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朝焼けにおやすみ

お題


「ケチャップ」「夜明け」

 結局、家に着いたのは夜が明ける前だった。

 同棲中の彼女を起こさないようにそぅっと玄関のドアを閉めて、忍び足でリビングへと向かう。


「ただいまぁ……」


 リビングのドアを開けると、机の上にラップのかけられたご飯が目に付いた。台所の方を見ると、食器等が洗われた形跡がある。


『料理? ぜんっぜんできないよ、女なのに作れなくてどうすんだーって感じよね』

『あたし、洗い物苦手なんよね〜。どうしても時間かかっちゃってさ』


 ぽんぽん、といくつかの思い出が顔を出す。ふわぁ、と一つあくびをしつつ、彼女が起きてきたらありったけ褒めることを決意。どうすれば喜ぶかなぁ、と考えながら、自分の部屋のドアを開ける。


 そこには、寝ているはずの彼女が、薄明るい部屋の中で、パソコンとにらめっこしていた。


「〜♪」


 さらに小さな鼻歌付き。彼女の鼻歌久々に聞くなぁ、と呑気な自分がぼやく。

 スマホで時間を見てみる。もう朝の六時前。

 ……さすがに早起きしただけだよな? 過保護な自分が呟く。


「ただいま」


 肩を軽くトントン、と叩く。

 ひっ、と高い声を上げ、瞬きの間にパソコンをいじり、シャットダウンしている画面を背景に彼女は振り返った。


「お、おかえりっ」


 ただいま、と再び軽く返す。

 パチンと部屋の電気を付けると、彼女は眩しそうに目を細めた。その下には、隈が居座っている。

 ……こりゃオールしたな。先に寝とけと伝えたはずなのに。

 自分が何を言うか迷っていた間に、居心地の悪さを感じたのか、彼女は「あー」と小さく呟いた。話題を探しているようだ。


「ごはん作っといたよ、きみが帰ってくるの遅いから、冷めちゃっただろうけど……」

「んーん、大丈夫だよ。ありがと」


 彼女の髪をくしゃりと撫でる。少し照れたように俯くところが、また可愛らしい。


「……あ、温めとこうか?」


 思い立ったようにぴょんと椅子から飛び降り、聞いてくる。

 少し悩んで、よろしくとお願いした。

 彼女は喜んで動き始めた。その間に自分は部屋着へと着替える。


「……あれ」


 しかし、いくら探しても部屋着セットに入っているパーカーが見当たらない。少し漁られた形跡があるなぁとは思ったけれど……。

 ふんふふん、と電子レンジの前で鼻歌を歌う彼女の方に目線をやる。自分より一回り小さな彼女は、ピッタリ合う服がなかなかないらしく、特に部屋着はダボっとしたもので妥協しているらしい。

