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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
病院編
18/79

17.さび色③

 今、俺の脳内BGMはモ〇ハ〇の古龍種と出会ったときのあれである。具体的に言うと老〇龍と出会った時のあの緊張感のある、ドォンパーパーンっていう感じだ。初めてかの龍を見た時の胸の高鳴りは、恐らく今の胸の高鳴りと同じくらいだろう。


「誰なんですか」


「……白石さん、の友達です」


 ゆっくりと閉じていくドアへと視線を泳がしつつ、言葉を選ぶ。ここで失言をしてしまえば、色々と終わってしまうことは誰にでも分かる状況だろう。しかし彼女の母親の眉間のシワは濃くなる。


「友達?……那津(なのつ)は記憶が戻ったの?」


「なんて言いますか、僕はこの間までここに入院してて、それで知り合っただけで」


「病院で知り合い?」


 完全に失言だったと気づいたときには、もう遅い。目の前の女性は視線だけで人を射殺せそうな勢いで俺を見ており、俺の体に穴が開いてしまいそうだ。確かに病室から出していないはずの娘が、どうやって他の病室にいる人間と知り合ったんだよと思うだろう。それについては弁明の余地はないというか、間違えたならそのまま帰るだけでよかったにも関わらず、つい出来心で勝手に人様の病室に乗り込みましたが。人間だれしも“出来心”ってあるじゃないですか。


「ところで那津(なのつ)はどこに」


 そこで言葉を切った女性は、何かに気づいたのか俺を押しのけてカーテンへと手を伸ばす。その先にあるものを知っている俺は思わず目を逸らした。


「あなた何したんですか!?」


 ヒステリックに叫ぶ声に思わず振り返れば、ちょうど着替え終わったところだったのか、彼女はタオルで髪を拭いているところのようだ。そんな彼女の手を無遠慮につかみ、大分冷たくなっていることに気づいたのか、俺の方を睨みつける。これは完全に詰んだ気がしている。


「だ、誰ですか?」


 突然掴まれたことに驚いたのか、彼女は怯えたように周りを見まわたしていた。何も見えないのにあんな風に強く掴まれたら驚くに決まっている。そんなことも忘れるほど、彼女の母親も動揺しているのだろう。その女性は白石さんの髪の濡れ具合を確かめる。


「こんなに濡れて……まさかあなた、娘を外に連れ出したんですか?」


「あ、はい」


 そして彼女の母親は底の高いヒールを鳴らして俺の方へと近づいてきた。後ろへ後ずさりたい気持ちを必死に抑えて、恐る恐る顔を上げる。


 ヒールを履いているにも関わらず、俺と身長が同じくらいであることから俺よりも小柄な人なのだろが、威圧感のせいか大きく見える。その目は、言葉に表しがたいほど鋭く開眼されていた。


「こんな状態の子を外に連れ出すなんて非常識にも程があるでしょ!」


「す、すみません。でも先生は」


「何!?私が間違ってるって言うの!?」


「そ、そういうわけではなくてですね」


 目の前の女性は本当にあの2人の母親なのか、自信がなくなってきた。ナカさんは多少、妹絡みになると恐ろしいところはあっても落ち着いていたし、白石さんに至っては終始怒らない上に、穏やかだ。失礼かもしれないが、そんな2人の両親と言われても似ても似つかないほど感情的に声を荒げる姿に、どう対応していいものか分からなくなる。


 確かに勝手に連れ出した俺が悪いのだろうけど……もしかしてこれ以上何も言わずに出て行った方が穏便に済むのでは。


 きっとそうだと思い至り、速攻で謝罪して逃げようとした瞬間、目の前の女性の目の色が変わる。


「それともなんです?娘が外に出たいって言い出したんですか?」


 口調こそ落ち着いたように聞こえるが、その瞳は薄暗く、何も映そうとしない、そんな目をしていた。これを見るのは3度目だ。


「娘がそんな馬鹿なことを言ったわけじゃないですよね?」


 俺は恐怖でいっぱいになった。確かに、両親は過保護だという話をナカさんから聞いてはいたが、これほどまでとは思わなかったのだ。それになんだか白石さんが悪いように言われている気がして、あまり良い気がしない。それとも俺の考えがあまりにも浅はかだったのだろうか。


