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水槽を眺める者

特にお題はありません。

次に書こうとしている物語の前哨戦的なあれです。


こういうの好きだよねえ自分、とつくづく思います。

 舞台にほんの少ししか立ってないのに。

 なぜかみんな、私の姿を見るとため息をつく。

 私、何もしてないよ。出てきただけだよ。

 そうやって幼馴染に言うと必ず彼女はこう言ってくる。


「それはね、里恵が美しいからだよ」


 だから、本当は舞台になんて立たせたくない。

 私が里恵にスタッフをおすすめしたのはそういう理由だ。

 スタッフなら、暗転中に物を運ぶとか、ほんのちょこっと、脇役中の脇役をやるとか、そんな感じだったから。

 里恵は目立ちたがり屋じゃないし、私のこと信用してくれてるし。


「ほんっと、好きだなぁ」


 誰のことを言ってるんだろうって最初思って、聞いてみたら「里恵のこと」って返ってきた。

 古平さんか。ぼそりと呟くと美鳥は「はるひが苗字呼びしてるのって里恵だけだよねぇ」と苦笑いした。

 そりゃそうだ。自分の恋している相手が恋しているのが古平なんだ。

 どんなに私がアプローチしたからって、彼は振り向いてくれない。


「かけるせんぱぁい、前から聞きたかったんですけどぉ、なんで金髪なんですかぁ?」


 ああ、これ? と髪の毛を少しいじる。そうですそうですと全力で頷く。

 長いポニーテールも激しく揺れる。

 ふと、この間体育で見た彼女のポニテ姿を思い出した。

 いつもおろしてる髪の毛を珍しくあげてて、皆瀬と仲良く喋っていて……。


「好きな女の子に振り向いてほしいからかな」


 そうやって翔瑠くん……碧山先輩は言った。

 最初は僕の一目惚れ。じゃあ俺が彼女の友達落とすから、お前は安心して恋していいよ、とか言われた。

 でも碧山先輩はそのまま古平さんに惚れた。

 僕は皆瀬さんに惚れた。


「紫月くん、この衣装さ……」


 凄凄切切。普段は隣で、二人一緒に笑ってるのに。今は遠いところにいる。

 分かっている。あれは仕事。部活動中も僕の隣にいるとも限らない。

 帰り道も、隣には彼女の幼馴染がいる。

 意気消沈。目の前の台本すら読み上げる気力が起きない。


「元気がなさそうだね」


 落ち込んでいる深尾詠二を見つけた。これはきっと、皆瀬美鳥関連。そして理由もくだらない。

 知らないのかな、皆瀬美鳥は古平里恵が好き。百合の花の蕾がある、なんて。

 古平里恵はその辺に興味なさそうだけど。

 なんだか可哀想な一方通行だねぇ。


「何があったのか話してごらん」


 そうやってぽつりぽつり話し始める人を見た。

 なるほど、落ち込んでる時に寄り添ってあげるとああやって話してくれるんだな。

 ちょうどいい、なんだか彼女もこの間元気がなかったし、少しだけ話しかけてみようかな。

 もしもし、この電話の先にいるのは八城四季さんですか、なんて。


「おっと左腕が疼く」


 突然疼かせんなよっていうかお前それが厨二病だと思ってる? お前いつもそれしか言ってないよなと心の中で彼を責める。

 というかなんだよ豊崎庵夏って。いおなだよいおな、女子かよお前。親の命名センスなさすぎ。

 変な名前つけるから子供は左手が疼いてばかりなんだよ、と会ったこともない人も責める。

 でも責めたくなるのはこいつとこいつの家族だけ、他の人たちの前ではいい子になってたり元気になってたり……。


「そりゃ、自分を変えれば溶け込めるもんね」


 でも溶け込んだとしても私より人気じゃない。私より有名じゃない。

 あの人は「人気者な可愛い女の子」が好きだって、高輪が言ってたし。

 それってつまり私のことでしょ。ほぉら、あなたに勝ち目はない。

 とっとと諦めていなくなればいいのに。


「あっ、翔瑠くん! 今日の髪型もかっこいいね!」


 若い子って元気だなぁ……負けてられねぇな、とお茶を一気飲みする。

 休憩時間なのに休憩してない奴らがたくさん。恋に休みはねぇな。

 俺も若い頃は恋愛にばかり夢中になってたなぁなんて。

 独身男性三十代、現在交際相手おらず、演劇に浸る日々。


「さぁみんな、稽古始めるわよぉ」


