に対してもこんな感じだから、正直すごいなと思う。
「うん、そうしてくれると有り難いかも」
中原さんの強張っていた表情が和らぎ、いつもの笑みを零す。
「じゃあ、」
中原さんと声が重なり、目が合う。俺が、まず看板を片付けに教室に戻るところからだろうと思い白石さんの手を引こうとしたところ、彼女も白石さんの手を引こうとしてくれたようだった。
「あ、ごめんね。私が引くのかと思って」
中原さんは、恥ずかしそうに目を反らす。言われてみれば確かに、揶揄われないよう3人で回ることになったのに俺が手を繋いでいては意味がない。
「そうだよね、そうじゃなきゃおかしいよね」
俺も焦って白石さんから手を離すが、急に引く人間が変われば戸惑うだろうと思い直して、事情説明をするために再度手を取る。
『クラスメイト、Sの手、引く』
「分かった。名前を伺ってもいいですか?」
「中原さん、書いてみて。難しい漢字なんかは使わないようにして、ゆっくり書けば伝わると思う」
握っていた手を離し、中原さんが代わりに白石さんの手を取る。彼女が那珂さんと話している姿をあまりないから、 自分以外の人が彼女と会話をする姿を見るのは良樹以来だろうか。
「じゃあ『中原由衣です』っと」
「中原由衣さんですね、お数おかけします」
慣れない様子で手のひらに文字を書く中原さんに、優しく微笑みかける白石さん。どことなく雰囲気の似ている2人は、互いに会釈をし合う。すぐに仲良くなれそうな雰囲気になんとなく微妙な気持ちになった。
「そろそろ行く?」
「最初にクラスに戻ってもいい? 看板返してこないと」
「それじゃあ、看板は俺が持つよ」
「ありがとう!」
中原さんの言葉に頷き、壁に立てかけてあった〈The迷路〉と書かれた腰高の看板を手に取った。中原さんはそのまま白石さんの手を取り、ぎこちないながらも気にかけながら歩き出す。
なんだか不慣れすぎて壁にぶつかりそうな雰囲気があるため、俺が周りを見て歩いた方がよさそうだ。
手を繋いでる、という認識は人によって多分違いますよね。
中学生の頃は運動会のフォークダンスで男の子と手を繋ぐ事にドキドキてしたのに、今では上手に踊れるかどうか(記憶力と体力的問題)でドキドキしてしまいそうです。
次回の更新は6月8日になります。
少し時間は空きますが、よろしくお願いします。




