第3章 第2話 視線が釘付けですよ?
見事に名刺を出現させ、従業員Aさんを驚かせることに成功した僕は、無事にオルガさんに会えることになった。『お頭に話を通してくるから小僧はここで待ってな。』という言葉を残し、従業員Aさんは店の奥へと引っ込んでく。
従業員Aさんがこの場から消えたところで、マリーに頬をつつかれた。振り向くと、今度は僕の手の中にある名刺を指さすマリー。今のをどうやったのか説明してほしい、ということだろう。ほかならぬマリーの頼みだ。完全にとはいかないが説明しよう。
「マジシャンにとって大事になってくるのは冷静さだって前に行ったよね?」
うなずくマリー。つい小一時間ほど前の僕の発言だから、覚えているはずだ。
「じゃあマジックをする上で重要になるテクニックってなんだと思う?」
「きゅ~・・・・・・・・・きゅ?」
マリーは首をコテンと傾けてしばし黙考するが、答えがわからなかったようで首を振った。では、正解を教えよう。
「答えはね、『相手の視線を狙ったところにくぎ付けにさせる技術』だよ。」
相手の視線を固定できれば、相手が見ていないところで小細工をすることが可能になる。その小細工を、ばれないように実行するための技術こそがマジシャンにとってのキモだ。
「最初の演出開始時点では、僕は名刺を両手には持ってなかったんだ。最初から手の中にあればいろいろ楽できて良かったんだけど、残念ながらあのとき名刺は上着のポケットの中だったんだ。『服のポケットから手の中に名刺をテレポートさせる』ことなんて出来ないから、一度名刺をポケットから取り出す必要があったんだ。相手にばれないように、かつ相手の見てる前で、ね。」
ポケットから物を取り出す動きをすれば、普通は一瞬でバレる。しかも相手の目の前でそれをするとなれば、ばれない方がおかしいだろう。
「きゅー・・・。」
どことなくうさんくさそうな目でこちらを見てくるマリー。この目は『ほんとかよ・・・。』って言っている目だな・・・。
「信じてなさそうだね? じゃあ、実際にやってみようか。そうだな・・・。」
すっと周りを見渡して使えそうなものがないか確認する。すると、4人用テーブル席テーブルの上に、空のグラスが4つ積み重ねてあったのでそれを拝借することにした。無色透明なのが実にグッドだ。僕はその席に腰掛け、マリーは僕の反対側のテーブルの上に鎮座する。僕は、右手でグラスを一つとると、マリーの正面にさかさまに置いた。
「さっきは名刺を使ったから、今度はこのコインを使うね。」
アオイ印の財布から100G銅貨を取り出して右手の平に乗せる。うなずくマリー。それを確認してから、僕は右手の親指と人差し指と中指で銅貨をつまみなおして、上に掲げる。
「今から、このコインをそのグラスの中に貫通させるからね。もちろん魔法抜きで。」
「きゅっ!?」
驚くマリー。驚きとこれから起こるであろう事象への期待と合わさり、マリーの目は僕の右手のコインに集中する。僕の狙い通りに。
「じゃあ行くよ~。1、2の、3!」
指先のコインを手の中に握り直し、その手を広げつつグラスに勢いよく叩きつける。コップとグラスが接触して、バチンッ!と甲高い音がする。この時、強くたたきつけすぎてグラスを割らないように注意だ。
大きな音がしてコップの中は僕の手で隠れて見えなくなる。結果が気になるマリーは、僕に手をどけるように催促してきた。微笑みながら僕は右手をどける。そこにあるのは、グラスとコイン。ただし、コインは伏せたグラスの上に置かれているだけでグラスの中に入ってはいない。つまり、コインはグラスを貫通していなかったのだ。
「きゅー!?」
これにはマリーもいたく不服だったようで、『話が違うじゃないか!』という目で僕をにらんでくる。今にもかみついてきそうだが、大丈夫。既に事は終わっている。
「まぁまぁ、落ち着いて。」
僕は両手で、どうどうとマリーを制する。
「コイン貫通は失敗したけど、重要なのはそこじゃないんだ。言ったでしょ?『重要なのは相手の視線を狙ったところにくぎ付けにさせる技術』だ、って。」
言いながら、僕は視線をグラスから左に向ける。マリーもつられてそちらを見る。
「きゅっ!?」
ソレに気付いたマリーが今度こそ驚きの声をあげる。驚愕の目でこちらを見てきたマリーに、僕は微笑みながら最後の説明をした。
「今のマジックを演じている間に、ひそかに左手でそれを作ってたんだ。気付かなかったでしょ?」
僕はそれ―テーブルの隅にコップ3つで作られた、コップタワーを指さす。
「『コインを使ったありえない出来事を起こす』って言われれば、自然と相手はコインを注目する。そうなればもう相手は演技終了までコインから目が離せない。他の物事はほとんど視界に入らなくなる。その時間中は、コインの挙動こそが最重要事項になっているからね。たとえ空いている左手で何をしようと、相手は気付かない。」
相手が、『こちらそういう誘導をしてくる奴だ』と思っているなら、その思い込みさえも利用して隙を作る。これこそがマジシャンの技術だ。
「さっきの名刺の技も同じこと。従業員Aさんに右手を注目させている間に、こっそり左手で名刺を取り出してたんだ。
そして、右手を開く直前に、左手に持っている名刺を右手に移す。やったことはそれだけだよ。」
僕の話を聞いたマリーが、尊敬のまなざしで僕を見てくる。キラキラした視線が最高に気持ちいい。
その視線を堪能していると、従業員Aさんが戻ってきた。どうやら無事に話はつけてもらえたようだ。




