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雨上がり

お題

「柵」「虹」「ベル」

 最近布団の中に入って目を閉じると、いつも彼を思い出す。

 意識して考えているわけじゃないけれど、毎日飽きずに思い出し、毎日飽きずに枕を濡らす。

 いい思い出を思い出すときもある。そういう日はいつもの倍涙が出る。

 あの頃は幸せだったなぁ……って。

 怖いよね、過去の自分は今の自分がこんなにも悲しんでいるなんて知らないからさ、思い出の中の自分ってずっと笑ってるんだよね。いや、泣いたことも怒ったこともあるけど、最後には必ず笑ってるんだ。

 こんな結末を迎えるとも知らずに、さ。


「はぁ……」


 そういうことを考えると余計悲しくなる。それはわかってる。でも考えずにいられない。


 今日も枕に顔を埋めて、悲しい夜が明ける前に寝れると信じて泣いている。




『雨上がり 虹も消えたら 傘を閉じ 涙乾かし 挨拶しよう』


 ノートに丁寧に書かれた三十一字を指で指しつつ、友人はキラキラした目でこちらを見てきた。


「ねぇ、これ上手いと思わない?」

「……よくわかんないけどいいと思うようん」


 だよねだよね〜、と嬉しそうにノートを眺める友人……倉島沙鳥。よく見るとそのノートは数学のノートだった。ていうか見た感じ板書してなかったし大丈夫なのか……?


「あ、そうそう、さっきのノート見せてくれない?」

「……はぁ」

「この短歌にあたし感動しちゃってさ〜、そのあとしばーらくこの思った以上の出来栄えに感動して感動してしまくってたら、いつのまにか……チャイムが鳴ってて」


 とか言ってるけど結局ノート見せても見せなくても沙鳥は根本的に頭がいいのか教科書を代わりに読んでいるのか知らないがテストでいい点数を取ってくる。

 そして、ノートをとっているだけの私は点数が悪い……と。こりゃあ彼氏に捨てられるねぇ。

 ……あーほらまたちょっと涙が出てきそうになるじゃん。


「ねぇみせてよマイハニー、お願いお願い!」

「……なんかいろいろ混ざってるけど」

「見せてくれるならあたしなんでもする、なんでもするからお願いあたしこの範囲嫌いなの〜」

「……はいはい」


 呆れたような顔をして、鞄にしまった数学のノートを取り出す。それを沙鳥に渡して、しっしと手で追いやる。嬉しそうな顔していなくなったし、多分少し涙ぐんだのはばれてない。

 落ち着け私、落ち着け……彼氏のことなんて考えない。次の授業は国語か。国語のノートちょっと大きくて面倒なんだよね、そうそう、普通のノートじゃプリント貼れないからって、彼氏と一緒に買いに行って……。

 ああ、だめだ、思い出を振り返るなんてだめだ。生活に彼氏が染み付いてたから、もう、だめだ。

 どうせ突っ伏して寝ようとしたらまた彼氏が意地悪する。なら、ちょっと沙鳥にちょっかいを出しにでも行こうか。

 ちょっかいか。ちょっかいっていってもなにしようか。髪の毛いじろうか。ちょっとふわってしてて気持ちいいもんな、肩下までちょっと届かないくらいのボブでさ、長くも短くもない可愛い長さ……って、彼氏の受け売りなんだけど……な。

 ……はぁ。どこまで彼氏はつきまとってくるのかな。いつまで私は涙を流せばいいのかな。


 彼氏と別れて以来、私は髪を伸ばしている。

 彼氏の好きな長くも短くもない可愛い長さではなく、肩甲骨下に届くような長さまで。

 ……悲しみがなくなるまで、ずっと。




 必死に数学のノートを写している沙鳥の髪の毛の先端をちょんちょんといじってみた。

 振り返ろうともせずに沙鳥が話しかけてきた。


「お、どーした桜花……いや、姫、どうなされましたか?」

「……姫じゃないんだけどまいっか」


 あ、申し遅れました私は鶴見桜花です。桜の花と書いておうか。おお、私は王か……いえ、姫ですよ。いやだから姫じゃなくて桜花。いや王じゃなくて……ややこしい。

 ていうか、なんで私が触ったってわかったんだろう。ちょっと怖い。

 スラスラとノートを写し、ちょっと計算しながらこちらを振り向かずにまた話す。


「間違えた、王様、何なりと申しつけください」

「……沙鳥も王様いじりするのね、全く」


 ……そういえば彼氏も桜花っておうって音が入ってるから王様みたいだよな〜、王様王様〜って、いじってきたなぁ。


「……も?」

「いやぁ、彼氏にも同じこと言われたからさ〜」


 ……改めて彼氏って口に出すと心が痛む。

 今はもう元彼氏だから違うんだけど。でも元彼氏って考える方がもっと痛くなるし泣きそうになる。

 だからまだ彼……夕凪時雨のことを彼氏と呼ぶ。笑顔で。泣かないように、意地はって。


「へぇ……」


 意味ありげに、でも素っ気なさげに沙鳥がつぶやく。何か探っているのだろうか。それとも何か知っていて、不審に思っているのだろうか。答えはわからない。

 国語の先生が教室に入ってくるのが見えたので、沙鳥の髪から手を離すことにした。

 手先にはふんわりと花の香りがした。

 ……花のことも、彼氏は詳しかったな。


 雨に濡らされた花は、いつになれば乾くのだろうか。

 一日、一週間、一ヶ月……まだ乾かないのか。




 授業が終わって放課後、部活動休業日なんていう市が勝手に設定した休みに甘えて、今日は早く家に帰って早めにご飯食べて早めに寝よう。眠くても昼寝はしないようにしよう。彼氏が夢の中に出てきたら困るから。

