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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
病院編
19/79

18.

 桜の季節が過ぎ、雨が降り終えた頃にやっと待っていた季節がやってくる。俺たち学生にとっては1年で一番待ち望まれている季節だと言っても過言ではないだろう。


「夏休みだ!!」


「まだだよ馬鹿」


 給食を食べ終え、校庭にはサッカーをしている男子生徒や部活動に励む生徒たちで賑わっている。それを教室の窓から見下ろしながら俺と良樹は喋っていた。


「だって中学になって初めての夏だぜ」


「去年は“小学最後の夏だぜ”とか言ってただろ」


 先ほど給食を食べ終えたばかりだと言うのに、腹減ったと言っている彼の胃袋は可笑しい。しかしそんなことはどうでも良くて、俺は今からくる夏休みが楽しみで仕方がないのだ。今年は何して遊ぼうか、去年と同様家族旅行はあるだろうか、なんて考えてしまう。


「今年も遊ぶぞー」


「もう、俺に喧嘩売ってくるのはやめろよ」


「俺学んだんだ、勝てない喧嘩はしない」


「お前、喧嘩勝ったこと一度もないじゃん」


 鼻で笑うこいつを殴ってやりたいと幾度と思ったことか。しかし俺は無暗な争いはしない主義なのだ、俺の拳が唸るのは弱いものが助けを求めているその時のみ。


「黒岩くーん、ちょっと手伝ってほしいんだけどー」


「何ー?」


 教室の外から同じクラスの田辺が声をかけてきた。俺は良樹を置いて立ち上がり、教室の入り口まで急いでやってくる。


 ちなみに彼女とは特段親しいわけではなく、俺は基本的にクラスの全員と仲良くしている。だから女子にもこうしてよく手伝いを頼まれるわけだ。


「また喧嘩しててさぁ」


「またか」


 そしてそれは主に喧嘩の仲裁だったりする。


「良樹、俺ちょっと行ってくる」


「お前が行かなくてもいいだろ、喧嘩弱いんだし」


 教室内で頬杖をついている彼に声をかけると、面倒くさそうに立ち上がった。きっとついて来るのだろう。確かに彼の言う通り俺の喧嘩スキルは高くない。比べて良樹は空手をしているため強いのだが本人はあまり喧嘩を好むタイプではなく、売られた喧嘩のみ買っているらしい。本当の所は知らないけれど、ただ悪いやつではないという事だけ俺は知っている。


「うるせぇい!てかお前行かない方が……まぁいっか」


 なるようになるかと、田辺(たなべ)について歩き出す。すると向かい側から、俯いて歩いてくる男子生徒が目に入った。その表情は長い髪で隠れており、分からない。


「あ、佐竹(さたけ)どこ行ってたんだよ。給食終わってすぐいなくなるから心配したわ」


「その、ちょっとトイレに行ってて」


 声をかけられると思っていなかったのか、怯えたように声が小さくなっていく。最後辺りはよく聞き取れなかった。彼はなぜこんなにも委縮(いしゅく)しているのか転校してきて1ヶ月ほど経つが未だに分からない。


「今から喧嘩仲裁に行くけど、佐竹も来る?」


「いや僕は……ごめんなさい」


 彼は足早にその場を去って行った。いつもこうやって逃げられてしまうため、そろそろ何か案を考えねばならないだろう。なぜそんなことをするか?それは、こういう弱いやつを助けていくことが俺の正義というものだからだ。


「キビ団子は配っていかないとな」


「黒岩くん、早く早く」


 促され、去っていく彼に背を向けた。




 校舎裏に行くと、男子生徒が顔の(いか)つくガタイも良い男に胸倉をつかまれているところで、その周りには女子生徒が数人、彼らを囲むように立っていた。厳つい男の後ろには2人、見慣れた男子生徒がいつも通り並んでおり、いつもと変わらない面々に俺は深く溜息を吐く。


