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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
病院編
20/79

19.褐色

 軽快な電子音と共にガラスで出来たドアを押して開けば、冷たい空気が店内から流れ込んでくる。ぐるりと見渡して、入り口付近にあるレジでは女性店員が真面目な顔でレジを見ており、俺たちに気づいていないようだ。


 中原さんは困ったように佐々木さんの方を見る。彼女はそのまま「すみません」店員へと声をかけた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


「4人です」


 前に立っていた佐々木さんが応えれば、店員は開いているテーブル席へと案内してくれる。店内は夕方と言うだけあって、高校生の姿がチラホラ見えた。しかしその制服は様々で、近隣の高校生がこぞってここのファミレスに集まっているのだろう。なにせこの付近にある唯一のファミレスなのだ、仕方がない。


「では、改めまして」


 テーブルに腰を落ち着かせ、横に立てかけてあったメニューを手元に置いたところで佐々木さんは眼鏡をくいっと上げて立ち上がった。それに続くように中原さんはクラッカーを取り出す。そして、その行動に俺と良樹はギョッとする。


「黒岩くん、再試合格おめでとう!」


 確かに今日は再試の結果発表日で、彼女たちは慰労とお祝いを兼ねてファミレスに行こうと提案してくれた。しかしクラッカーについては何も聞いていない。


 佐々木さんの合図で中原さんがクラッカーの紐を引く動作をしたため、思わず耳を塞いだ。


「パンパーン」


 想像していた音が鳴ることはなく、中原さんは紐を引かずに口でセルフクラッカーをした。佐々木さんは面白そうに笑っている。そして横にいた良樹は不服そうに大きな溜息を吐いた。俺もそれにつられるようにして、大きく息を吐いたのだった。




◇  ◇  ◇




「それにしてもビックリしたよなぁ」


 ドリンクコーナーで楽しそうにしている彼女たちを横目に、俺はテーブルに頬杖をつく。横に座っている良樹が手元のティーカップに入った梅昆布茶を1口飲み、俺も続くようにメロンソーダをストローで吸い込んだ。


「好きだよなぁ、それ」


「美味いだろ、梅昆布茶」


「いやまぁ、美味しいけどさ」


 俺が言いたいのは、どちらかと言うとコーヒーが似合いそうな見た目をしているのにも関わらず、絶妙に似合わない梅昆布茶を飲んでいる事に少し面白さを感じるということだ。しかし同時に、そんなこと関係ないという確固たる意志も彼から感じる。


 良樹は昔から婆ちゃんの梅昆布茶が好きで、彼の家に行くといつも梅昆布茶が出てきたのを覚えている。


「そういや、最近白石さんの話聞かないけど」


 彼の顔を見ずに、グラスの中の氷をストローでグルグルとかき混ぜる。入れすぎた氷がグラスの中でぶつかり合い、水滴が外へ跳ねた。


「最近会ってないんだよね」


「なんでだよ」


「この間、再試が終わった後にお見舞いに行ったら退院してたんだよねぇ」


 あの雨の日、彼女の母親と出会って以降しばらくは病院へ足を向けることはなかった。しかし突然行かなくなったのでは彼女に悪いと思い、一度試験が終わったとに会いに行ったのだ。それも退院していると看護師から聞かされて無駄足になったわけだけど。


「白石さんから連絡とかは?」


「そう言えばないなー、せっかく出来た友達だったのに酷い話だよね」


 話を終え、グラス半分に残っていたジュースを飲み干す。ズズズという汚い音が耳に届き、俺は立ち上がった。


「そんな事より飲み物おかわりしたい」


「お前さ」


「何々? なんの話?」


 タイミングよく選び終えた2人が帰ってくる。その両手にはグラスとカップが1つずつ握られており、2人で計4つ飲み物をもっていた。何を選んだかは分からないが、温かいものと冷たいものを一度に全部持ってきたことだけは分かる。


