1-3 邪悪
目の前に立つのは明らかに殺人鬼、これがオッズの言っていた『げぇむ』の殺人鬼だ。俺は目の前に立つ殺人鬼に唖然としていた。その姿は一言で表すなら
「奇怪」
この言葉に尽きた。だってそうだろう。服は見るからにサラリーマンのそれ、シャツ姿だ。そのうえ頭部には紙袋、その紙袋にはかわいい顔まで書いてある。そしてもう一つ特筆すべきはその右手に持っているものだ。その殺人鬼の下半身ほどの長さの斧。俺の一回目を殺した斧だ。よく見てみるとその斧は少し刃こぼれしていて使い古されているのが分かる。
目の前の殺人鬼はその長い斧を大きく振りかぶり俺を再び切り裂いた。ぎゃあ‼なぜだろう、切られた感覚はあったのに全然痛くなかった。
……ってここは
「早いですよ。 あなた」
そこには呆れている顔のオッズがいた。
「まだ送り込んでから数分ですよ? あなた本当にやる気あるんですか?」
オッズは全然面白くないよと言わんばかりに軽蔑する視線を送ってきている。
「そんなこと言ったってあんな奴目の前に現れたら動けないだろーがよ」
俺はついそう言ってしまった。やれやれといった様子のオッズは諭すように言った。
「死んじゃいますよ?」
とても寒気がした。このふざけた格好をしているものから放たれた無慈悲ともとれる真実味を帯びた発言。信じたくないが本当なんだと思い知らされてしまう。でも少しの疑いはまだ持っている。本当は五回目に死んでも現実に戻ってこれるのではないかと。
「本当に死んじゃいますよ?」
オッズは急に口を開いた。
「あなた、今本当は死なないんじゃないか。 って思いましたよね。 わかるんですよ、あなた顔に出やすいですよ?」
俺はオッズにすべてを見透かされているような感覚に陥った。オッズは続けて言う。
「あなたも知っているでしょう、一年前立て続けにこの学校の生徒が不登校になったり、引っ越したり、亡くなったりしていた事件のこと。あれ私のこの夢のせいなんですよ!」
「何言ってるんだ…」
「えっ? 聞こえませんでした? あの時も大勢の方にご協力いただいて楽しい『げぇむ』をしたんですよ。 そしたら何人か死んじゃったんですよね」
オッズはケタケタ笑いながらそう言った。
「何人かってあの時は確か23人も死んだんだぞ? お前はそうやって大勢の人を殺したっていうのか?」
「いえいえ違いますよ、23人じゃないですよ。 35人です。 引っ越したりして『げぇむ』から逃げた人もみんな死にましたよ。 だってひどいじゃないですか、おもちゃが勝手に逃げるなんて。 私言ったんですよ、逃げたら必ず殺すって。 私悪くないですよね、だって先に言っておいたんですから」
この目の前のもの、いや殺人鬼は何を言っているのだろうか。
「まあでも、その時一気に殺しちゃったせいでなんか現実世界が慌てだしたので一年間、悔しいですけど我慢してたってわけです!」
オッズは自分が我慢出来てすごいだろと言わんばかりに胸を張って俺のことを見つめている。
「狂ってる」
俺は吐くようにそう言った。
「誉め言葉ですよ」
オッズはそう言って俺をまた夢の世界に戻した。
転送された俺は再び意識を回復させた。どうやらここはさっきまでいた学校の理科室のようだ。この学校は四階建て。理科室は三階に位置している。自分にはあと三回しかチャンスがない。脈が速くなるのを感じた。深く息を吸い、そして吐く。俗にいう深呼吸をして悪夢へまた挑戦する。さっきはただひたすらに校長室を目指して進んでいた。
二回目の命で亡くなっていた人も校長室近くでやられていたからみんな考えることは同じか。ならひとまずは現状を把握することに注力しよう。ここは普段俺が通っている学校、しかしなんだか違うような気もする。形はよくあるコの字型の校舎に中庭、そして校庭という感じだ。しかし窓の外を見ても学校の敷地以外の景色は見えない。あるのは深い闇だけ。つまり学校からは出られないということだ。
そんな時校庭に人影が見えた。あれはオッズの言っていた参加者だろう。俺はその人に接触するためにどこに行くのか眺めていた。しかしなぜあんなに走っているのだろうか。
刹那、風を切るような音が聞こえた。光るものが俺の見ているものに直撃する。斧だ。そうかさっきの人は逃げていたんだ。あの殺人鬼に。
脳天に直撃した斧は仲間になるはずだったものを無残な姿に変えそして躯となった体は光に覆われ消えていった。
あの人は何度目だろう。
そしてすぐに斧を回収しに来たのか、殺人鬼が校庭に出てきた。斧を当てられてラッキーとでも言いたげに足取りが軽い殺人鬼がそこにいる。その殺人鬼が地面に落ちている斧を取ろうとかがんだところ、殺人鬼はきょろきょろと周りを確認し始めた。俺は不思議に思って、殺人鬼を観察した。そして生の反応がないことを確認した殺人鬼は慎重に斧を拾った。
何だったんだろうか。
あの殺人鬼は何を警戒していたのだろうか。思案していると三階にいるはずなのに視線を感じた。校庭に目を戻すとあの殺人鬼が姿を消している。嫌な感じがする。俺は辺りを見回す。しかし誰もいない。殺人鬼の気配はない。しかしそれが怖い。二回も殺されているのだ。神出鬼没なあの殺人鬼に俺は怯えている。そしてまた視線を感じる。それは背後からだった。次の瞬間、俺の肩に触られる感覚が走る。びっくりして、怖くて、俺は悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ…!!」
「うるさいバカ!!」
俺の悲鳴は途中でかき消され、それと同時に頭に強い衝撃が走った。だが今回の痛みは斧による痛みではない。多分手だ。驚いて見てみると、そこには女の子の姿があった。それも見たことがある顔だ。そこにいたのは今日子だった。今日子の目は空気の読めないバカを見るような目をしていた。
「何大声出してんの、今の状況分かるでしょ?」
今日子は怒りの声を俺に浴びせた。
「そんな今日子だって今大声出しているじゃないか」
「あっ」
今日子は豆鉄砲を食らったような顔をして声を漏らした。
「とりあえずいったん離れましょう、さっきの声を聴かれたかもしれない」
俺はその今日子の提案にうなづきその場を離れることにした。
「ぎぃぎぃ…」「だレかイたノかナ?」
斧を引きずり歩く殺人鬼……
「楽しくなってきましたね、やはり私の采配は完璧でしたね。 連夜君に今日子ちゃん、楽しませてくださいよ」
オッズはクククと不敵な笑みを浮かべていた。
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