「おい番長、喧嘩すんなよー」


「またお前か黒岩ぁ……ッチ、澤北(さわきた)もいんのかよ」


 番田長治(ばんだたつのぶ)、通称番長と呼ばれる所謂(いわゆる)ヤンキーと言うか不良と言うか。ともあれ彼は中学生にして悪い噂の絶えない生徒だ。しかしそんな彼とも小学校からの付き合いなわけで。良樹の()()()特に親しく出来てはいないが、一応長い付き合いではある。


 番長に胸倉を掴まれている男子生徒を彼から()がすと、逃げるようにその場を去っていく。それに続くようにその場にいた女子たちも去って行った。今回は特に怪我人が出たわけじゃなくて幸いである。


「お前も懲りねぇよな、弱いのに」


「あぁん?」


「こら良樹、お前も加わろうとするんじゃない」


 一触即発の空気を出す2人の間に俺は入り、主に良樹を引き離す。この2人は何かと因縁があるようで、顔を合わせると喧嘩が始まるのだ。俺が良樹と出会う前の話だから良く知らないが、出会った当初、良樹にボコボコにされている番長たちを見て良樹が番長を虐めていると勘違いしたことはあった。


 まぁその勘違いから俺も良樹にボコられたわけだけど。


「お前もこいつにボコられてんのに、よく一緒にいられんな」


「違うんだよ、あれは負けじゃない」


「いや負けてただろ」


 そこに関しては間髪入れずに突っ込んでくるあたり、良樹も負けず嫌いだと思う。普段はツンとしているくせに、変な所で張り合ってくるものだ。確かに圧勝もとい圧負(あつまけ)だったけど、勝ち負けなんてこの際どうでもいい。


「じゃあボコられ仲間だな、番長」


 眉間にシワを寄せる番長の、高めに位置する肩に手を置いて親指を立てると、鬱陶しそうにそれを払いのけられた。番長のお伴たちも舌打ちをしており、とてもガラが悪い。


「一緒にすんじゃねえぇよ、気色悪い」


 いつも通りツンツンした態度の番長に、ため息を吐けば良樹は鼻で笑った。そういう態度を改めろと再三(さいさん)言っているのにと、俺が頭を抱えるのと同時に番長は額に筋を立てた。


「てめぇ、今度こそ死にたいらしいな」


 喧嘩を始めてしまうのであれば初めから遠くで静かにしてくれていればいいものを、わざわざ番長を煽って喧嘩を誘発(ゆうはつ)させないでほしいと心底思う。まぁ対等な喧嘩なら止めはしないのだけど、良樹と彼ではあまりにも力量差がありすぎるのだ。いくら多勢に無勢だったとしても。つまり良樹が強すぎて虐めになってしまうということなわけで。俺は頭を抱えたまま再度、心からの溜息を溢した。


「だからお前連れてきたくなかったのに」


「お前も二度と近づくなって言っただろーが、鬱陶しい」


「番長、俺はいつも言ってるよな?弱い者いじめだけは駄目だって。今回は何があったんだよ」


 しかし彼らは俺の言葉を聞かずに(きびす)を返す。そして苛立ったように鉢植えを蹴り倒して去っていった。この光景も見慣れたものだが、器物破損は止めてほしいと今、切実に思った。


「あーあ、もう。良樹手伝って」


「はぁ?なんで俺が」


 蹴り倒された鉢植えを嫌そうな顔をする良樹と一緒に片付けて、俺たちの昼休みが終わる。それが俺の日常だった。




◇   ◇   ◇




「ね、気持ち悪いよね」


 終業式が数日に控えていたある日の昼休み、廊下を歩いているとコソコソと話す女子たちの声が聞こえた。何事だろうと、そちらの方へ行ってみると階段下の薄暗いスペースでクラスの見知った女子3人が何か話しているところだった。


