1ー1 悪夢の始まり
「・・ろ、・きろ」
……「起きろ!」
最悪の目覚めだった。例えるなら、そう、冷蔵庫に楽しみに取っておいたプリンを何者かが勝手に食べてしまったような感覚だった。
いや、多分こんな表現じゃ伝わらないくらいにむず痒いものだ。
「まあいい」
心の中でそう唱え、俺はもう一度夢の世界へ飛び込もうとする。暖かい布団が俺の身体を聖母のごとく包み込む。
では!おやすみなさい……。
「……起きろや!この怠け者がぁぁ!」
とうるさい声が再び俺のことを夢の世界からつれ戻した。とてつもなくうるさい、声が。
そしてなんと次はグーパンチ付きアンハッピーセットだった。
「ぐへっ」
そのグーパンチの影響で多少なりへこみを帯びて赤くなっていく俺の頬はヒリヒリしていた。
「いってぇなぁ!クソババア!何すんだよ!」
気づいたら俺の声は部屋中に響いていた。俺の事を殴ったのは母だった。そんな目の前に立つ母の事を見ると俺は凍りついた。これぞまさに鬼の形相。そして母は呆れた口調で言った。
「あんた、今日学校、あるんでしょ?それも終業式。……時計見な!」
母はそう言い残すと勢いよく部屋のドアを閉め部屋から出て行った。
すごい音がしたからもしかしたら部屋のドア壊れたかもしれん。
「あぁ、今日終業式なのか。確かにそうだったな。……あいつ、時計見ろとか言ってたけど、今何時なんだ?」
「…………!?」
唖然である。なんともう遅刻ギリギリの時間だった。家から歩いて30分というところに学校があるにもかかわらずもう遅刻15分前である。
「マジか……やばい!!」
俺はもっと早く起こしてくれなかった母に心の中で悪口を唱えながら急いで学校の準備をして全速力で学校へ向かって走っていった。
学校へ行く途中割と信号が青だったためなんか頑張れば間に合いそうな気がした。
「連夜遅いぞ!3分遅刻だ。まったく、終業式に遅刻してくるのなんてお前くらいだぞ?」
校門には見張りの先生が立っていた。顔こそ強面だが、とてもユーモアがあって面白い先生、高崎である。怒られると面倒なので自称IQ500の俺は思考時間0.2秒で言い訳を考えた。
「すいません!目覚まし時計が壊れてました!」
と俺はすかさず応答したが高崎先生は
「どうせ目覚まし時計なんて設定してなくてお母さんに叩き起されでもしたんだろ。」
と言い放った。
(うん、エスパーかな!?)
と内心俺は驚いていた。
先生の感の良さに若干引きつつも、なんとか微笑でやり過ごすことに成功した。
そうこうしている内に俺は自分の教室に到着した。教室にはクラスメイトであるやつらが席に着いていた。
「おっは〜、終業式まで遅刻とは流石ね」
右手の方から俺を小馬鹿にしたような声が聞こえた。
声の主は幼なじみの今日子だった。
「本当だよ、よくこんな日に遅刻なんてできるな」
違う方向からまた違った声で俺を小馬鹿にしたような声が飛んできた。
声の主はまたまた幼なじみの明夜だった。
「2人してなんだよ!」
俺は小馬鹿にしてきた2人に少し怒り気味に言い返した。
すると言い返しただけなのに他のクラスメイトもくすくすと笑いだした。
疑問に思ったのも一瞬。すぐに訳を理解した。
なんと後ろには先生が立っていたようで多分であるが俺が遅刻して来たことに腹を立てているご様子だ。
「あの、先生?」
「なんだ?」
「……遅刻してすいませんでした!!」
俺は恥ずかしさを捨て先生に誠心誠意謝ろうとした。なので土下座をしようと思ったのだが土下座する前に先生が土下座を止めたので声だけが先生に届いた。
「そうすぐ土下座しようとするな。いいから、
朝の会始めるぞ。早く座れ」
俺は運がいいのかもしれない。遅刻で先生に怒られなかったのは奇跡だ。
その後は終業式恒例の教頭の長話が俺たち生徒のデリケートな桃を破壊した。俺はいつもこの長い話を聞くのが嫌で嫌で仕方がなかったため隣にいる生徒に移動するときに起こしてくれと言い残し体育座りのまま眠りについた。
俺が寝ている間に教頭の話が終わり、夏休みの過ごし方の注意も終わり、終業式が幕を閉じた。
そして下校の時間を迎えた。いつもなら今日子と明夜と俺で帰る下校だが、今日はプラスで4人。合計7人で帰っていた。
