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はるのひとときを冬だって。

お題


「青いライト」「時間切れ」

(2020/09/21最終執筆)

 カレン @Krnswmr・0秒

 例えば「時間だ、答えを聞こう」ときたら「バルス」一択。でも、「バルス」ときたら「目がああああああああぁぁぁ」と叫ぶ。「目がああああああああぁぁぁ」ときたら「バルス」を唱えてる。


 つまりそういうことなんだよね。私って。

 はぁ。


  ー ー ー ー


 しめじくん、変換機能流石だなあと感心しつつ、スマホの画面を切る。

 表面汚いなぁ、と思ったところで特に行動には移さないのが私だ。そっとスマホをポケットの中にしまう。歩きスマホはよくないんだけどね。

 ふう、と一つ息をついてリュックを軽く背負い直すと、二の腕の辺りを集中的に叩かれた。

 ……はぁ、と盛大にため息をつく。


「そんな叩かなくても──」

「みてみてかれんっ! これすっごいかわいくない?」


 ばばーんと効果音付きで彼女のスマホが向けられる。ケースについている猫のストラップが音を立てた。

 画面にはピンクを基調とした花柄のワンピースを着た女性が映っている。


「……そうだね、このピンク色ははるかに似合いそうだよ」

「えっ! なんで着てみたいって思ったのばれてるの!?」


 ひどく驚かれた。

 その反応の方が私的には驚きなんだけどなー。口には出さないけど。

 でも……とちらりと隣を歩く彼女を見る。

 茶色気を帯びたふわふわの髪に、垂れた目に、色白の肌に、小さな背丈。

 その小さな口から出てくる言葉はまるで、春の温かな日差しを浴びながら昼寝した時に見る夢のような、曖昧なものだけど幸せな気分に浸れるものだ。声もそれに見合う柔らかさと温かさで、なんというか……。

 ……うん。とてもかわいい。


「でもねー、調べたんだけどねー、私に合うサイズがなくってさぁ」

「背が小さいからだね」

「うぐっ……」


 ぐさっ、と腹を刺されたような演技をされる。さすがは演劇部内で主演キャストをよくかっさらってく人。素直に上手い。

 ただ倒れるところまでやらなくていいのに。ため息を一つついて、そっと手を差し伸べる。

 はるかはふんわり微笑んで、小さな手を私の手に乗せた。


「かれんは優しいね」


 手をぎゅっと握られる。


「……そういうこと、誰彼構わず言っちゃダメだからね」


 力をこめてぐいっと引っ張り上げ、手を離してぱんぱんとはらう。

 さ、行くよと声をかけ、何歩か歩いたがはるかが着いてこない。

 仕方なく後ろを振り返ると、ぽかんとした顔で突っ立っているはるかがいた。その頬には石ころが一つ付いている。


「……置いてくよ?」

「かれんって、ま〜くんみたいだね」


 ま〜くん。無意識に肩を驚かす。眉を一瞬ひそめかけたが、我慢する。

 ま〜くん。野球選手でもゲームのキャラでもない。本名が相田正人……でかくてうるさくて眼鏡かけてる、はるかの……はぁ。彼氏だ。

 要するにはるかは、私(香蓮)イコール相田と言いたいんだろう。勝手に重ねんな。全然イコールじゃない。まず性別違うし。身長違うし。脳みそも利き手もバストも髪の長さも成績も全然違うって。

 ……と、はるかの後ろから何やら巨人が走ってくるのが見えた。ものすごい足音を立てている。


「だってさ、優しくしてくれるのもそうだし、私のお話に付き合ってくれたりさ、小芝居にも付き合ってくれたり──」


「は〜るちゃん!」

「ひゃっ!?」


 女子っぽい悲鳴をあげてはるかは巨人に包まれる。言わばバックハグ。

 舞台で使う小道具全部本物だったら今ここでこの男を殺れるのになぁとほんのり思いつつ、くるりと振り返って私の向かうべき方向へ歩き始める。


「んもう、急にきたらびっくりするの!」

「ありゃ、申し訳ないね……お詫びのぎゅ〜っ!」

「ひゃうぅ……ま〜くんのばか〜!」


 だんだんと声が遠くなる。くせに何を喋っているのか聞き取れるのはさすが演劇部といったところだろう。日頃から声を通すな。てか道中でイチャつくな。

 はぁ、と盛大なため息をついた。


「こういうの、邪魔しないほうがいい事はわかってんだけどねぇ……」


  ー ー ー ー


 あいまさ @Aimasa0212・0秒

 もう彼女の隣にいなくて大丈夫だよ。

 だって俺がいるから。


  ー ー ー ー


 ぱたん、とスマホを閉じ、ポケットの中から鍵を取り出す。それを穴に差し込み、左に回し、戻し、抜き、ポケットにしまう。


「ただいま」


 扉を開けると、しんとした蒸し暑い空気が俺を出迎えた。ぼんやり、またこの時期かと実感する。

 最近日が落ちるのも遅いし、天気予報は晴れマークがいっぱいだけど、ゲリラ豪雨のニュースをよく聞く。うん、日本の夏だ。

 自室に荷物を放り投げ、着ているものを脱ぎ、クロゼットから適当に服を取り出して着る。それからリビングへ行き、いつも通りラップされている夕飯たちと、近くに置かれている置き手紙にさっと目を通す。書かれてる内容も変わらず『おかえりなさい。ご飯温めて食べてね。母』の三文だ。今日はオムライスらしい。