 そして階段の上の方で暗い顔して縮こまっている佐竹の姿も目に入り、首を傾げる。大方予想はつくが、考えるより聞くのが一番手っ取り早いので3人の中に混ざることにする。


「何してんの、そんな暗いところで」


「あ、いや」


 声をかけると気まずそうに視線を逸らす彼女たちに、やはり陰口でも言ってたのだろう。喧嘩の仲裁をしているとなんとなく分かってくるもので、大体長引く喧嘩と言うものはお互い背中合わせで喧嘩している時だと俺は思うのだ。


「上に佐竹いたけど、なんか関係ある?」


 その言葉に、3人の表情が凍る。加えて上にいた人物も驚いたようで、何か物を落としたような音が階段に響いた。


 この3人と佐竹の間に何かあったのだろうという事が今の出来事で判明したわけだけど、彼女たちと佐竹とでは接点もほとんどなかったはずだ。一体何があったというのか。


「とりあえず私たちは戻るね」


「まぁ待とうじゃないか」


 立ち去ろうとする女子生徒の前に手を出して、通せんぼする形で止める。もちろん全力で(自称)カッコいいポーズだ。若干、半笑いの女子がいるのは気のせいだろう。


「くっ、黒岩に関係ないでしょ」


「俺は関係のないことに首を突っ込むのが大好きです」


「そんなキメ顔で言うなし」


 髪をかき分けて(自称)良い顔で言うと、とうとう3人とも吹き出してしまった。俺的には正義のヒーロー的な立ち回りでカッコいい風にやっていたわけだが、何がいけなかったのだろうか。というかそこまで笑うのは流石に失礼すぎやしないか。


「確かに身長の問題でかっこよさは減点されるけども」


「そこじゃないんだよねぇ」


 しかしそんなことより、一体何があったのかという事の方が重要であるため俺は耳元に手を添えて、目の前の女子を促した。彼女は一瞬困惑して見せたが、他2人と目配せをした後に渋々小声で話し出す。


「あいつ……佐竹がジッとこっち見てきたり、小声でボソボソ喋ったりして気持ち悪いって話、してて」


「あー」


 言われたことを思い返してみる。転校してきてから1ヶ月は経とうとしているはずだが、佐竹がクラスの連中やほかの生徒とまともに会話しているところを1度も見たことがない。休み時間はいなくなるか、寝ているかのどちらかだし、昼休みも毎回どこかに消えるものだからどこに行っているのかと思っていたところだ。


 黙っていた後ろの女子たちも遠慮がちに声をあげる。


「別に私たちだけじゃなくて、みんな言ってるし」


「てか黒岩くらいだよ、あいつと喋ろうとしてんの」


 佐竹が後ろにいるという事実を忘れたのか、開き直ったのか知らないが彼女たちの声は大きくなった。確かに少し声が小さいし、キョドっているときも多いので気持ち悪いと感じている彼女たちに対して彼のフォローはできないわけだが、わざとではないと思うのだ。


「だからよ(同意の意(方言))。あんたお人好し過ぎない?」


「ほら、俺って桃太郎だからさ」


「桃太郎って言ってる時点でどっか可笑しいんだよなぁ」


「なぜ!!」


 堂々と仁王立ちする俺に、女子たちはクスクスと笑い出す。これはさすがに遺憾(いかん)の意を示したい。桃太郎は大英雄だって有名な話のはずなのに、誰もそれを理解しないのだから困ったものである。


 腕を組み首をひねっていると、3人は俺の横を通り過ぎた。先ほどとは違い、彼女たちは明るい表情で手を振る。


「じゃあ私たちもう行くから」


「うん、ありがと」


 今度は悪口などではなく、最近流行の動画の話に花を咲かせ始めたようだ。彼女たちが佐竹に謝罪するまでできれば上々だったのだろうが、そこまで強要するものじゃないし、もうしないだろうから俺が代わりに謝っておこう。


