梅雨
お題
「雨が憂鬱」
雨は憂鬱だ。
ぼんやりと暗い空き教室。肌にまとわりつくじっとりとした空気。決して爽快とは言えない景色を、ぼうっと眺めて、目を閉じる。椅子を引いて腕を枕にして、息を潜めると、静かに降っている雨音がくっきりと聞こえた。
放課後にしては学校全体が静まり返っているのは、きっとやっぱり雨のせいだ。普段ならこの教室でも、グラウンドから運動部の声が聞こえてくる。やー、だの、なんだの。部外者にはちゃんと聞き取れないそれは、きっと彼らには通じているのだろう。
俺の所属している部活――演劇部の声も、他人にはただの呪文にしか聞こえないはずだ。
演劇部。
なんで俺は今、逃げているのだろうか。
……雨は憂鬱だ。寝ても醒めても青空の見えない空は、自分の心に負の感情を与えていく。俺にだけじゃない、皆に。
だからきっと、これは雨のせいだ。
雨音は変わることなく、ただ静かに響いている。空間を満たしている。それが心地良い子守唄のように聞こえてきて、思考もだんだんあやふやになってくる。
空気と自分の境界線が曖昧になって、このまま溶けて消えてしまえたら。
……不意に、階段を登ってくる足音が一つ、聞こえてきた。それは徐々にこの階へ近づいてきている。
ああ、もしかしてお迎えか。迎えられるほど自分が演劇部に必要とされているのか、考えたらキリがなさそうなのでやめた。
足音は、自分のいる教室の前で止まった。
それから少しして、ドアは開けられた。
「……うん、やっぱりきみなんだね」
「……ゆうが『探しておいで』と相変わらず言うので」
無表情でこちらを見据える後輩。その黒髪に、青空を閉じ込めたような瞳は、初対面の人に冷たい印象を与えるだろう。
でも、違う。確かに人見知りで、恥ずかしがり屋だけれど、舞台に立てばそんな自分を置いて何かに没頭する。何かが乗り移ったようなその演技は、観客を惹き付けて離さない。
「……先輩?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事」
首を傾げた後輩へ、曖昧に笑ってみせる。
それでも彼女は、そのドアのレールを乗り越えずに、ずっとその場で佇んでいる。それが心地良かった。心地良いから、今までずっとたくさん、いらないことを聞かせてきた。彼女はいつでも相槌を打つだけで、何も聞いてはこなかった。
雨音が響く。暗い中でも彼女の瞳は、青く光り輝いている。
それが酷く綺麗で、なぜだか縋りたくなるような感じで――
「……あの、せんぱ」
「ごめん、何も言わないで」
腕の中にある温もりと、耳元で聞こえる呼吸音。
誰かがどこかで叫んでいる。違うんだ、それは僕の求めてる色じゃない。でもそんなことは知ったものか。
「……ごめんね」
誰に謝るでもない声は、その場に漂って、やがて消えた。