「あ、いえ、俺が」


「俺!?そんな品のない言葉を那津の前で使わないで!」


 落ち着いたと思いきや再度ヒステリックに叫び始める姿に、もう手を付けられないと判断する。大事になる前にこの場を去らないと白石さんにも迷惑になってしまいそうだ。


「すみません」


 母親の後ろで状況を掴めないでいる白石さんの姿だけを残して、足早に病室を出た。


 パタンと静かに閉ったドアを確認して、大きな溜息を吐く。なんだかドッと疲れてしまった。雨も降っているし、また顔を合わせてしまう前に早々に帰らなければならないのだが頭の中を先ほどの会話がグルグルと駆け回っており、思考が停まってくれずにその場から動くことができない。


「どうしたんだよ」


「うへい」


「驚き方」


 気配無く俺の横に立っていた良樹は先ほどまで食べていたお菓子のごみを片手に、不思議そうに首を傾げていた。相変わらず無表情で、隠す気が全くないのか、その口の周りにはお菓子のカスが付いている。そんな普段通りの彼の顔を見て、一気に気が抜けた。本当に、この友人には頭が上がらないものだ。


「とりあえず帰りながら聞いてほしいんだけど、口元のカスなんとかしろよ……」


「あ、いっけね」


「もう少し感情込めて言え」


 全く慌てる様子も無く、ポケットからハンカチを取り出しているのを歩きつつ確認する。彼は見目はいいのに自分の見た目にあまり興味がないようで、服装も髪型もいつも適当だ。適当と言っても、シンプルな服装でもそのビジュアルですべてをカバーしてしまうのだから羨ましいところである。


 病院の入り口まで来て自分の手に彼から借りた傘がないことに気が付いた。空を見上げると、とめどない雨粒が激しく降り注いでいる。一向に止みそうもないため、止むまで待つという手段は取れないわけだが、病室に傘だけ取りに行くというのも……


「いや無理だろ」


 思わず本音が漏れる。さすがにあの空気の中「ちょっと傘忘れちゃってー」とか言って入っていくとかメンタル鋼過ぎるだろう。しかし、彼女の母親のあの勢いのままいかれると最悪、見つかった瞬間捨てられるような気もするため色んな意味で取りに行った方が良いような気もしていた。


「てか傘は」


 いつまで経っても傘を取り出さないのを不思議に思ったのだろう、彼は傘を差し一歩外へ出てこちらをガン見してくる。それは純粋に見ているわけではなくて、催促している目だ。俺には分かる。ところで俺が持っていた傘は誰の傘だっただろうか。


「まさかお前」


「忘れてきました」


「早く取りに行けよ」


 大きな溜息を隠すことなく、吐き出す彼は開いた傘を一度閉じて俺の横に戻ってくる。そんな彼をまともに見られない俺に気付いたようで、逸らした視線の先に彼は立ちはだかった。雨のせいで蒸し暑いのか、ジワジワと汗が滲んでシャツが張り付く。


「なんて言うか、今日は取りに行けないというか。寧ろもう戻ってこない可能性もあるというか」


 声が小さくなっていくのと同時に、俺自身も委縮していく。雨予報にも関わらず傘を持ってこず、借りたものにも関わらず返さないだなんて、とんだ人でなし、ということは自覚している。


「つまり?」


「詳しく話すのでとりあえず傘に入れてください」


 彼がどういった表情をしているかは分からないが、何も言わずに傘をさしてくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつ、縮こまって彼の隣に入る。所謂、相合傘なわけだが、男同士で相合傘をしているという事実にほんの少しだけ後悔したのは内緒にしておこうと思う。というか、こんなに雨が酷くなければ俺だってすぐそこの電停まで余裕で走って行けるのだ。


