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色彩ーremakeー  作者: 蒼依ゆき
病院編
10/79

8-5.半色②

―――姉side


 軽快な音と共に一階へ到着したことを知らせるエレベーターを無視して、外へと飛び出す。一緒に乗っていた夫婦はさぞ驚いただろうが、今はそれを気にしている場合ではなかった。


「荷物が多すぎる!」


 病院内であるため、声量は落としてあるが、両手いっぱいに抱えているリュックを見て叫ばない人は果たしているのだろうかと思うわけで。しかし、これが自業自得だということも自分が一番理解しているわけだが。


「そもそもバレてなければ明日運べたのに」


 先ほどまで同じことを弟に愚痴っており、そんな私の愚痴を呆れながら諭していたのも弟だった。そして、帰る間際にゲームができないことに気づいてショックを受けていた弟の顔を思い出し自然と表情が緩む。そんなことで一喜一憂できるほど回復しているのだと思うと、嬉しく思わずにはいられないのだ。


「あれ、黒岩さん?」


 突然後ろから名前を呼ばれて振り向くと、リンゴジュースを片手に首を傾げる探し人がいた。


「白石さん、どうして」


「妹のお見舞い帰りで、喉が渇いたので」


 スーツ姿で某国民的アニメ、パンの中に餡子が詰まったそのキャラクターが描かれたパックのリンゴジュースを嬉しそうに握りしめる姿はとても年上には見えず、とても可愛らしく思う。ただ、そのサイズのジュースで本当に喉が潤うのかどうかは疑問だ。


「好きなんですか、リンゴジュース」


「そうですね、結構気に入ってるんです。ここで話すのもなんですし、あっちに行きますか?」


 彼はそれだけ言って、私の持っているリュックを三個ほど軽々しく持ち上げて歩き出す。見た目は華奢に見えるのに、案外力はあるようで驚いたが、慌ててその背中を追いかけた。




 少し歩いたところに食堂のようなスペースがあり、人はあまりいないようで席はどこも空いている。白石さんは慣れた手つきで中へと入り、近くの席へと荷物を置いた。


「とりあえず飲み物だけ買ってきますね。何がいいですか?」


「そんな、いいですよ」


「気にしないでください、引き留めたのは僕ですから」


 にこやかに、しかし有無を言わせない雰囲気に押され、とりあえずウーロン茶をお願いすると彼は券売機へと向かった。私はその姿を見ながら席へと腰を下ろす。引き留めようと彼を探していたのは私だと言うのに、 申し訳ないことをしてしまった。


 初めて会ったのは那津が目覚めた日で、目を腫らしながら帰ろうとしていた時だった。あれからもう一ヶ月が経つが、会えたのはこれが2度目だ。あまりにもタイミングが悪いのか、那津のお見舞いにはほぼ毎日来ているはずなのに、会うことはなく今日まできていたのだ。私は鞄の中から小さな袋を取り出し、見つめた。


「それにしてもお久しぶりですね」


「タイミングが悪いのか、今まで一度もお会いしませんでしたから」


「それで、弟君の方はどうですか?」


「馬鹿なことを言えるくらいには元気になりましたね」


 私の言葉が面白かったようで、彼は声をあげて笑い出す。一体何が面白かったかは分からないが、声を上げて笑う姿は初めて見たため、なんだかホッとする。初めて会った時から彼は、どこか暗い雰囲気を帯びていたから。


「それと、これなんですけど」


 彼が一通り笑い終えたところで、手に握っていた小さな袋を差し出した。可愛らしい花柄の袋は自分らしくないと思いながらも選んだものだから、なんだか気恥しい気持ちになる。