「さてと……佐竹逃げるなよー」


 女子たちを見送って階段を上ると、バラまいた筆箱の中身を片付けようか、逃げ出そうかでアタフタしている佐竹の姿があった。しかしその中身の量が多いことと言ったら、正直困惑するレベルだ。蛍光ペンみたいなペンをこんなに持ち歩いて全部授業にでも使っているのだろうか、真面目なのか。


「あ、いや、あの」


 長い前髪は彼の顔半分を隠し、その隙間から見える目も伏し目がちで明るい印象を与えなかった。明らかに“何かありました”と言う感じであるため、転校してきた日から気にはなっていたわけだが。


「何してんだよー」


 しゃがみ込み、散らばった筆記用具を拾い始めると、彼も慌ててしゃがみ込んだ。逃げるなと言って逃げないのだからきっと悪いやつではないのだろう。そんなことを言えばまた良樹に「そんなわけないだろ馬鹿」とか言われそうだが、世の中本当に悪い奴なんていないと俺は思っている。


「ごめんなさい」


「俺も驚かせてごめん、あとあいつらの代わりに謝るよ。悪気はないと思うからさ」


 俺の謝罪に言葉を詰まらせる姿は、なんともおかしく思わず笑ってしまう。彼はあまり話すことが得意ではないのだろうか。今までも何度か話しかけても会話が続くことはなかった。それでも先ほどの女子たちが言っていたように、話しかけには行っていたのだ。


 あくまで俺から見た感じではあるのだけど、彼は話しかけようとして失敗していたのではないかなぁと。


 そこから何も言わずに全て拾い終え、パンパンになった筆箱を彼に手渡す。


「ありがとうございます、それじゃあ」


「佐竹ってそのペン全部授業で使ってるの?」


 背を向けようとした彼に質問を投げかければ、また困惑したように言葉を詰まらせていた。俺の質問にどう答えるか迷っているのか、それとも野暮なことを聞いてしまったのか。彼は自身の筆箱をしばらく見つめた後、前髪で隠れた目でこちらを真っ直ぐ見据えた。


「これは……絵を……やっぱりなんでも」


「佐竹って絵書けるの!?」


「あ、うん」


 小声で何を言っているのかほぼ聞き取れなかったが、絵という部分はしっかり聞き取れたため彼に詰め寄る。彼は俺の勢いに押され、一歩後ろへと後ずさった。


 ちなみに自慢ではないが俺は絵が描けない。描けないわけではないが、俺が絵を描くとみんななぜか目を逸らすのだ。極め付けに良樹にぼろ糞に言われてから俺は絵をかくことをやめた。別に長年描いてきたってわけじゃないけど。


「すごいな!」


「別に、すごくないよ」


「いやいやすごいよ!俺なんて「お前が絵を書いたら人が不幸になる」って言われたからね」


「そんな絵が存在するの?」


 今まで目を逸らして話していた彼が、怪訝そうにこちらを見てツッコむ。そんな風にストレートに言われると思っていなかったが、案外普通に会話ができるのだと思って嬉しくなった。しかし、すぐ慌てて頭を下げてくる。


「ご、ごめんなさい」


「なんで謝るの?」


「気分を悪くさせたかと」


 また下を向き、目を合わせない彼は何かに怯えているようだった。これくらいの事で気分を害していたら良樹という男の相手はできないと心の底から思う。結構、ナイーブなやつのようだ。だから俺は真剣な顔をして彼に詰め寄った。


「良いこと教えようか。澤北良樹っていう超絶口の悪い男の話なんだけど」


 俺たちはチャイムが鳴るまで階段の上で会話をはずませた。主に俺が良樹の口の悪さを自慢していただけだが、時折彼が笑顔を見せてくれたことで十分満足いく昼休みだったと思う。これで少しずつ仲良くなれれば彼の瞳の奥にある薄暗さはなくなるのだろう。それが俺の役目であると、そう思った。



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