 となると、今着ているパーカーは……と思ったところで、突然鼻歌が消えた。

 それから思い出したかのように袖口を口の辺りに持っていき、すうっと大きく鼻で息を吸い込み、ふぅ、と吐き出す。どこか満足気な表情を見せて、鼻歌の続きを歌い始めた。


「……全くもう」


 上機嫌な彼女の横顔に免じて、全部許すか、と甘い自分がため息をついた。


  ◇◆◇


「はいっ、オムライス! 今日だけ何か描いてあげましょう!」

「それ毎回やってるよね……」


 ふふん、と彼女がどこか誇らしげにケチャップでハートマークを描く。中を塗りつぶそうとした手を止めて、オムライスを受け取る。


「待って待って? ここからが大事なところでしょ!?」

「え、中塗りつぶすのが……?」

「え、塗らない? それだけで足りるの? ありえなくない?」

「ありえないのはそっちでは……」


 むぅ、と唸りながらも、手はケチャップを片付けている。素直な子だ。

 それにしても、彼女もオムライスを食べたのだろうか。だとして、どのくらいの量のケチャップをかけたのだろうか。

 ……不安だ。


「はい、スプーン」


 そんなことを考えている間に、用意してくれたらしい。柄の方で頬をつつかれる。金属の冷たさが、心地いいような、よくないような。

 すっと右手を出すと、何を言わずともスプーンを乗せられる。受け取ってすぐ、スプーンの背の方でケチャップを塗り広げようとしたら、止められた。


「お……美味しくなぁれ、もえもえきゅん……」


 ……。

 二人の間に沈黙が流れる。互いに色々考えて色々悩んで、何もできずにいた。

 結局、思考煩悩諸々を一旦全部投げ捨てて、己の空腹に身を任せることに。


「いただきます」

「……どぞ」


 給仕人のように立っている彼女を尻目に、ケチャップを全体に塗り広げる。

 カチャン、と食器とスプーンがぶつかる音。すくって一口運び、咀嚼する。


「うん、おいしい」


 均等に混ざっていないケチャップライスに、ところどころ破けた卵。出来たてのほくほく感がないのも……早く帰ってきたかった。それもこれも全て、二次会三次会とぐいぐい引っ張るあの同僚のせい……。


「……きみより上手に作れなくて、ごめんね」


 苦笑いをしながら謝られる。とうの昔に聞き飽きた台詞だ。


「謝ることないでしょ。日々成長してるんだから」

「お世辞じゃないですかあらやだー……」


 目を逸らされる。この返答は珍しい。

 今の時代、男が料理上手かろうが、女が料理上手かろうが、別になんだっていいように思える、のに、どうしてそんなに引け目を感じているのだろう。

 まあ、きっと、起きてる間に変なネットの意見でも聞いてしまったんだろうな。彼女は素直な子だから。

 と、いうか。


「そもそも、何も僕より上手く作らなくてもいいじゃないか」

「……人間としてだめじゃない? それって」


 頭を抱えられる。可愛いね。

 その小さな体に、不安とか責任とか、見栄とかなんとか、色んなものを目一杯詰め込んで、色んな誘惑に耐えたり、耐えなかったりしているきみが、とっても。


「だめになってくれていいんだよ」

「よくないでしょ」

「いいんだよ」


 うんと甘い目で彼女のことを見つめる。彼女は頬を薄ら赤くしながら、目をぎゅっと閉じたり頭を抱えたり、顔を揉んだり手をいじったり、忙しそうにしていたが。


「……そう」


 やがて諦めたようにため息をつき、椅子に座った。


 外から雀の鳴き声が聞こえる。

 開きっぱなしの自室のドアから、橙色の眩しい光が差し込んでくる。


「……帰ってくるの、遅すぎね」


 彼女がそっぽを向きながら、独り言みたいに呟いた。


「それは、すみません……」

「楽しかったっすか? 同僚さんとの飲み」

「まあ、そりゃあ」

「なるほど、あたしと飲むより楽しい、と」

「んなこと言ってないだろ」

「あはは、冗談ですよ」


 からからと笑われる。

 しかしだいぶ眠たいらしい、目が普段の半分も開いていない。


「これ食べたら一眠りしますか」


 提案を持ちかけると、唸るような返事をされた。なんでそんな眠いのに起きてんだよ……。


「でもまあだ寝たくないよ」


 机に突っ伏す姿勢を取りながらも、甘ったれたことを甘ったれた声で言っている。


「寝たくなくても寝なきゃでしょ、あんた今日バイトじゃないの?」

「バ先がばくはつするに一億票〜」

「しないから」

「うぇー……」


 今日こそすると思うんだけどなー、とかぼやいているのを無視して、スプーンをせっせこ動かす。

 もう早く食べて早く寝よう。それが一番だ。多分。

後に『色相夫婦』と題して短編集化された作品の手直し版です。

シリーズ(と称すにはあまりにも未熟)はカクヨムにて掲載されています。

(https://kakuyomu.jp/works/16816927859268447335)

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