「これは?」


「前にお借りしたハンカチです」


「あぁ。捨ててもらって良かったのに」


「そんなことできませんよ」


 驚きつつも、受け取ってくれた彼は声をあげて笑っていた時とは違い、前のように物悲しい雰囲気を笑顔の中から感じられた。いや、前よりも辛そうにも見える。


 最初に会った時もそうだった。自分の方が辛そうなのに、私のことを気にしてハンカチまで貸してくれて。その姿がどうしようもなく、那津と重なってしまったのだ。


「すぐ冷やしたお陰で、腫れなくて済みましたし、あの時はありがとうございました」


「黒岩さんには感謝されてばかりですね」


「白石さんが親切すぎるだけですね」


 そんなことないとうつ向いた彼の顔を見て、大分やつれているのが分かった。まだ2度しか会っていないけれど、それでもなんとなく分かるくらいに、彼はやつれていた。


「お節介かもしれませんが、話くらいなら聞きますよ」


「いや、そんな」


「そんな辛気臭い顔をして歩かれると気になるんです」


 何も言わずに抱え込んでしまった優しい馬鹿を私は知っているため、目を合わせようとしない彼をジッと見つめる。本当にお節介だし、ほぼ見ず知らずの私に相談しろと言われても困ることくらい分かってはいる。しかし、こういう笑い方をする人を放っておくと、良いことがないことも私は痛いほど分かっているのだ。


「そんなに辛気臭い顔してますかね」


 困ったように眉を下げる彼は、やはり少し躊躇があるようだが何かを決心したようで、ようやく私と目を合わせた。


「あの日、僕の妹も目を覚ましたって話はしましたよね」


「そうですね、偶然わたしの弟と同じ日にって」


 それだけは最初に聞いていた。それは本当にいいことだし、心の底から良かったと思ったのだ。しかし、その時も彼の表情は確かに曇っていた。


「妹は、意識不明から目覚めました。でも、記憶がなくなっていて」


 まるでここだけ時間が止まったかのように、私の思考も停止する。記憶喪失、それはテレビでよく聞く言葉で、自分の弟にも起こりうることだった。最初に先生に言われたときは、ショックも大きかったが、もしかしたら那津にとってはそっちの方が良いのかもしれないとも思っていた。とりあえず無事に目覚めてさえくれればと。でも、実際経験している側の人間のショックの大きさは私では図り知れない。


 そして次の言葉が更に追い打ちをかける。


「同時に目と耳も機能しなくなっていました」


「それって」


「いくら僕たちが声をかけようと」


 声を詰まらせた彼は、それ以上言葉を続けることができなかった。そして、それは私も同じだ。何かを堪えるようにうつ向く彼に何も声をかけてあげることができない。話を聞くなんて自分で言っておきながら、気の利いた言葉一つ出てこないのだ。


 そんな自分に腹が立って仕方がない。あの時もそうだった。良樹くんから話を聞いた時に、私にもっと勇気があればあんなことにならなかったはずなのに、お母さんもお父さんも、まだ笑っていてくれたはずなのに。


 私も彼につられるようにして下を向いた。結局、私は何も変われていないのだ。


「僕のせい、なんだろうな」


「白石さん?」


「僕は怖くて、あの日からずっと声をかけられないでいる」


 小さく紡がれた言葉は、私にはよく聞こえなかった。まるで自分を責めているように感じたのは、彼があまりにも傷ついた顔をしていたからだろう。


「白石さん……白石さん!」


「あ、す、すみません……僕、本当に駄目ですね」


「駄目じゃないです。私の方こそごめんなさい、何も言えないポンコツで」


 緊張から、乾いた喉を潤すために手元にあったウーロン茶を一口飲む。氷は半分ほど解けており、濡れたグラスからは水が滴る。


「そんなことは無いと思いますよ」


「え?」


「十分魅力的だと思います。弟さん思いで、こんな見ず知らずの僕の話も聞いてくれるくらい優しい方ですし」


 思わず眉間にシワを寄せて彼を見ると、嘘や冗談を言っているようには見えないため、彼の真意が分からずに戸惑ってしまう。そしてなぜか優しく私を見つめる彼と目が合い、顔に熱が集まってくるのが分かった。