 地面を跳ねる雨粒は制服の裾を濡らし、傘から流れ落ちる水滴は肩を濡らす。抱えるようにして持つ鞄も、あまり意味をなしていない。傘に打ち付ける雨音が世界の音を遮断していた。それは恐らく隣にいる彼も同じなのだろう。しかしそれもすぐ終わり、病院近くの電停へと到着する。


「雨酷いな」


「だな」


 傘に付いた雨粒を振り落としながら、彼は空を見上げた。時間も時間のため、曇天の空は、更に薄暗さを増している。遠くでは雷が光り、遅れて音が落ちてきた。電光掲示板も、2駅前に電車が到着したことを伝える。すぐ横では信号が青に変わり、何台もの車が連なって走り抜けていく。そのどれもが雨を意にも介さず日常を生きていた。


「で、何があったんだよ」


「何から言えばいいんだろ」


 彼に話したいことはたくさんあって、でも自分の中で何も消化しきれていないせいか上手く言葉にできない。そもそも自分が何に対してこんなにモヤモヤしているのかも分かっていないのだ。それを彼に言ったところで迷惑ではないだろうか、余計な心配をかけてしまうのではないか。それなら傘を取りに行けなかった理由を適当にでっち上げて誤魔化してしまった方が良いような気がしてしまう。


「白石さんのお母さんらしき人に会って」


「へー」


「……それで傘取りにいけなかったんだよねぇ、あはは」


 笑って見せるが、彼は「それで?」みたいな顔で続きを促してくる。しかし、それ以上言えることもないため、言葉に詰まる。俺は早く電車が来ないかと頭上の電光掲示板を見るがどうやら信号に掴まっているのか、全く動いていなかった。


「何があったのか聞いてんだけど」


「……何も」


 良樹は小さく息を吐く。


「お前嘘が下手なんだよ、すぐ顔に出るし」 


 突然の指摘を受けて、反論しようと思ったがやめた。理由としては心当たりがありすぎるからだ。特に長い付き合いである良樹や、姉には今までの経験上隠し事ができたためしがない。今なら昔に比べて上手く隠せるだろうが、隠し通せたモノなんて昔も今も、きっとこれからも1つだけだ。


 口を噤むと、彼も何も言わなくなった。いや、おそらく俺の言葉を待っているのだろう。目の端でチカチカともうすぐ到着する電車のお知らせの文字が流れる。


那津(なつ)


 一言、俺の名前を呼ぶ。こいつも大概、人の問題に突っ込むのが好きなお人好しだ。いつもは面倒がって何もしない上に、優先順位は常にゲームのくせに。


「白石さんを連れて、屋上に行ったんだ」


「それっていいのか?」


「先生は大丈夫って言ってたみたい。それに本人が行きたがってたからさ」


 俺は彼女を屋上に連れて行ったこと、それで濡れてまったこと、着替えるために病室に帰ったらタイミング悪く彼女の母親に遭遇してしまったこと、先ほどあったことをある程度掻い摘んで説明をした。


「“娘が外に出たいって言い出したんですか”ってどう聞こえる?」


 彼の方に問いかけるのと同時に、電車の到着を知らせる放送が鳴る。それは雨音にかき消されてほとんど聞こえないが、その直後に電車は電停へと到着した。ゆっくりと開いた車内には仕事帰りや、学校帰りの人々の姿があり、多少込み合っているようだ。彼は乗り込もうとした俺を制止し、そのまま電車のドアは閉まった。


「乗らないのかよ」


「10分待てば次来るだろ」


「そうだけど」


 電光掲示板を見れば3駅ほど前に次の電車が来ているようだったので、折りたたまれている壁付のベンチを開き、そこに腰を下ろした。少し濡れていたが、彼も続くように、腰を下ろす。