「俺もおかわりしてくるね」


 少し歩いたところにあるドリンクバーには炭酸やお茶等様々な飲み物が揃っていた。一番右の方にはスープバーもあるが、あれは別料金であるため飲めない。


 暖かいものだとコーヒーや梅昆布茶、お茶のティーバックが揃っているが、なんだか俺も梅昆布茶飲みたくなってきたな。


 外を見ればそこそこ強い日差しが窓から差し込まれていた。


「7月にもなるともう暑いしな」


 窓から視線を逸らし、先ほどと同じメロンソーダを注ぎに行く。悩んでも結局同じものに落ち着いてしまうのだから悩むだけ無駄だというのに、なぜか一度他のやつも選んでしまいたくなる瞬間があるのだ。


「ねぇねぇ黒岩くん」


 メロンソーダの入ったグラスを2つ持ってテーブルに戻ると、佐々木さんがキラキラした目で俺の方を見てくる。それに一瞬たじろぎつつも良樹の横に腰を下ろす。


「黒岩くんは部活には入らないの?」


 佐々木さんの言葉に中原さんが続ける。どうやら3人は俺のいなかった数分の間で部活動の話になっていたようだ。俺は腕を組み、唸る。


「今更入ってもなぁって」


「確かに途中からじゃ入りづらいよね」


 俺の言葉に同意してくれた中原さんとは対照的に、佐々木さんは未だに期待に満ち溢れた目でこちらを見ていた。そんな彼女に中原さんは苦笑している。俺は一体何を求められているのだろうか。


「演劇部、入らない?」


 ジッとこちらを見てくる瞳は白石さんとは違う。当たり前の事なのだが、佐々木さんとはしっかり目が合っている感じがするのだ。そんなことを考えていたからか、彼女の言葉に反応が遅れる。


「え?」


「どこも入ってないなら演劇部においでよ! 絶賛部員募集中、ゆるっとしてるから入りやすいと思うんだよね。私も最近入ったし、どうかな!」


 まくし立てるように前のめりになる佐々木さんを中原さんは落ち着けようと肩を抑えた。俺は助けを求めるように右を向くが、一瞬にして逸らされる。湧き上がる怒りも一瞬で、ふとあることを思い出した。


「あれ、良樹も演劇部じゃなかったっけ?」


「まぁ」


「だよだよ! ますます入りやすいね!」


 良樹の言葉に食い気味に言う佐々木さんは、相当俺に入部してほしいことが伺える。人員不足なのか分からないが、彼からそう言った話は一切聞いていない。それに関しては、人員を増やすことに彼自身興味がない可能性の方が大きいけれど。


 しかし現段階で俺は部活に入る気がない。正直入りたくはないのだ。


「申し訳ないんだけど、俺部活に入る気ないんだよね」


「なんだって」


「ほらさっちゃん、だから言ったでしょ?」


 明らかに落ち込む姿に申し訳なくなるが、これ以上勧誘してくる気もなさそうなので安心する。昔から特に部活をしていたわけでもないし、本当に今更なのだ。それは良樹にも言えたことなのだが、彼は俺の予想を裏切り知らない間に演劇部に入っていたわけだが。


「でも、いつでも気が変わったら来てくれてもいいから」


 まさか佐々木さんまで演劇部だとは思わなかった。彼女は委員長もやってて部活も入ってて、さらには弟の迎えまでこなしてしまうのだから凄い人である。まるで自身の姉を見ているようだ。


「忙しいのに俺の部活のことまで気にしてもらって、ごめんね。ただのクラスメイトなのに」


「気にしないで、せっかくなら部活入った方が楽しいかなっておもっただけだけだから」


「私も帰宅部だから、黒岩くん仲間だねー」


 佐々木さんは眼鏡をクイッと上げて笑みを浮かべた。そして、料理が丁度きたためそれぞれ場所を開ける。中原さんは冷やし鶏天うどん、佐々木さんはドリア、良樹が限定のハンバーグ定食で、俺は豚丼定食だ。店員が伝票を置いて去っていくのを見送って、食べ始めようと箸を取り出した。


