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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
寒空編
37/79

35.変色④

 今日の天気は予想通りの晴れ。夏の青空と比べて水色の空は優しく澄んでいる。


 一般開放された校内の盛り上がりは、留まることを知らずにヒートアップし続けていた。生徒同士で回る姿もあれば、私服の人たちも見える。みんなが待ち望んだ文化祭2日目が始まっていた。



「やぁ、こんにちは」



 目の前には人当たりの良さそうな、にこやかな笑顔を浮かべた那珂(なか)さんがいた。彼の恰好はジーンズに白いシャツ、上にロングカーディガンを羽織った完璧なスタイルだ。その爽やかそうな姿から、通りゆく人々が一様(いちよう)に振り向いているような気もしてくる。



「こんにちは」



 ここだけ聞けば何も問題がないように聞こえるが、俺はこう思う。晴れやかな雰囲気に似つかわしくない空気が漂っている、と。その笑顔が怖いのだと。


 あまりの気まずさに目を合わせられずにいると、後ろで那珂さんの服の裾を掴んで待っていた白石さんの肩を彼が叩いた。



「こんにちは。黒岩、君?」



 浮かべられた笑顔はなんだか見慣れないものて、もしかしてまだどこか痛いのだろうかと彼女をよく観察してみたが、大きな怪我はなさそうだ。


 今日の彼女はベージュのニットにジーンズを穿いており、靴は(かかと)のないパンプスだった。ズボンスタイルは珍しいかもしれない。



「どうぞ」



 やはり笑顔を崩さない彼は、後ろにいた白石さんを差し出してきた。仕方がないので今までと同じように手を取ると驚いたのか、彼女の肩がビクリと揺れる。


 始めのころはよく驚いていたが、最近ではこんな風に反応されることも無かった。彼女も久し振りで驚いたのかもしれない。



『〇』



 黒岩ですよーという気持ちを込めて丸を描く。しかし、後ろに控えている那珂さんの視線が痛いので、できればすぐここを離れたい気持ちだ。



「お久し振りですね」



 今まさに困惑、と顔に描いてあるだろう。なぜなら敬語で話しかけられることなんて数か月ぶりだなの。確かに会う回数は多くはなかったが、最近は彼女の口から敬語が出ることも無かったと思う。

 困惑が続けて追いかけてきたため、俺は助けを求めるべく那珂さんへと視線を移した。



「白石さんって、頭打って記憶喪失になったりしてませんよね?」


「これ以上無くなる記憶って一般常識のことかな」



 終始笑顔のはずなのに目が笑っていない様に感じるのは俺だけだろうか。めっちゃ怒っている気がする。思わず、小声で「ナンデモアリマセン」と言って目を反らした。



「ちなみに今からの予定は決まってる?」


「とりあえず静かな場所で一緒にご飯でも食べようかなって」



 特に決めていないが、白石さんを連れて歩き回ることはできないし昨日リサーチした場所に行くしかないだろう。食べたいものは来てから聞こうと思ってたから、彼女を置いてから買出しに行く予定だ。



「じゃあ僕は食堂で待ってようかな」


「場所は分かりますか?」


「大丈夫大丈夫、よく来てたから」



 背を向けて手を振り去っていく那珂さん。よく来ていたという事はここの卒業生だったりするのだろうか。


 白石さんに向き直り、人の多さに彼女が迷子になってしまっては困ると思い、彼女の手を取った。



『移動』



 それだけ伝えて、服の袖を()まむ。これで(はぐ)れることもないだろう。



「すみません、ご迷惑をおかけします」


「めっちゃ他人行儀。怖い、なにこれドッキリ?」



 ゴリ押しのような敬語ラッシュに、さすがに辺りを見渡して那珂さんの姿を探してしまった。どこかに隠れて見張っているのではないかと思ったのだ。


 今に陰から出てきて「タッタラー、ドッキリです」とか言い出すのではないだろうか。だから道案内はいらないと言ったのかもしれない。



「出て、こない?」



 しかし、いくら辺りを警戒しても見当たらない。この、人の中で1人の人物を探し出すのは至難の業である。出てくる気配もなさそうだったため、諦めて目的の場所へと向かうことにした。


 彼女の手を引き歩き出すと、何も言わずに着いてくる。正確には誘導される感じだけど。この光景を姉さんに見られなくて良かったと心底思う。


 姉には昨日の夜に、今日は白石さんがいるという説明をした。その際、自分も仕事の都合で長くはいられないため良樹の演劇だけを見て帰ると言っていたのだ。


 ちなみに昨日知った事実だが、良樹は役者ではなくスタッフだったらしい。てっきり出てくると思っていた俺は1時間もの間、いつ出てくるのかとワクワクしながら待っていた。そして最後まで出てこなかった時の俺の気持ちは優に想像しやすいだろう。



「確かこっちって言ってたよな」



 少し道を外れると一般の人は立ち入り禁止と描かれた看板が目に入った。昨日まではなかったはずだが、もしかすると他のところも同じようになっているのだろうか。人気(ひとけ)が無い場所となると、ほとんどが立ち入り禁止になっているような気がする。