 ふぅ、と一つ息を吐く。部屋に自分だけの声しか響かない空間はいくつになっても慣れない。

 机の上にあるリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。途端に芸能人の下品な笑い声。心のどこかで不快に思いつつも、チャンネルを変えずにリモコンを置いてオムライスを温めにいく。


「……はぁ」


 オムライスが温まるのを待っている間、彼女の顔を思い浮かべる。今日も素敵な笑顔だったし、素敵な照れ顔だったし、素敵な反応だったし、素敵なサイズ感だった。それに、すごく甘い唇だった。思い出して思わず顔が綻ぶ。

 彼女はとても可愛らしい。だがそれ故、とても敵が多い。

 現に俺が付き合ってるのに、まだ「はるかちゃんが好きだー」とほざく同級生や、「宮花先輩とつきあいたいなー」と馬鹿なことを言う後輩がいる。だから俺が彼氏だっての。なぜ伝わらぬ。

 または奪えるとか考えてんのかな。


「……あほなんだろうなぁ」


 ピー、とレンジが鳴った。よっこいしょ、とおじさん臭い声を出し、立ち上がる。

 レンジの扉を開け、ほんのり温まった皿を持つ。

 テーブルの上にそっと置いて、椅子に座って静かに手を合わせる。


「……いただきます」


 水滴だらけのラップを外してぐしゃぐしゃにし、ごみ箱に向かって投げる。

 ……入った。今日は運がいい。

 少し浮いた気分で適当に波々をケチャップで書いて、スプーンの裏で広げる。それからまた適当なサイズに切ってスプーンに乗せ、口に運ぶ。冷たくも温かくもない微妙な温度のオムライスを、機械的に口に運び続ける。

 ……たまには、出来たてが食べたいものだけど。


「……調理能力ないしね、俺は」


 五分もかからずに食べきった。また静かに手を合わせて、ごちそうさまと呟いた。

 スマホの画面を付ける。お揃いで買った猫のストラップが音を立てた。通知欄を見ると、さっきのツイートにいいねが数人から付けられたらしい。その中には彼女のアカウントもあった。


「澤村……」


 また下品な笑いが部屋中に響く。テレビのリモコンを取り、適当にチャンネルを変えるが、どこもかしこも同じようなものばかり。ため息をついて、テレビの電源を消した。しんとした空間が戻ってくる。

 ……澤村香蓮。はるちゃんの幼馴染で、お友だち。いや、親友。そんなはず。別に俺は嫌いじゃないし、好きでもない。ただちょっと、羨ましい。

 現在は舞台監督兼演出を務めているが(いや、演出は皆だけど)何かを演じている姿は一度も見たことがない。いつもスタッフに回るし、代役は絶対にやらない。演じることを避けているように感じる。

 でも、彼女の言葉はいつも的確で、丁寧。だから、刃物のように鋭く感じる。それに傷つけられて泣き出した子がいても、容赦なく攻撃を続ける。いや、攻撃じゃないんだけどね。


「……もしや、実はめちゃめちゃ演技が上手だけど、あがり症なだけとか」


 や、ありえないか。

 そう呟いた声が、空気に呑まれていった。


  ー ー ー ー


 カレン @Krnswmr・1分

 現状を変えたいか、否か。

 時間を延ばしたいか、否か。

 怖いか。否か。


 田舎。


  ー ー ー ー


 もしかすると元々、私がはるかと過ごせる時間には制限があったのかもしれない。それこそ、三分間待ってやる、といった感じに。

 となると、時間だ、と告げたのはあいつだろう。いや、まだ告げてない。私の隣には、まだ彼女がいる。はず。だから、時間は、残って、いる。


「聞いてよ、かれん……」


 頬を赤く染め、私の袖の裾を弱く引っ張る彼女。

 今日もかわいい。けど、いつまでこの姿を眺めていられるのだろう。あと、どのくらい……。

 ……心のざわつきを抑えつつ、普段通り接する。


「相田からキスでもされたの?」


 ありえないけどなぁと心の中で付け足したが、反応は最悪だった。


「……な、なんでわかったの!?」


 当たりだったらしい。顔が真っ赤に染まっている。

 ……運転手側の不注意で車に轢かれないかなあいつ。いや、それは運転手さんが可哀想だから通り魔にでも遭おうか。いやもういっそ偶然あいていたマンホールに落ちてくれてもいい。