 高くて響いてかつ元気で、三十代とは思えないその若々しい見た目。

 先生がオネエさんになる確率は七十パーセント、男らしい先生になる確率は十五パーセント、残りの十五パーセントは素。

 私は何も偽らない先生が好きですが、オネエさんでも男の人でもなんでも、先生ならば好きですよ、なんてね。

 もともとこの恋は成就するわけない。だからさっさと諦めればいいのに、私。


「ほらみんな、早く動いてー」


 パンパンと手を鳴らす新部長、明島真子。それに便乗して僕も男子を中心に声をかける。

 じっと鈴華ちゃんが僕のことを見つめていた気がする。

 たまにこういうことがある。ちょっと人気らしい。美少年だとかなんだとか。

 前に彼女に褒められた気がするが、君に褒めてもらいたいわけじゃない。


「次鈴華ちゃんも出るシーンだよね、変な争いしてないで戻っておいで」


 変な争いだなんて失礼な、と思わず先輩に噛み付く。でも先輩は苦笑いしてはけてしまった。

 しょんぼりしていたら隣から「早くいきな」と怒られた。

 うるさいな、あんたの目と脳みそじゃあ今のはただの先輩と後輩の会話だろうけど、あたしからしたらそうじゃないんだ。

 あたしと先輩の、大切な思い出の一欠片なんだよ。


「あんたの知らない情報、あたしだって持ってるんだからっ!」


 それはもしかして高輪が風美先輩のこと好きだとか、高輪は風美先輩と付き合ってるって勘違いしてるとか、その辺?

 なら俺その情報持ってるんだけど。この銭形にかかればこんな情報簡単に手に入る。

 けど、正直手に入れたくはなかった。

 自ら手に入れた情報で、失恋だけはしたくなかった。


「それでもまだ好きなんだよなぁ」


 そうやって呟いた声を拾ってしまった。

 誰か一人に執着する気持ちはいまいち理解できない。

 女なんてコロコロ変わるもの。俺の辞書にはそう書いてある。

 一回きりの関係とか、何度あったことか。


「さてお嬢様、今日はどの程度髪を乱れさせますか?」


 うーんと悩む彼女の髪に触れる。

 丁寧に三つ編みハーフアップされた髪をほどき、綺麗な髪を自分の手で絡ませていく。

 どんどん乱れて汚くなっていく髪の毛に、わずかな興奮を覚える。

 長部はどれだけの女性の髪を乱してきたんだろう。


「じゃあ、昨日よりも派手に乱してください」


 そうしたら桜はどんな反応をするかしら。驚く? かわいいって褒めてくれる? それとも、そんなに乱れちゃっていいのって聞いてくる?

 どれにせよ桜はかわいらしい。見た目の愛くるしいこと他にない。

 手持ちの鏡に髪の乱れた女が写っている。ああ、これが私なのね。

 髪のセットをしてくれた黒に感謝を伝えて、桜の元へ駆け寄る。


「なんかすごい乱れようだね……って、なんで毎回髪の毛セットしてるの?」


 そう伝えると黒に毎回やってもらってるの、と髪の間から嬉しそうな表情が見えた。

 ……最近星蘭と会話が成り立たないことが多い。

 今私なんで毎回セットしてるのって聞いたよね、誰にやってもらったのとは聞いてないはずなんだけどなぁ。

 私の声が聞こえてないのかなぁ、とため息をつく。


「あら? ため息つくなんてどうしたの? もしかして私悪いことした?」


 ほほう、あいつが今長部が気に入ってるやつか。落としたいとかぼやいてた。

 なんで落としたいのかは知らないけど。

 でもなんだか、最近あいつの話が多い気がする。

 なぁ、そう思うよなお前も、と声をかける。


「ちょっと待って、話が読めない」


 たまにこうやって突然話を振ってくるこいつは生まれた時からの幼馴染。

 しかも俺は白川、こいつは白浜、二人合わせて川浜コンビだ。

 ただ、性格はそこまで似ているわけじゃない。

 なんでこうも名字が少し似てるってだけでコンビにされるのかなぁ。


「こらこらみんな、高尾お母さん登場シーンからやるわよぉ〜」


 十人十色の返事が返ってくる。その様子を眺める私。

 幻想妄想大歓迎、個性だらけのこの空間。

 想像も創造も私がした。

 あとはどうにかしてください、とそっと世界を手放した。

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