その4人というのは俺らのクラスにいるやつで割と仲がいいやつらだ。
宏樹、亮太、千尋、夏帆の4人である。
「これで高校二年も残すとこあと後期だけか」
宏樹がそう漏らすと他の6人は同調し頷く素振りを見せた。
「なあお前ら、最近ひそかに巷で話題になってる噂話知ってるか?」
とオカルト好きの亮太が急に話を180度変えてきた。が、誰一人としてピンと来ているやつはいなかった。
亮太はこれだから、と言わんばかりの表情を見せつけ説明を始めた。
「なんでもそれは夢に関係する話でな、永廻夢って言うんだけど、その夢を見ると死んでしまうかもしれないらしいんだ」
その話を聞いていた女性陣は怖がり、男性陣は鳥肌を立てていた。明らかに空気の重さが変わった。亮太の話し方が上手いのも関係するかもしれないが。
その場で亮太は止まることなく話を続けた。
「その夢の詳細なんだけど、なんでもその永廻夢っていうのを見ると、なぜかは分からないんだけど1日が繰り返されるんだって。それとその夢にはヒトみたいなものが存在するらしいぞ」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
と宏樹が聞くと亮太は
「そりゃその夢を見ても生きてた人がいるからだよ」
と返した。
この会話が終わってしばらくはこの夢の話で俺らの話題は持ちきりだった。
「……まあ、聞いた話だから信憑性は結構薄いかも」
と亮太はあっけらかんとした言い方で話に区切りをつけた。
そんな態度に男性陣は「怖すぎるわ!」というノリツッコミを入れて各自解散した。
家に着いた俺はとにかく疲れていた。
「朝めっちゃ走ったもんな」
そう思い返しつつ風呂に入り下校での会話を思い出していた。
「亮太のやつ、どこであんな情報仕入れたんだよ」
若干呆れつつ風呂を後にし、夕飯を食べ、ベッドに入って眠りについた。
(そういえば今日母さん残業かな?)
父さんを2年前亡くしてから自分以外誰もいない家で眠りについたのは実に3ヶ月ぶりのことだった。
ーー夢を見た。
顔がない、いや見えない人がこちらに手を振っている。振り返そうとする。でも俺の本能がそれを許してくれない。
でもそれを押しきり遂に俺は手を振り返した。
気づいたら俺はある見慣れた景色の中にいた。
(ここは、学校か?でも学校にしては少しおかしいな?)
「** **かい?」
途切れ途切れになっていて聞き取りづらい。
「も* いいかい?」
(なんだ?「も* いいかい」ってなんだ?)
「ハジメルヨ〜 スタート!!」
子供のような声が学校中に響き渡った。なにかが始まったようだ。とてつもなく嫌な予感がする。そして誰かに見られている気がする。何かが近づいている気がする。
しかし辺りを見回しても何もいない。
少し安心していた。
……否、安心してはいけなかった。警戒を怠った刹那、何者かが背後にいる気配がした。
違和を感じ後ろを振り向いた。
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しかしこれが時すでに遅しというやつだろう。腹の辺りがものすごく熱い、俺は腹の辺りを確認した。
ーーー切られていた。
俺は気づいたときには倒れていて、意識が遠のいていくのを感じていた。
「えっ、やばいやばいやばい、死ぬ、死ぬ?
死死死死死?????怖い怖い怖い……」
……もう声は出なかった。心の声だったようだ。
この異質な世界で俺が最後に見たものは右手に大斧を持ち、「可愛い顔をした」紙袋を被った怪奇な"なにか"だった…………
ーー次の瞬間俺は意識が停止した。
「起きてください、早く、はい!123!!」
俺は変な子供のような声と共に意識を回復させた。ここはとても明るいようだ。まぶたが重い。
「……ここは」
と俺が不思議に思っていると目の前に子供のように背が低い誰かを視認した。そいつを俺はどこかで見たような気がした。
「初めまして、わたくし
『オッズ・ゴルドルド・ビーツ・クラーン』と
申します、名前は長いのでオッズとお呼びください。以後お見知りおきを」
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