「……いや、勘だよ」


 イラつきを抑える。顔がいつもの倍笑顔な気がする。自分の顔なんて見えないけど。


「当てて嬉しいの?」

「いや、別に?」


 あ、やっぱ笑顔なんだ私。よく言われた。楓ちゃんってイライラ隠そうとしてすっごい笑顔になるよねーって。そんなにか。

 要するに昔からの癖なんだ。隠そうとしてるのに隠せないとか。演技下手くそか。


 ……いや、実際下手くそだ。


『ヤア、ボクノナ、マエハ『テア……テアラ、テアライイチロウ』ダ、ダヨ、コレカ、ラ、ミンナデテアライニ、ツイテ、マナボウネ』


 いつの事だったか、委員会で劇をする事になった時のこと。

 並んでいる文字をただ読むだけ。そう思っていた劇は、私にはとても厳しかった。


『……ぷぷっ、かれんの下手くそ〜!』


 あははっ、と元気な笑い声が二人きりの教室に響く。悪かったね、と呟いたつもりでも、案外教室に響いてしまう。


『……そういうはるかはできるの?』


 もちろん! と元気よく答えるのでそっと台本を渡した。それにはるかはさっと目を通し、その辺の机に台本を置いた。

 すぅ、と息をめいっぱい吸う音が僅かに聞こえる。口を開いた。


『やあ、僕の名前は『手洗い一郎』だよ! これからみんなで、手洗いについて学ぼうね!』


 ……いつものはるかと違う声。それでもやっぱり残っている柔らかい響き。最後ににこりと、優しく微笑んだ。

 ……驚いた。


『ね、私の方が上手でしょ!』

『うん、上手だね』


 このときからきっと、私ははるかの声が好きだった。もしかすると、はるかに対する『好き』が変わったのは……いや、それはだめかもしれない。


「……かれん?」

「……あ、ごめん、聞いてなかった」


 ほほう? と顔を覗き込まれる。まん丸キラキラの瞳が私を見つめる。


「なんかあったの?」

「いや、ちょっと思い出したことがあって」

「それって、『手洗い一郎』のこと?」


 ……私が驚く番だった。

 こくりと頷くと、はるかの顔はたちまち明るくなっていく。まるで春を待ち望んでいた桜の蕾が暖かさと共に花開いていくように、笑顔の花を咲かせていく。


「ほんと!? 勘が当たった〜!」


 無邪気に喜んでいる。実は私たち、中学二年生。

 ……精神年齢が低い子に育てた記憶はないなぁ、と頭の中で一人ボケてみる。誰もつっこんでくれないけど。

 でも、そんな彼女を見ていると……時間なんて、いくらあっても足りない。


 ……やっぱり、もっと、ずっと、はるかといたい。


「……っと、危ない危ない、赤信号〜」


 隣でなんだか楽しげなはるかを見つめる。

 小さい。幼い。温かい。かわいい。

 字を染めるとしたら暖色系の単語ばかり浮かんでくる。


 ……好きだ。ライクじゃない。ラブだ。


「あっ! はるちゃ〜ん!!」


 大声がどこかから聞こえた。はるかが前を向いている。つられて私も前を見ると、横断歩道の向こう側に相田がいた。あのでかい図体で手を大きく振っている。表情も晴れやかで、素敵な笑顔だ。


「ま〜く〜ん!!」


 はるかも大きく手を振り返す。

 さすが演劇部。動きが大きすぎ。日常でそんな大きくされても困る。わかりやすいからいいけど。


「はやくこっちおいで〜!!」

「青信号になったらね〜!!」


 その返答に満足したのか、相田が手を下ろした。にこにこと笑っているのがわかる。

 まるでその笑顔を、私に見せつけているかのように。

 見せつけ。そう、彼は、はるかの、


 この横断歩道を渡ったら、時間が、




「ん? なぁに、かれん」


 思考するより早く、体が勝手に、はるかの肩を叩いていた。


 彼女の口から出てくる言葉一つ一つが、温かい。

 小さな頃からずっと感じていた温もり。冬を包み溶かす、春のような、心地よい。ずっと浸っていたい。

 頭だけ動かした時に動いた髪が、瞬きが、赤い頬が、全てが、綺麗で、可愛くて、心臓が早鐘を打つ。ずっと、ずっと前から、そう。

 その小さな耳元に私の口を持っていく。シャンプーか、柔軟剤か、人工的な薔薇の香りが微かにする。


「────」


 短く声をあげるはるかの赤い頬に、そっと口を付ける。

 時間よ、延びろ。


 信号が青になった。


 ぼーっと突っ立っているはるかの手を取って、引っ張る。体勢を崩した彼女は片足を出して、歩き始めた。

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