バレんたいん
お題
『ねずみ』『いちご』『はさみ』
お湯を沸かしている横で、ビターチョコレートを刻む。
暖房を消しといて正解。チョコレート、これじゃあ熱で溶けちゃうし。
ある程度細かく刻みきったら、プラのボウルに移し、また別のチョコを冷蔵庫から取り出す。
今度は、最近少し賑やかなイチゴチョコレート。
アルミホイルの包みを開くと、可愛らしいピンクのチョコがでてきた。香りもイチゴそのもので、少しもったいないと思いつつ、刻む。そんでさっきと同様、ある程度刻んだら別のプラのボウルに移す。
手の熱で少し溶けたイチゴを舐め、少し顔を綻ばす。
……どうせなら、自分のために作りたいな。
冷蔵庫の冷気を少し浴びて、今度はホワイトチョコレートを取り出す。
また刻んで、ボウルに入れる。
そろそろ沸騰、火を止めておっかなげにお湯を耐熱ガラスのボウルに移す。
湯気がたっている。チョコレートの甘い匂いが辺りに漂っている。
……来年は、自分のために作ろうか?
心の端に書き留めといて、チョコの湯煎を開始した。
〜〜〜〜〜
パッチンと、少し長めに赤いリボンを切って、箱に巻き付けていく。隣でスマホをみつつ。
やっぱり最近のインターネットは便利なもので、『箱 リボン 結び方』とグーグル先生に聞くだけで検索結果に思った通りのものがでてくる。おかげで上手にラッピングが出来た。
まだ部屋が甘い匂いで満たされている。少し息を深く吸って、バレンタイン気分を味わう。
開いてたスマホから着信音とバイブが鳴る。
覗くと、彼からの連絡。
『もうすぐで着くよ』
可愛いねずみのスタンプで『おっけー』と送り、そのままスマホを閉じた。
……もう今日を最後にする気いっぱいで。
とてもじゃないけど、開きっぱなしで彼の連絡を待つ気にはなれなかった。
昨日の夜、金になるものは全部売って、ならないものは全部捨てた。
一緒に行った人気テーマパークで買ったネズミのキャラのペアストラップも、誕生日にもらった高価なネックレスも、彼と作ったアルバムも、鞄も、マグカップも、服も、ゴムも、なんもかんも全部。
もうこの部屋に彼の匂いは残さない。彼の爪痕も残さない。残させもしない。
……私もう君じゃない人好きだから。
その言葉吐いただけで、彼はあっさり引き下がってくれた。一つだけ、バレンタインにチョコが欲しいという要望だけ置いてって。
誰かに見栄でも張りたいのか、それとも単純に、私のお菓子を食べたいのか。
後者だといいなと願いつつ、ぼんやり座って彼を待った。
〜〜〜〜〜
「ごめんね、遅くなっちゃって」
首を振って大丈夫だということを示す。
彼は机の上に置かれた箱に少し視線を送り、コートを脱ぎ、周りを見渡しながら問いかけた。
「で、どうして?」
この場合、どうして別れるの? という質問なんだろう。あっさり承諾したのは君でしょ。
少し苛立ちつつ答える。
「説明をしたじゃん。君が好きじゃない」
「……リズムは大好きなんだけど、それ嘘だよね?」
私のことを彼はじっと見つめてくる。優しい目のような、奥深くで苛立ちがあるような。
でも、そんなので怯まない。
「その自信、一体どこから出てくるの?」
「そうだなぁ……一緒にいた時間かな」
少し詰まる。そっか……付き合ってもう十年も経つもんね。
中学生の文化祭で告られて、そのまま付き合ってきて。
でも、ここで終止符を打ちたい。お願い。
「……お願いを聞いてください。好きならば」
「別れたいってお願い?」
こくりと頷く。
暖房切りっぱなしで正解。そもそも人が一人増えるだけで部屋は僅かに温度が上がるし、頭回すから血がそっちにいって暑く感じる。
「……理由、聞きたいかな」
チョコレートでも食べながら、とようやく口にチョコの話題を出した。
その辺に置きっぱだったハサミでパッチンとリボンを彼は切った。少し彼が動揺したような気がした。
