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片手間にパソコンを起動させつつ制服から部屋着へと着替えた。
彼女がキーボードで打ち込んだ歌声は回線を通じて遠いところまで届いた。
ずいぶん前に作った曲もインターネットの中を今も浮遊していた。
動画サイトに音楽を投稿し始めて3年余り、その人気は他の作曲者と比べても頭一つ抜けていた。
普通に学校に通って友達と遊んでバンドを組んで趣味で曲を作って。有名な曲を皆で覚えるのも楽しかったし、特別扱いしない友達も好きだった。
夜遅くまでの作業はもう日課で気を負うこともなかった。
音楽で食べていくんだろうなとずっと前から自覚していた。
いつの間にか選んでいた道はそう悪いものじゃなく居心地も良かった。
バッグから楽譜を取り出し、ベッドに寝転んでそれを眺めた。
「結構良いの出来そうだ!」嬉しそうに言った。
土曜日の地下鉄は平日と顔ぶれが変わり車内も多少空いていた。
娘と父親が長椅子に二人並んで揺られている。
通勤途中の父親はずっと前に夢を諦めて就職し結婚した。
幼い娘が膝の上に乗せたリュックには練習着や水筒、卓球の道具なんかが詰め込まれていた。
娘は歌を口ずさんだ。十年以上前の曲だった。
「よく生まれる前の曲なんて知ってるな」父親が言った。
「この前テレビでやってたんだ。それにお父さんがこの歌好きなのも知ってたし」
「そういえば俺もよく歌ってたなその歌」少し照れ臭そうに言った。
親子の隣に座った垢ぬけた小綺麗な女は二人の会話を注意深く聞いていた。高校生の頃に彼女が書いた曲が可愛らしい歌声になって耳に届いた。じんわりと胸が温かくなった。
「ごめんな。今日はお父さんもお母さんも練習について行ってやれなくて」
「大丈夫だよ。もう三年生だから」
「そうだな。偉いな」娘の頭を撫でた。
電車は速度を落とし、黒い窓に反射した乗客たちも光に紛れていなくなった。
父親が腰を上げた。
「じゃあ頑張れよ」
娘がうなずく。
「ねえお父さんそれ貸して」父親の手元を指さした。
「ん?ああこれね」丸めた新聞を畳んで手渡した。
人の流れに歩みを合わせる。ふと後ろを振り返った。電車はゆっくりと動き出した。
少女の視線の先を横の女が何気なく見つめた。見られていることに気付いた少女は
「これねお父さんが書いたんだよ」と紙面をつんつん指さしてよこした。読者が投稿したポエムが掲載されていた。
「へえ。そうなんだ!読んでいい?」
「うん。読んで!」
その詩は懐かしい風景をよみがえらせた。忘れていた気持ちがふわっと浮かんで染み込むような気がした。涙が込み上げる。それを隠す為に顔を背けた。私が探していたものはこれだと思った。人差し指で目元を拭った。笑顔で振り返る。
「すごいねあなたのお父さん!」
「うん。ありがとう!」




