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東側のホームに電車が止まった。
地下鉄の構内、ベンチに座って船を漕ぐ女子高校生は目を覚ました。
慌てて重そうなギターケースを背負って飛び乗る。
扉が閉まり、背負ったギターケースを外して足元に寄せた。
つり革につかまる。電車はゆっくりと動き出した。
ガラス窓の奥に自分が寝ていたベンチが見えた。
その上に自分のスクールバッグが置き忘れられている。
ぼんやりとそれを眺めた。自分のミスには気が付かない。
だんだんベンチは遠ざかる。
今日はいつもに比べて荷物が多かったことを思い出した。
目を大きく開いて忘れられたバッグを見つめた。ガラスに手をつく。
川を流れるようにバッグは遠ざかった。
「やばい」そう漏らして。髪の毛を掻きむしった。
若い男がアルバイトに向かうため次の電車を待っていた。
小説家志望の彼は夢見るばかりで、今まで日の目を浴びることはなかった。
階段を下って二番線の前で立ち止まる。ベンチの上に横倒れになったカバンを見つけた。
中高生がよく持っているカバンだった。
ファスナーが全開で中身のクリアファイルが丸々飛び出している。
「しょうがないなあ」忘れ物に手を伸ばした。ふとファイルに目を止める。
「楽譜?」
五線譜いっぱいに敷き詰められた音符や記号、余白にこまごま書かれたメモに圧倒された。
黒一色であるにも関わらず繊細に描かれた絵画のような迫力があった。
「すごいな」と呟く。バッグの中にファイルをしまった。
右手にカバンをぶら下げ階段を上ると、改札脇の透明なボックスに中年の駅員を見つけた。声をかける。
「すみません。カバンがそこにあったんですけど」
「落とし物ですね。どこにありました?」
「そこのホームのベンチの上にありました」
「中身を確認するので少し待って貰えますか?」
カバンを受け取った駅員はチラチラ中身を見つつ奥の部屋に引っ込んだ。
ガラスの奥の誰もいない部屋を興味深く覗きこんでいたところに確認を終えた駅員が顔を出した。
引き出しの中からペンと用紙を取り出した。
「お手数ですけど、ここにお名前と住所、それと落とし主にあなたのお名前を教えてもよろしいか、お礼を希望するか記入してください」
「分かりました」
壁際のテーブルで腰を曲げて記入する。
お礼とかそういうつもりで拾ったんじゃないし大袈裟だと思った。
二つのチェック欄は空白にして駅員に手渡す。
「どうもありがとうございます」用紙に一通り目を通した。
「それとね、えっと宮本さん」
「はい」
「あまり気を悪くして貰いたくはないんですけど、ああいう荷物は危険物って可能性もあるのでこれからは見つけたら触らないで僕らに声をかけて貰えるとありがたいんですよね」
「あ、すみません。分かりました」
軽く頭を下げて「じゃあお願いします」と言った。
反対車線に電車が到着して人が行き交う。
目的の電車も間もなく着くと電光掲示板が知らせていた。
鉄道会社からはそれ以降もちろん連絡はないし、カバンの落とし主が見つかったかどうかも分からなかった。
でもたまに見かけるギターを背負った女の子の手に下げたカバンが前のとよく似ていて、そのファスナーが全開だったので、この人のカバンだったんだなと思った。