「あ、それに! 黒岩くんは知らないようだけど、友達っていつの間にかなってるんだよ」


 取り出した箸を止めて固まる。それは俺だけではなかったようで、中原さんも良樹も微動だにせずに佐々木さんを見ていた。その現状を想像していなかったのか、当たり前のように食べ始めようとしていた手を止めて当人は狼狽える。


「あれ? 滑った? あの、つまり私たちは友達だからっていう……」


「あ、いや、あはは! ありがとう!」


 しどろもどろになりながらも、説明をしてくれる彼女に俺はお礼を言った。佐々木さんは本当に優しい人なのだろう、それがよく伝わってきた。そんな彼女に爆弾を投下したのはやはり良樹だった。


「真顔でそんなこと言うやつ久し振りに見たな」


「駄目かな!?」


 こいつはこういう人を小馬鹿にするような事を平気で言ってフォローなんてしない。俺みたいに気にしないで流せる人間ならまだしも、女子にもその態度はさすがに良くないのではないかと思う。


 俺はこれから凍る空気を予想しつつ、頭を抱えた。


「……いや、俺はそういうやつの方が好きだよ」


 良樹の方を見れば、なぜか目が合った。その一瞬だけ笑みを浮かべたのは気のせいではないだろう。なぜなら佐々木さんの顔が真っ赤になったからだ。


「へ!?あ、ああありがとう」


「さっちゃん、吃りすぎだよ」


 罪な男だと、しみじみ思う。顔がいい上に普段笑わないやつがそんな風に笑ったら誰でも動揺するだろう。彼女たちはどうだか分からないが、きっと女子はみんな好きになる。そんな事実に腹は立つが、白石さんは良樹の顔は見れないし、すぐ彼を好きになることはないから大丈夫だろう。


 なんで、ここで白石さんを引き合いに出してしまったのか。どうせもう会うことができないというのに。俺たちの繋がりなんてそんなものだったのだから。


 騒がしい店内で携帯電話に目を落とし、一度だけ送られてきたメールの履歴を見つめた。




◇  ◇  ◇




 1時間ほど駄弁ってから俺たちは解散した。彼女たちとは方向が違ったため店前での解散となり、途中まで良樹と帰ったがすぐ別れた。1人で歩く帰り道は、やはりまだ慣れない。つい最近まで良樹と一緒に自宅まで歩いていたから変な感じである。


「那津、おかえり!」


「ただいま」


 家に着くと、外に出て洗濯物を干している姉の姿があった。仕事から帰ってきてすぐ洗濯機を回したようだが、夏の夜干しは虫が湧くから良くないとあれほど言ったのに言う事を聞かない姉である。忙しい身だから仕方がないのも分かってはいるが。


 玄関を開けて中に入ると姉の携帯の着信音が微かに聞こえてきた。またあの姉は携帯を携帯せずに置いているのかと呆れつつ、再度玄関ドアを開ける。


「姉さーん、電話きてるみたいだけど」


「嘘!? 待って待って」


 姉は慌ててベランダから室内へと戻っていった。しかしこんな時間に誰からの電話なのだろうか。仕事の電話でなければ、他に思い当たる電話相手はいないわけだが、まさかあの姉に男からの電話はないだろう。


 姉に男からのでんわはないと高をくくりつつ、俺は靴を脱いでリビングに向かう。


「もしもし黒岩です……白石さん、お久しぶりです」


 リビングの戸の前で聞き覚えのある名前を姉が口にした。よくある苗字だし、違う人かもしれない。しかしドキドキと心臓が自然と速足になっている気がした。思わず戸に耳を近づけて聞き耳を立ててしまう。もしかしたら本当に違う白石かもしれないし、仕事の話とかなら絶対違う人のはずだ。


「今からですか? ちょっと待ってくださいね……大丈夫ですよ。はい。あおいカフェですか? はい分かりますよ」


 ――仕事でカフェの話は出ないよね!


 思わず出そうになった叫びを必死に抑えて戸から耳を離した。音の様子からして姉は通話を切り、慌てた様子で部屋を歩き回っているようだった。

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