「あ、あはは。ありがとうございます」


 今度はウーロン茶を一気に飲み干して視線を泳がせる。なんとなく今、彼の顔を見てはいけないような気がしたのだ。それが逆効果だったのか、彼は彼は小さく吹き出す。


「すみません。可愛くって、つい」


 私の熱が更に上がると、ついに彼は隠すことなく笑い始めた。これは恐らく揶揄われているのだと理解し、少し納得いかないが、彼が笑顔になったのだから良しとしようと思った。


「あの、よければ RE.IN(レイン)教えてもらってもいいですか?」


「私のですか?」


「はい、これも何かの縁だと思うので」


 取り出されたスマホと、悪意のない笑顔を見比べて、自分のスマホも取り出す。QRコードを読み取ると”白石那珂“という名前が表示された。私の携帯の中に仕事以外で男の人の名前が表示されたのは本当に久し振りで自分でも驚きである。


「名前は、なかって読みます」


「私はゆきなです。那って漢字が同じなんですね」


「本当ですね」


 白石さんは、スマホを片付けてから飲み物を全て飲み干し、腕時計を確認する。それにつられて私も時計を見れば18時になろうとしており、いつの間にかレストランの中にいた人は残すところ私たちだけになっていたようだ。チラリと窓の方を見れば空は薄暗く、曇がかかり始めていた。


 確か今日は夜から雨予報だったはずだ。早く帰って連絡入れないと、那津が心配してしまう。


「ここ、18時までなので、そろそろ帰りましょうか」


「そうですね、お話しできて良かったです」


 私は積上げられた荷物を持ち上げ、出口へと先に歩き出す。少し話をするだけのつもりが思わず話し込んでしまったため、早く帰ろうと気持ちが自然と急いていた。


「よければ荷物、持ちましょうか?車がなければ送りますけど」


「いえ、車で来ているので大丈夫ですよ」 


 あまりにも多い荷物だったため、さすがに手伝いを申し出てくれたのだが私はそれを断った。さっきも持ってもらったし、さすがに出会ってまだ2度目の人にこれ以上させるわけにはいかないだろう。


 彼は少し申し訳なさそうにしつつ、先ほど買って飲まなかったリンゴジュースを片手に自分の車の方へと去っていった。




 私は再度、リュックを持ち直し一歩を踏み出すと自動ドアが開き、そのまま歩き出すと何かにぶつかった。


「あ、すみません!大丈夫ですか?」


「危ないから一回おろして、そのリュックの山」


 聞き覚えのある声に、首を傾げながら言われた通りリュックを下ろすと目の前には私服姿の良樹くんが立っていた。その表情はほぼ無表情ではあるが、呆れているのはこの長年の付き合いで分かる。


「良樹くん、どうしたの?お見舞い?」


「どうせ雪那さん、荷物抱えてるんだろうなと思って」


 当たり前のように私が置いたリュックを全部持ち上げて歩き出す彼に私は慌てて追いかけるが、手に持ったものを渡してくれる気配はサラサラないようで、彼は無言で歩を進める。彼にはこういう不器用な部分があるのだ。だから私も何も言わずに横を歩くことにした。


「それもこれも、君が那津にバラすからでしょう?」


「明日はどうするつもりだったんだよ」


「明日のことは明日の私がなんとかしてくれる」


 隣から大きな溜息が聞こえてきた。呆れてものも言えないとは、きっとこのことだろう。呆れられているのは私だけど。


 初めて会った時から彼は大人びていて、自分の弟との差に驚いたものだ。その上、生意気だったものだから昔からよく那津とセットで、私が叱っていた。大体は那津が何かをやらかして、それに彼が便乗していただけなのだけど。


