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第3章 第16話 お嬢様とコイン その6

クリスマス特別ショートストーリー?

そんなもの、うちにはないよ・・・


 今回お嬢様がコインを入れたのは、僕から見て右端のコップだった。今までは真ん中のコップに入れていたのだが、いいのだろうか。口に出して確認をとると嫌味を言われそうなので、眼だけで『そこでいいんですか?』と尋ねる。お嬢様からの返事は自信満々な微笑みだけだった。つまり、これでいいということだ。

 相手の了承もとれたところでコップを手に取り、僕は一度目を閉じて深呼吸をした。集中・・・集中するんだ・・・。この一勝負のみに極限まで・・・。そう自己暗示をかけるように。

ゆっくり息をはいてから、目を開ける。良い感じに緊張感と集中力が全身を巡っている感じがする。大丈夫だ。緊張に押しつぶされるほどでもなく、この場全体をしっかりと観察できるほどにきちんと集中できている。よし、いくぞ。

 僕はコップを移し替え始める。入れ替えるスピードは、無論自分が出すことのできる最大速度だ。そのスピードは、最初にゲームの説明をしたときのそれよりも、さらに速い。動体視力に自信のある人間でもこの時点ですでに、自分がコインを入れたコップの動きを正確に追えなくなっているだろう。僕の全力はそれほどに、速い。

 コップを移し替える動作をしながら、ちらりとお嬢様の目の動きを確認する。そして、やはりか、と心の隅で感嘆した。驚くべきことにこのお嬢様、僕の動きに正確についてきている。コイン入りのコップを正確にトレースしている。フェイントを織り交ぜてコインをお嬢様の視線から逃がそうとしても、振りきれない。

 まさか、これほどとは・・・。異世界のお嬢様はずいぶんとハイスペックであるようだ。僕の予想をはるかに超えている。この勝負に勝つには・・・2回目のゲームの時にやったトリックをやるしかない。僕はここに来てそう確信した。そして、確信した次の瞬間にアクションに入る。今コインが入っているコップと、コインが入っていない他のコップを、両手でそれぞれ持って、僕はそれらをクロスするように移動させようとする―。





 僕が今演じているこのマジックは、マジシャンの世界では『カップ・アンド・ボール』と呼ばれているマジックだ。これは、複数のカップとボール一つを用意して、相手にボールをカップの中に隠してもらってから、マジシャンはコップの位置を入れ替える。客は正確にボールの位置を追っていたはずなのに、ボールが入っているコップを当てることが出来ない。あっれ~? というのが、このマジックのおおざっぱな流れだ。近年のアレンジとして、ボールの代わりにコインを使うこともある。

 さて、この不可思議な現象を可能にする方法だが、無論ある。最初にお嬢様が疑ったように、『最初の段階で、コインをコップに入れているように見せかけて本当は入れない』ようにする、というのもそのうちの一つだ。ボールをコップに入れずに、マジシャンは手の中にボールを隠し持ちつつ、何食わぬ顔でコップを動かす。客がどのコップを宣言したところで、どのコップにもボールは入っていないのだから、客は当てられるわけがない。素知らぬ顔で『本当はここなんですよー。』とか言いながら、別のコップを開ける時に、コップに入れずに隠しておいたボールを仕込みなおせば、あたかもそのコップにボールが入っていたように思わせることが出来る。不思議現象の出来上がり、というわけだ。

 しかし、今回に限ってはこの方法は使えない。その理由は、『僕がソレをするかもしれない』という可能性にヌホクリーデお嬢様は真っ先に思い至っていたからだ。バレている手は使えない以上、僕は別の手段でコインの位置を移し替える必要があった。

 そこで僕が今回使った手段だが、実はかなり単純である。『コップを移し替えている最中に、コインを他のコップにパスする。』これだけだ。やること自体は単純だが・・・相手にばれないようにする、という条件がつくと、これが結構難しい。客の目の前でコインを別のコップへと移し替えているところを見咎められれば即アウトだからだ。コインを移す挙動をするために、動作の中に不自然な挙動が入り込んでしまえば、それだけでもアウトだと考えた方がいいだろう。相手に疑われることなく、相手の目の前でコインを移し替える。この無理難題をクリアする必要があった。

 それを可能にするのが、前回の話に出てきた『死角』だ。相手に見えない場所を作り出し、その限られたスペースの中だけでコインの受け渡しをする。具体的には―


 僕は右手と左手でそれぞれコップを持つ。今、コインが入っているのは僕が右手に持っているこのコップだ。お嬢様の目もそこで止まっている。だがそれでもかまわない。


「・・・っ!」


 息を止めて、僕は二つのコップを同時に動かす。右手のコップを左側方向に、左手のコップは右側方向に。このとき、右手のコップをお嬢様側になるように移すのがミソだ。そして、お嬢様の立ち位置から見て、左手のコップが右手のコップの陰に隠れるその一瞬。僕はアクションを起こす。右手のコップをほんの少しだけ―コインが出てこれるだけの隙間が出来るような角度だけお嬢様の側に倒す。それと同時に右手のコップを手首の運動だけで、中のコインを左手のコップへとスライドさせる。左手のコップでコインを受け取る瞬間、左手のコップを僕の側へとこれまた少しだけ―コインが入ってこれる隙間が出来る分だけ傾けて、左手のコップにコインを収納する。コインの移し替えが終わったら、コップを傾けているのを即座に戻す。

 

 要は、片方のコップで相手の視線を遮ることで死角をつくり、その死角がなくなる前にコインの受け渡しを済ませているということだ。この一連のやり取りを、コップとコップがすれ違う一瞬で済ませる必要があるため、難易度はかなり高いと言えるだろう。今回に限っては、コップの移動速度を自身の限界まで上げている中でのアクションとなるため、さらに難易度は上昇した。今までやったこともない速度でのチャレンジだったため、この一瞬に限っては本当に緊張したが・・・それでも、僕はやってのけた。


 あとは、『お嬢さまが今の動きを見切ることが出来ているのかどうか』次第だ。


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