「それって、今の白石さんの状態で外に出て何の意味があるんだって感じか?」


 彼の言葉に俺は首を横に振る。その受け取り方も一理ある。確かに彼女のあの状態で外に出て何ができるのだという感じだし、心配している側としては当たり前の言葉なのだろう。しかし俺にはそういう風には聞こえなかった。


「“娘がそんな馬鹿なことを言ったわけじゃないですよね”」


 この言葉に良樹は黙った。この言葉に込められた意味は何なのか、それは言った当人しか分からない。もしかしたら心底心配しているからこそ出た言葉なのかもしれない。でも俺にはそういう風に聞こえなかった。


「俺には……なんて言えばいいのかな、白石さんが責められてるような気がして」


「責める、ね」


 仮に彼女の耳にこの言葉が届いていたとしたら、どう感じるのだろうか。心配してくれて嬉しいとなるのだろうか。

「普通さ、わかんないけど、俺なら白石さんの外に出たいって気持ちが分かったならそんな風に思ってたの?とかなるんだけど」


「……娘が外に出たいなんて自分に迷惑になるようなこと言うはずがない、そう聞こえたのか?」


 宙に浮かんでいた答えがピタリと当てはまり、思わず彼の顔を見つめる。言われてみれば、彼女の母親の態度がずっと一方通行な気がしていたのだ。姉さんや良樹だったら、例え彼女との意思疎通が難しくても、本人の気持ちを大事にしたいと思うだろう。しかしあの人は自分の気持ちと娘の気持ちは同じだと言わんばかりの様子だったのだ。聞いてすらいないのに。


「ま、あっちが混乱してたって言えばそれまでだけどな」


「違った。過保護とか、そういう目じゃなかった」


「目?」


 あの時、あの人の目の奥にあった薄暗い感情がとても恐ろしく感じた。関わらない方がいいと俺の中で警報が鳴っていた。もしかしたら、ここまでにしておいた方が良いのかもしれない、と。


 次の電車が到着を知らせる。俺は立ち上がりスクールバックを持ち直す。


「まぁ気のせいかも知れないけど」


 良樹に背を向けたまま、それだけ言って電車の中へと入る。今度は先ほどの電車より多少人が減っており、チラホラ席も空いていた。俺は姉にもらったRapiCa(ラピカ)をカードリーダーにかざして空いている後ろの席へと向かう。


「俺、って品がないかな」


「逆に品があると思ってたのか」


「いやそういう事じゃなくて……まぁいいや」


 スクールバックを棚の上に置いて、後ろからついてきていた良樹と席に座る。彼は棚に置かずに床に直置きしているが、雨の日なのに気にならないのだろうか。


 ゆっくりと走り出した車内は静かで、所々からヒソヒソと話し声が聞こえる程度だ。電車には普段のらないが、白石さんとのことがあってよく利用するようになった。しかし貰った定期もそろそろ期限が切れようとしている。


「お前がそこまで気にかけるのも珍しいな」


「そう?」


 声をかけられ横を見れば、彼はスマホを取り出しゲームをやり始めていた。アカウントにログインし、長いロード画面になる。彼は待ちきれないのか、意味もなく画面をタップし続ける。


「珍しくはないのか、昔っからお節介だし」


「……そんなことないと思うけど」


「特に2年前……あぁ、いやなんでもない」


 彼は自分の失言に気づき、タップする手を止めてこちら見る。だから俺は気が付かない振りをして笑った。そして同じようにゲーム機を起動する。


「ごめん」


 それだけ言って、彼は何も言わなくなった。きっと余計なことを言ったと思っているのだろう、事実、余計なことを思い出してしまったのは確かだ。2年前のあの日、正確に言えば3年前の中学1年の時が、一番調子に乗っていた時期だったから。今はそんな事どうでもいいのだけど。


 真っ白なード画面は、まるで初めて彼女に会った時のようで、早く色づいてくれと思わずにはいられなかった。



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