「行ける場所がなくなった」



 悩んだ挙句、関係者がいればいいだろうと結論付ける。先へ進むと、ちらほらと生徒たちの姿は見かけるが本当に一般人がいなかった。


 怒られたらどうしようと不安になりながら旧校舎へ進むと道路側に面した壁のある所まで出る。車が(そば)を横切る音を聞きながら、更に真っすぐ進んでいくと気に囲まれた場所に到着した。



「こんなところあったんだ」



 腰の高さ程度の壁一枚とフェンスに(へだ)たれているだけに、校外の音は聞こえるものの、盛り上げっている生徒たちの声は遠くに聞こえた。



『座る』



 ここでいいだろうと白石さんにも座るように促して、コンクリートに腰を下ろす。軽く手を引いて彼女が転ばないよう、少し段差のあるコンクリートの上へと誘導して無事座らせることに成功する。



「ありがとうございます」



 未だに敬語のまま、笑顔でお礼を言ってくれた。なんとも言い表せない違和感にムズムズとしてしまう。今日、ずっとこのままだったら耐えられないかもしれない。



『敬語』



 ドッキリであればドッキリと言ってほしい、といことで素直に気になることを聞いてみることにした。那珂さんの嫌がらせであって、彼女本人がそんな嫌がらせをするはずがないため正直に答えてくれるだろう。


 彼女は本当に一瞬だけ黙ったが、すぐに困ったように笑顔を浮かべた。



「ごめんなさい、久し振りで緊張しちゃって」



 申し訳なさそうに謝る姿を見て、結構人見知りな面もあるのだと驚く。そりゃあ長い付き合いになってきたと言っても、あっちからすれば顔も知らない男子高校生なのだから仕方がないのかもしれない。



『怪我』


「心配かけてごめんね、全然大丈夫だったよ」



 涼し気な風が、静かに音を立てながら木の葉を揺らす。向けられる優し気な笑顔は、1ヵ月振りの白石さんだった。すでに懐かしく感じる穏やかな、この時間。


 夏休みが明けて、授業も新しい分野に入り、席替えやテストなんかもあった。忙しなく進んでいる時間を感じながら、立ち止まる時間も欲しいと思ったときに、気が付けば時々彼女のことを思い出していた気がする。


 静かに過ぎる時間を感じていると、不意にお腹が鳴る。



「そうだ、出店いかないと」



 携帯で時間を確認すると、12時も近づいていた。本格的に込む前に買出しにいかなければ、白石さんを待たせることになってしまうだろう。空を見上げる彼女の、投げ出されている手を取る。



『何、食べる?』


「黒岩君に合わせるよ」



 悩む素振りも見せずに答える姿に、一瞬思考が停止する。前回のお祭りでは少し悩みつつも食べたいものを言っていた気がしたが、今回は即答だ。特に食べたいものがないのだろうか。それはそれで悩ましいわけだけど。



『きらいなもの』


「食べられないものはないから大丈夫だよ。買いに行かせる形になって、ごめんね」


「そっか。じゃあとりあえず定番のものでも買ってこようかな」



 嫌いな食べ物がないなんて、すごい人だと思う。俺はトマトと数の子が嫌いだけど。まぁ、高校の出店で食べられないものはほとんど出ないだろうし、大丈夫だろう。



「あ、これ」



 彼女の手を離して、立ち上がれば財布を手渡される。これはあの夏祭りの日にも見た財布だ。



「この間も同じことあったな」



 渋々受け取り、中身を確認する。俺自身バイトもまだ出来ていないし、姉のお金を使っているのだから決して進んで奢りたいわけではない。だが、あまりの大金を持ち歩く度胸はまだないのだ。



「よかった、前と同じくらいだ」



 何枚か見える千円札に胸を撫でおろす。大学生はお金持ちのイメージがあるから毎回大金が入っているのではないかと思うのだが、彼女は大丈夫な人のようだ。



『行くね』


「お願いします」



 白石さんに手を振られ、見送られながら来た道とは逆の方へ歩き出す。外側の景色に見覚えがあり、恐らくここを真っすぐ進めば正門に出ると思ったのだ。こちらの方が近いだろう。



「そういえば、今日は聞かれてないな」



 ふと立ち止まり空を見上げる。何か物足りない、そう思った。その違和感をずっと考えていたが、今分かった。今日はまだ、空の色を聞かれていないのだ。会うたびに「今日は何色ですか?」と楽しそうにそう聞いて、俺の答えに何時も満足そうに空を見上げていた。


 それを聞かなくなる、なんて事あるだろうか。もしかすると、久し振りで忘れているのかもしれない。そこまで大した質問でもなかった可能性もある。でも少し寂しさを感じるのは何故なのか。


 首を横に振り考えるのをやめる。今はそれよりも急いで買い物をしなければならないのだ。



「ここに繋がってたのか」



 しばらく真っすぐ歩いて出たところは思っていた通り正門だった。まさかこの木の横を抜けた先に先ほどの場所があったとは知らなかった。しかし、いくら狭い道だからと言ってここには立ち入り禁止の札がないみたいだけれど、いいのか。



「うわー」



 正門の前を通ると、大学生と思われる数人の男集団がたむろしているのが見えた。ガラの悪そうな集団に、他の生徒や一般の人たちも避ける様にして通り過ぎる。


 あぁいうのには関わりたくないなと思いながら、視線を合わせないよう急ぎ足で出店の方へと向かった。


次回は5月29日22時頃の更新です。

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