第3章 第15話 お嬢様とコイン その5
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「いいか、足立。マジックをする上で常に気をつけなきゃいけないのは『角度』だ。」
大学生時代、僕のマジックの師匠である西村遊稀は、口癖のようにそう言っていた。あれはもはや『洗脳している』と言ってもいいレベルだったかもしれない。
「『正面から見たらわからないけど、別方向から見たらタネが思いっきり見えてしまっている。』なんてことは、マジックじゃあ珍しくない。モノによってはマジックのタネの都合上、これは仕方ない部分ではあるけど、そこを観客に見られでもしたらおしまいだ。」
そりゃそうだ。
「だから常に相手の目線の方向には注意しておく必要がある。相手の視線の方向に常に気を配れ。常に相手の死角を意識して演技するようにするんだ。どんなに単純なトリックでも、『相手は見ているつもりでも、本当は見えていない』というだけで、それは高度なテクニックに変わる。」
なるほど・・・。
「さらに詳しく言えば、死角には『物理的に作る死角』と、『精神的に作らせる死角』の2つのパターンがあって・・・。」
西村は、実際にマジックの演技を交えつつ丁寧に解説する。「このマジックは横から見たらタネがもろばれするから、自分の体で死角を作ってるんだ。」とか、「手のひらは、いろんな演技が出来るし、死角も作れる。あらゆる意味で最高のマジック道具だ!」とか、ちょっとアブナイ人みたいなことも言っていたことを覚えている。
どうでもいいが、その日の『西村遊稀の角度講座』は4時間にも及んだ。
☆
そして時は加速して現在。場所はソアイ=フィリアという世界のどこかにあるとある酒場。僕はそこで、とあるお嬢様を相手にとあるマジックを演じていた。『コップの中のコインがいつの間にか瞬間移動している』という内容のマジックだ。このマジックに、お嬢様は大層驚いておられた。驚いてくれたことがとても嬉しかった。
だが話はここでは終わらなかった。『「お嬢様を楽しませるとんでもないもの」を見せる』というミッションは成功。めでたしめでたし。で終わるかと思いきや、お嬢様は追加注文をしてきた。その内容を要約すれば『もう一度勝負しろ。勝った方は相手に好きなことをさせることが出来るが、負ければどうなるかわかるな?』というものだ。とんでもない申し出だが、僕はこれを受け入れた。お嬢様からのプレッシャーが凄まじかったというのもあるが、それ以上にマジシャンとしての誇りが、そうさせた。
「いいでしょう。その賭け、受けましょう。」
僕の言葉に、ヌホクリーデお嬢様はニヤリと満足げに笑った。
「それでこそだ。では、コインを貸してもらおうか。」
お嬢様は手のひらをこちらに向ける。その白い手の中に、僕はテーブルの上に置かれたままになっていたコインを置いた。
「ククク・・・。昂る・・・昂るぞ・・・。これほどまでに気持ちが昂ったのは久しぶりだ・・・!」
お嬢様はコインを持った右手を力強く握りしめ、どこかのラスボスのようなセリフを吐く。お嬢様は、『コイン、変形してないよね?』って言いたくなるほどに硬く拳を握っていた。恐ろしい気合いの入れようだ。
しかし、これも当然と言えるかもしれない。なにせ、負ければ何をさせられるかわからないのだから。まぁ、僕はそんな大それたことを要求するつもりはないが・・・。
「心の準備は整った。では、コインを入れさせてもらうぞ。」
そう言って、お嬢様は無造作にコップの一つを手に取り、その中にコインを隠す。前回のように、どこのコップにするか迷ったりはしなかった。