 ……と思っていたのだけれど。


「……はぁ」

「お茶は満足できる味でしたか? 姫さま」

「……あ、うん、美味しいねこのお茶」


 なぜ私は沙鳥の家でお茶を飲んでいるのだろう。しかも目の前でこう、さっさっさって、茶道部がやってるみたいなのされて。


「で、なんで連れ去られたのか知りたい……そんな目をしているねぇマイフィアンセ」

「なんかレベル上がったね」


 なんのことかな、と小首を傾げる沙鳥。ああ確かに可愛いな、この長さで小首を傾げられると。


「まぁ……あ、鞄あっちだ、ちょっと取ってくるね」

「あ、うん」


 ぱたぱたと去って行く。その背中を見送って、一人ため息をつく。

 彼氏が染み付いて乾かないんだよね、その染み付いてた分今泣いてるのかな。なんて。よくわからないね。

 畳とお茶の匂いが充満する部屋の中で、わけのわからない考え事をする。こういうのが好きなのは私じゃなくて沙鳥だと思うんだけどな。

 静かに時が流れる。小鳥のさえずりが聞こえる。風が吹いた音、木の葉が擦れ合う音も聞こえる。

 ていうか沙鳥遅い。入るときにちょっと思ったけどこのお家広すぎやしないか。どこからも物音がしない。


「……ほんっと、浄化される感じがあるわぁ」


 浄化っていっても、完璧に浄化はされないしそもそもそんな効果があるのか知らないけど。


 いっそ大雨に打たれてなにが悲しいのか忘れようか。




 どこからか鈴の音がする。鈴? ベル? まあどっちでもいい。

 りりんりりん……と、聞きなれた音が遠くから聞こえる。


「……時雨」


 ぼそりとつぶやく。そう、時雨の鞄には鈴がついていた。

 近づいてくるとすぐわかる。場所を教えてるもんなんだって最後まで気づかなかったなぁ。

 別れを告げられた日の帰り道も、先にどこかで待ち伏せして、鈴の音が遠くから聞こえたら息を潜めて気配を消して。通り過ぎたら後ろから驚かして。苦笑いされたな。

 そうやって普通に日常が回って行くものなんだと思ってたんだけどな。なんでこうなっちゃったんだろう。どこで間違えたんだろう。

 ぽつりぽつり、涙がまた溢れ出てくる……ほら、そうやって彼氏のこと考えるから。

 鼻水をすする。すすって、誰もいないことをいいことに嗚咽を漏らす。

 ああほらそうやってまだ泣く。きりもなく泣く。


「……桜花?」


 襖の開く音に続いて沙鳥の声が聞こえた。出かけた嗚咽をなんとか飲み込んで、沙鳥に背を向ける。


「桜花、私、なんであの短歌で感動してたか知ってる?」

「……知らない」


 出てきた声は最高に可愛くなかった。ずびっと鼻をすする。涙を袖で拭く。濡れたシャツが冷たい。

 ドスンという鞄を置いた音とともに鈴の音も聞こえる。なるほど、あれは彼氏の鞄の音ではなくて沙鳥の鞄の音だったのか。


「雨上がり 虹も消えたら 傘を閉じ 涙乾かし 挨拶しよう……って、完璧に桜花の状況じゃん」

「……よくわからない」


 あぁもう、説明するのが面倒だなぁ、とため息をつく沙鳥。小鳥が飛び去っていった音がした。


「『雨上がり』は今の状況。『虹も消えたら』はその嘘みたいな笑い。強がって、笑って、私は大丈夫ですよアピール。『傘を閉じ』は今まで傘についてた雫を払う……ちょっとここは考える余地があるけどね。『涙乾かし』は傘の下にあった顔だよ、傘を持っていた自分自身の中の雫を全部出して乾かして、『挨拶しよう』は……ほら、また元に戻るって話ですよ。誰だってちょっとした日常会話、挨拶から関わりは始まって行くでしょう? ちょっと特殊なのは置いといて。ほら、私上手じゃない?」

「……そうだね?」

「さっきみたいに褒めてよ」

「うん、すごい上手……まだ涙は乾かないかな」


 くるりと向きを変えて沙鳥の方を見る。多分かなりひどい顔なんだろう、ちょっとちょっとと、ポケットの中からハンカチとティッシュを取り出して拭き始める。お母さんか。

 そうやってお母さんみたいな行動が一通り終わってから苦笑いをする。


「さて、挨拶できたらちゃんと報告してね?」

「……うん、今はまだできないけど」


 あはは、と二人揃って笑う。

 笑い声は風に連れ去られて、やがて空気の中に溶けていった。





 鈴の音が遠くから聞こえる。間違いない。これはあの人の鈴の音。

 くるりと振り返ってみる。隣に女の子はいない。よし。

 目には涙ではなく笑顔が浮かんでいる。大丈夫、笑ってる。

 髪の毛が風になびく。前髪を片手で抑えつつ、あの人の方を見て、そろそろ声の届く範囲に入ってきたことを確認する。

 何やら怪しげな顔をしている。そりゃあそうだろう、つい最近まで考えることが苦痛だったんだから、実物なんて真正面から見れるわけない。

 ほら、日常を突然壊される感じ、時雨にも教えてあげるよ、みたいな。沙鳥が言えばいいと言っていた。別に言う気はないけど、でも、日常が変わるのはいい方に進めば楽しみで、悪い方に進めば怖いんだって、教えてあげる。

 もういいかな。


「おはよ、元気にしてた? 時雨」


 髪の毛が長くても、可愛く見えてますか、時雨。

柵要素はどこかって?

直接的な表現はしてないけどね、ほんのり、これは柵といってもいいって感じのものはあるからいい。

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