 なんとなく幼かった2人を思い出して笑みがこぼれた。


「そういうところが昔から……何笑ってんの」


「ううん、生意気だなぁって」


 彼の整った顔の眉間にシワが寄る。子ども扱いされるのを好まないのか、少しムスッとした表情になる。


「ほら、早く鍵」


「はいはい。そう言えば何できたの?」


「自転車、折り畳みのやつ。畳んで一緒に乗せてっていい?」


「全然いいよ。ここまで遠いんだから来たなら那津の顔見て行けばいいのに」


 車の鍵を差し込み、鍵を開ける。私の車は中古を安くで譲ってもらったものだから結構古いもので、今どきの車みたいにセンサーで開いたり閉めたりできるものではない。だからと言って特段困ったことはないから使い続けているわけだけど。


 彼は私の言葉に返事をせずに、後部座席にリュックを詰め込んだ後、駐輪場にある自転車を取りに行った。なんとなく読めていた反応だったため、少し笑ってしまう。本当に素直じゃない性格で、難儀なものだ。


 私は先に運転席へ乗り込み、シートベルトを締める。するとすぐに戻ってきた彼は、慣れた手つきで自転車を畳み、後ろに詰め込んだ。


「本当に会っていかないの?」


「どうせ明日から嫌でも顔見るし」


「そう言って病院まで来るくせに一度も病室に行かなかったよねぇ」


「うるさいです」


 エンジンをかけながら揶揄うように言えば、彼はそっぽを向いた。本当に素直じゃない。心配だったなら素直に心配だと言った方が那津にも伝わるし、これ以上“良樹は人の心を置いてきた”なんて言われずにすむというのに。彼が誰よりも弟を気にかけてくれていることなんて、この一年でよく分かっている分、正直に言えばいいのにと思ってしまうのだ。


「那津に言ったら喜ぶのに」


「調子に乗るの間違いだから」


 運転中であるため、その表情は分からないが、きっと優しい表情をしているだろうと思う。だって声色だけでも優しさが滲み出ていたのだから。


「雨」


 彼の言葉と同時に、フロントガラスに雨粒が跳ねた。チラリと空を見れば、先ほどよりも暗くなっており、一気に振り出してしまいそうな雰囲気だ。無意識に心臓が速足になる。


「降り始めちゃったね、急いで帰らないと」


 弱々しくフロントガラスに打ち付ける雨が土砂降りの雨に見える。何度も何度もワイパーが雨粒をかき消しては、それを嘲笑うかのように雨の膜が目の前を埋め尽くす。


「雪那さん。急がなくていいから」


 真っ白になりかけていた視界は、彼の声によって元に戻る。土砂降りの雨なんて降っていないし、落ちてくる雨粒はワイパーで綺麗に掃かれていた。


「安全運転、でしょ……ごめんね」


「聞き飽きたし、俺何もしてないから」


 那津が両親の死から立ち直れたのは、良樹くんのお陰だ。いや、きっと私たち姉弟が彼に何度も救われている。そしてきっとこれからも変わらず、彼は無償で私たちの隣にいてくれるんだと、そう思う。 いつかお返しが出来ればいいな。


「てかお腹空いた」


 相変わらずのマイペースな言葉に、私は思わず噴き出した。重くなっていた空気が一気に軽くなる。彼は意図してやっているのか、無自覚なのか。


「そうだ、後ろにお菓子あった気がする。ちょっと一回止まるね」


 私は路肩に車を止めて、鞄を漁った。


 もし、彼が意図してやっているのだとしたら、少し大人になるのが早いと今度説教をしよう。それで那津には、逆に見習いなさいと説教をするのだ。どっちなんだと抗議を受けそうだけどね。


 私は相変わらずの曇天に憂鬱になるのを忘れて、青空を思い浮かべた。

こんなに長く書く予定ではなかったんですよ、この番外編。

そんで、こんなに重く(?)なる予定でもなかったんですけど!

ちなみに那珂さんは細目イメージです、ラスボスみたいな。

良樹くんも那珂さんもイケメンです(イケメンにしたいだけ)


そして、毎度お待たせしてしまって申し訳ないです!

週一更新、頑張りますので来週もよろしくお願いします!


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