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プロローグ

「あ、可愛い……」


 駅から一人暮らしのアパートまでの帰り道。商店街の片隅にある雑貨店の前で、ふと一つの商品が気になり、水落みずおち花梨かりんは足を止めた。

 ショーウィンドーから見えるその商品は、木製のオルゴールだった。茶褐色の小箱の蓋には丁寧な細工で妖精や花々が彫られており、花梨はその上品なオルゴールを夢中で見つめた。


「──そちらのオルゴールがお気に召しましたか?」


 背後から突然声をかけられ、花梨は驚いて振り返った。弾みで落ちそうになったキャスケット帽を慌てて押さえる。


 花梨に声をかけてきたのは、雑貨店の扉から半身を覗かせた金髪碧眼の美青年であるらしい。店員風の彼が日本人でなかったことにやや狼狽しつつも、実際彼の言葉通りオルゴールに心惹かれていたのは事実だったので、花梨は頷いた。


「ええと……はい。可愛いなと思いまして。音を聴いてもいいですか?」

「いいですよ、店内にどうぞ」


 流暢な日本語で案内されて、店の中に入る。吊るされたランプの明かりが仄暗い店内の様子を浮かび上がらせ、神秘的なアクセサリーやドライフラワー、黒猫の置物などが見受けられた。

 雑貨店の外観は古めかしく、店内はいかにも陰気で商品には埃でもかぶっていそうに感じられたが、そんなことは全くなかった。薄暗い店内ではあるが、塵一つなかった。

 金髪の彼に勧められるままアンティークの椅子に腰かける。


「お嬢さんのお目当ての品は、オルゴールでしたね。はい、どうぞ」


 金髪の青年は顔に笑みをたたえながら、オルゴールを花梨に手渡した。

 花梨はオルゴールを受け取ると、脇についたねじを巻き、蓋を開いた。


 途端、店内に広がる煌びやかな音色。オルゴールといえば控えめな音を想像していた花梨は、きらきらと舞う光の粒子のような美しい旋律と、艶めかしい響きに圧倒された。金髪美青年がそれを聴いて、ゆったり微笑んだ。


「綺麗な音でしょう。ラヴェルの『マ・メール・ロワ』の五曲目、終曲の『妖精の園』です」


 曲の最後だけですけどね、と彼は悪戯っぽく付け加えた。花梨はグリッサンドの音に耳を傾けながら、まじまじと繊細な細工の蓋を見る。愛らしい妖精が、何かに喜んでいるかのように踊っている姿が印象的だった。


「おいくらですか?」


 気がつけば、花梨はオルゴールの値段を尋ねていた。ここまで見事な音色と細工のオルゴールは珍しい。普段あまり物欲がないはずの彼女であるが、いつの間にかこのオルゴールに心囚われてしまっていた。


「五万円です」


 青年の言葉に、花梨はがっくり肩を落とす。五万円──到底今の自分には出せる金額ではない。

 そんな花梨を見て、彼はくすりと笑った。


「……と、言いたいところですが、貴女には特別に無料でお渡しします。今、お包みいたしますね」

「え……?」


 その台詞に唖然とする。高価なものをどうして一体……。疑問の声が伝わったのだろうか、彼は碧い眼を猫のように細めた。


「私はこの店のオーナーでして、自由に品物の金額を決めることができるんです。そして個人としても、貴女とオルゴールには運命のようなものを感じたので、無料でお譲りすることに決めました。どうぞもらってください」


 オーナーであることを告げた彼は、あっという間に金色の包装紙でオルゴールを包み、花梨の手の上に載せた。あまりにその動作が自然で、花梨は思わず受け取ってしまった。


「え、あの……いいんですか?」

「はい、もちろん。貴女のものになったほうが、そのオルゴールも本当の役割を果たせる気がします」


(オルゴールの本当の役割?) 

 花梨は不思議に思う。

 だが、有無を言わせぬ彼に押し切られ、花梨はついオルゴールをもらい受けてしまった。そして、大切にそれを抱えて自宅に帰った。

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