「……赤いリボン、わざと?」
首を振る。彼が何を言いたいのか、私にはイマイチわからない。
「そっか。君だもんね」
そんなこと考えないもんなぁ、とぼやきつつ、彼は箱を開けた。
そこには、市販で売られるには少し不格好な、一口で食べることのできる小洒落たチョコが入っている。手作り。
少し彼の目が輝いた。
……ああやっぱ見栄を張りたいだけなのか。
一枚パシャリとスマホでチョコを撮ってから、静かに手を合わせて食べ始める。
「……苦いね」
それが私の気持ち。
十七の音にいつも乗せてばかりだった、私の少し変わった気持ちの伝え方。
外見はイチゴチョコレートやホワイトチョコレート。中身はビターチョコレート。カカオ多め。さすがにコーティングで苦いのはごまかせないだろう。
「苦いでしょ? それが私の気持ちなの」
「そっか……あっ」
わかったかも、と彼が呟く。
何かを悟られた。伝わってきた。
「……やっぱり別れない」
彼の目に何かが宿っている。チョコを一粒口に放り込んで、やっぱ苦いと呟いて、辺りを見渡し始めた。
「入ったときから思ってたんだ」
「……どうしたの? 違うよ? 私、違うから」
「部屋にものが無さすぎる。最低限にも程があるし、部屋の端にまとまってる紙束も、紐も……繋がったよ」
彼が何かを言っている。耳に入ってこない。
やがて彼は部屋の隅に置いてあった紙の山を崩し始め、数分後にあっと声をあげた。
「……言いたくなかったんだよね」
「なんのこと? わたしちっともわからない」
「どうせ大変だとか、迷惑かけたくないとか、後とかなんとかでしょ」
「なんのこと? わたしちっともわからない」
「君のことは俺が一番理解してるつもりだったんだけどな……どうりで、夏場も長袖ばかりなわけか」
「わかんない、わかんないって、いってるよ」
「手首、みせて」
首を全力で振る。彼が何に気づいたのかわかってる、けどわからない、わかる、わからない、わからない。
手首を思い切り抑える。彼は強行手段に出るつもりはないようで、私を見守っている。
「爪、たてちゃだめ」
優しい声色で私に話しかけてくる。手首にたてかけていた爪も見えていたみたいで……ああやっぱ、彼はなんにも変わってない。
「今、俺は君から離れるべきじゃないって判断した。いい?」
「……わかんない、わからないです、わからない」
「……あのさ」
躁うつ病、でしょ? 紙、山の中から見つけた。
彼の言葉がすっと耳から脳に溶けていく。
心地いいような、心地悪いような。
目を閉じて、彼の声にだけ精神を集中させる。
俺、聞いた事あるよ、その病気。調べたこともある。
まさか、君がなるなんてな……予想外。
部屋、綺麗にしたの、俺と別れるっていう意思表示とも受け取れるけど、この世界とも別れるつもりだったんでしょ? 俺はそう予想した。どう?
赤いリボン……わざとかわざとじゃないか全くわからないけど、それをハサミで切らせるなんて、なかなかなことをさせてくれるね。君は知らんぷりしてたけど。
「ねえ、明日香」
名前を呼ばれて目を開ける。カーテンから漏れる白い光が少し眩しい。
「結婚しようか」
……わけわからない。
「なんでそうなったのかわからないよ」
「リズム崩れたね。可愛い」
「……可愛くはないです、眼科行ってこい」
「夏以降あんま会ってなかったのとかもそれ? 余計追い詰めたかも? 俺の存在」
「……わからない、わからないけど、つらかった」
その言葉につられて、涙が流れた。
彼が私に近づいて、ふんわり抱きしめてくれた。
……君のその温もりにまた浸らせて。
自身が微躁鬱な人間に育ってしまった今読み返すと、かなりとんでもない作品ですね。暖かい目で見てください。
ちなみに一度書き直そうとして失敗しています。やーい。筆力ざーこざーこ。