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もう一度、

お題

『入試頻出漢字がたくさん書かれてる本から』

 君に会う頻度が低くなって、僕の心は浮遊していた。

 ふわふわと、地面に足がつかない状態で、あちらへこちらへ彷徨っては、『やはりこうじゃない』と呟いていた。

 なんで低くなったのか。僕は数式を追究するように、君の心を追究した。

 しかし結論は未だ出ず。

「遠藤くん、このアンケート、集計しといてくれない?」

「……ああ」

 どさりと机の上に置かれた紙の束。ぱたぱたと君ははけていく。

 皆目わからない、とため息をついた。



 生徒会選挙のようだ。

 そういえば君は立候補していた。

 演説で突然扇を出して、踊り始めて、『これ、日本の伝統舞踊なんですよ』なんて言い出して。

 確かに舞台上で舞う君は日光に照らされた塵と相まって美しかったが。

 しかしその後の演説内容も訳わからなかった。

『ぜひあなたたちにご相伴させてほしいです』

『生徒会は生徒を引っ張っていく会だけど、私は生徒の意見を聞いて、それに乗っかっていきたいんです』

『邪智暴虐な、人の声を聞かない人間不信な王ではなく、人々の声を聞いて、求められた願いを叶えていく、そんな感じがいいんです』

『もちろん、生徒会が一番偉いなんて言いません。それでもって、肥大化して、権力も資源も時間も無駄にすることにもしません』

『今よりも格段といい生徒会にすることを私は誓います』

 よく先生、こんな演説でゴーサインだしたな、と一人思っていた。

 一概に一人とは言えないけれど。

 でも君は、自分の意見、自分の未来を、敢然と語っていた。

 援用されていた誰かが書いた物語も、君をより一層輝かせた。



 はて、ここで一つ謎が出来た。

 なぜ君は、選挙管理委員会でない、ただの一般人にこの紙束を渡したのか。

 紙に正の字を大量生産しつつ、ふわふわ考える。

『ユウジじゃん、やっほ』

『ユウジくん、そんなに落胆しないで……』

『エンドウ先輩、責務を怠らないでください』

『ユウジが言い出したんじゃん、バカ』

『エンドウ、お前が女といくらやったなんて興味ねぇんだよ』

『エンドウ、自慢話もそこまでにしとけ』

 エンドウユウジ、エンドウユウジ、エンドウユウジ……。

 誰かが呼んだ心のこもっていない名前が頭の中で繰り返し再生される。

「川崎……」

『エンドウ』

「谷川……」

『ユウジ』

「不信任……」

『ユウジくん』

「……夏目」


「遠藤くん、食品添加物多いお弁当だね、明日から私が作ってあげるね」


「って、中身すごい偏ってる。栄養考えなきゃだよ?」

「……はい」

「自分で作ってるの?」

「……はい」

「えっ、すごいじゃん!」

「……はい?」

 思わず下げていた顔を上げてしまった。

 正面にはやんわり笑っている君の顔があった。

「いや、作ってるっつーか、冷食温めてるだけっつーか……」

「それでも毎朝ちゃんと起きて温められてる、すごいよ」


 よしよし、いい子だ、と頭を撫でられる。


「もう大丈夫だ」

「……うぅ」

 未だ涙目で僕に抱きついている。

 先程出たGは拙速に駆除したが、やはり怖かったらしい。

「もういないよ」

「……本当に?」

「ほんとほんと。ほら、見てごらん」

 まだ顔を上げない。


「ほら、こっちを向いて」


「気持ち悪い」

「顔近づけないで」

「この浮気男」

「そんな私に執念深くついてくる必要性ある?」

「ほら、早く他の女のとこ行けば?」



 帰着した。

 僕の世界は今、恐慌をきたしている。



「よし、あとちょっと……」

 ぺらぺらと意味もなく残り枚数を数えて、ふと違和感を感じた。

 一番後ろにある紙が、今先程まで散々触っていた紙と質が違うのだ。

 気になって取り出すと、白い大きな封筒だった。A4サイズ。

 どこにも何も書かれておらず、封もされていなかった。

 とりあえず開けてみることにする。

 中身は紙が二枚ほど入っていた。

 手を突っ込んで取り出す。

 夕陽が差し込んでくる。

 一枚目を見る。

『遠藤ゆーじの実態!〜浮気は本当なのか!?』

 でかでかとそう書かれていた。

 思わず吹き出す。

 内容は、僕が浮気していたと思われている人物に取材して、遠藤は本当に浮気をしていたと証明したかったようだ。

 あちこちにイラストや色ペンが使われていて、全体的に元気な……君が書いた、という印象を持たせる。

『結論・浮気をしていた!』

 結論もそのようだけれど……。

 少し振り返ってみたが、君に避けられるようになってから女とよく絡んでいたから、なんとも言い難い。

 なぜ彼女は『遠藤は浮気をしている』と思ったのだろうか。

 不思議で仕方がないが、今追い詰めても答えは出ないのでとりあえず二枚目をみる。

 ボールペンで文字が羅列されているだけだった。

『遠藤くんへ』

『お仕事お疲れ様です。後でその結果はシュレッターにかけてください』

『ごめんなさい。仕事はすでに選管の方で終わっています』

『遠藤くんに仕事を押しつけたのは、この手紙をわたすためです』

『ごめんなさい』

『浮気、本当はしてなかったんですね』

 そこで目が止まった。

『浮気、本当はしてなかったんですね』

 一枚目を見ると、『結論・浮気をしていた!』としっかりボールペンで書かれていた。

 この矛盾はなんだ。

 少し先に答えがあるのかと思い、ほんの少し早く目を動かす。

『十一月七日、夜七時ごろ、女性モノのお店であなたがいるところを見ました』

『一人なら声をかけようと思いましたが、その隣には女の人が二人ほどいました』

『しばらく様子を見守っていると、一人の女の人があなたに……しました』

 書くの苦労したんだろうな、この文章、とぼんやりあの日を思い出す。

 そう、女の人は僕の頰にキスをした。

『それから、仲よさそうに話して、ネックレスをたまに女の人につけたりして』

『とても楽しそうでした』

『その様子を見て、とっさに「遠藤くんは浮気してる」と思いました』

 矛盾じゃなかった。時系列の違いだ。

 確かに僕は浮気をしていた。

 しかし、十一月七日は、浮気ではない。

 そう、よくある『僕のお姉さん』オチだ。

『あの女の人二人は誰なのか、探すのに苦労しました』

 あの日以来、君は僕を避けていた。

 だからといって『別れていた』というわけではない。

『あの女の人二人は、あなたのお姉さんたちだったんですね』

『ごめんなさい。ちゃんと聞けばよかった』

 そうすると、あちらこちらへふらふらしていた僕は、『浮気』していた。

『後ろを見てください』

『……』

「……遠藤くん、こっちだよ」

 突然声がした。

 思わず振り返る。

 そこには、夕陽に照らされてどこか神様めいてる君がいた。

「お姉さん、綺麗ですね」

「……あれでも彼氏いない歴年齢だぜ?」

「んーん、お姉さん、理想が高いだけだと思うの」

 目を細めてやんわり笑う。

 いつか見た笑顔そっくりだった。

「ねぇ、遠藤くん」

 綺麗な黒い瞳が僕を捉えて離さない。


「もう一度、やり直しましょう」


 カチッ、とどこかで音がした。



「……で、始めからやり直し、と……」

 セーブをする前にゲームカードを抜いた。

 それから別のゲームカセットを挿入する。


「……さぁて、人生狂わせてあげる」

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