表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

梅雨

お題


「雨が憂鬱」

 雨は憂鬱だ。

 ぼんやりと暗い空き教室。肌にまとわりつくじっとりとした空気。決して爽快とは言えない景色を、ぼうっと眺めて、目を閉じる。椅子を引いて腕を枕にして、息を潜めると、静かに降っている雨音がくっきりと聞こえた。


 放課後にしては学校全体が静まり返っているのは、きっとやっぱり雨のせいだ。普段ならこの教室でも、グラウンドから運動部の声が聞こえてくる。やー、だの、なんだの。部外者にはちゃんと聞き取れないそれは、きっと彼らには通じているのだろう。

 俺の所属している部活――演劇部の声も、他人にはただの呪文にしか聞こえないはずだ。


 演劇部。

 なんで俺は今、逃げているのだろうか。


 ……雨は憂鬱だ。寝ても醒めても青空の見えない空は、自分の心に負の感情を与えていく。俺にだけじゃない、皆に。

 だからきっと、これは雨のせいだ。


 雨音は変わることなく、ただ静かに響いている。空間を満たしている。それが心地良い子守唄のように聞こえてきて、思考もだんだんあやふやになってくる。

 空気と自分の境界線が曖昧になって、このまま溶けて消えてしまえたら。


 ……不意に、階段を登ってくる足音が一つ、聞こえてきた。それは徐々にこの階へ近づいてきている。

 ああ、もしかしてお迎えか。迎えられるほど自分が演劇部に必要とされているのか、考えたらキリがなさそうなのでやめた。


 足音は、自分のいる教室の前で止まった。

 それから少しして、ドアは開けられた。


「……うん、やっぱりきみなんだね」

「……ゆうが『探しておいで』と相変わらず言うので」


 無表情でこちらを見据える後輩。その黒髪に、青空を閉じ込めたような瞳は、初対面の人に冷たい印象を与えるだろう。

 でも、違う。確かに人見知りで、恥ずかしがり屋だけれど、舞台に立てばそんな自分を置いて何かに没頭する。何かが乗り移ったようなその演技は、観客を惹き付けて離さない。


「……先輩?」

「ああ、ごめん。ちょっと考え事」


 首を傾げた後輩へ、曖昧に笑ってみせる。

 それでも彼女は、そのドアのレールを乗り越えずに、ずっとその場で佇んでいる。それが心地良かった。心地良いから、今までずっとたくさん、いらないことを聞かせてきた。彼女はいつでも相槌を打つだけで、何も聞いてはこなかった。


 雨音が響く。暗い中でも彼女の瞳は、青く光り輝いている。

 それが酷く綺麗で、なぜだか縋りたくなるような感じで――


「……あの、せんぱ」

「ごめん、何も言わないで」


 腕の中にある温もりと、耳元で聞こえる呼吸音。

 誰かがどこかで叫んでいる。違うんだ、それは僕の求めてる色じゃない。でもそんなことは知ったものか。


「……ごめんね」


 誰に謝るでもない声は、その場に漂って、やがて消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