第2章 第16話 お金では買えないものがあるんです
今回も回想がメインです。
そんなことがあったせいで、僕はマジックをしなくなった。もちろん、練習すらもだ。マジックのネタになりそうな道具やアイテムも、すべて廃棄してしまった。
マジックを披露していると、思い出してしまうから。マジックの練習をしていると思いだしてしまうから。マジックの種になりそうな道具を見ると、いっしょにあいつとマジックの演技を考えていた時間を、思い出してしまうから。
一度マジックにかかわっていた時間を思い出してしまえば、どうしたってあいつのことを連想してしまう。だから思い出さずにすむように僕はマジックから距離を取った。
だが、そこまでしても、あるとき不意にあいつのことを思い出してしまうこともあった。僕はそのたびに泣き崩れてしまった。
そのような精神的にいささか不安定な生活を送ることしばし。自分の下宿の部屋に引きこもっているとベランダに面している窓からコツコツという音がした。いささかだるい体を引きずって窓まで行く。
窓を開けてみると、ベランダにセットされている物干しざおに一羽の青い鳥がとまっていた。人が近づいても逃げていかないなんて珍しい鳥だなと思っていたら、何を思ったかその鳥は僕に向けて足を差し出してきた。何かと思って見てみると、そこにはなにやら白い紙が。
「これを、僕に・・・?」
青い鳥はぴぃと鳴き、うなずく。なかなかかしこい鳥だ。僕はそっと紙を足から外す。それを確認すると、鳥はすぐさまどこかに飛び立っていった。なんだったんだろうか。しかし、今気にするべきはそこじゃない。この紙だ。そう思い直し、僕はゆっくりと紙を広げる。そこに書かれた文字を見て、
「あ、これは・・・・この字は・・・・・・・。」
僕はまた、泣いてしまうのだった。
そこに書いてあったのは、まぎれもないあいつの字。これはたぶんあいつからの、最後の手紙で・・・。
僕は涙を乱暴にぬぐい、手紙を読んで・・・その内容に愕然とした。手紙にはこうあった。
『我が弟子 足立へ
これを読んでいるということは、俺はすでにこの世にはいないということだろう。この世にいるとしても、おそらく外界とは決して連絡を取れない状況下にいるのは確かだろう。足立に最後に教えたマジックは、それだけの危険があるシロモノだからだ。
あのマジックは俺の家系にのみ伝えられている門外不出のマジックだ。テレビとかでも俺の親父が披露していたことがある。ある日、親父のマジックを見た、ある有名な海外マジシャンが『そのマジックの種を売ってくれ。』と親父に話を持ちかけてきたんだ。親父はそれを断った。それをうけてもそのマジシャンは動じず、『ならば金をさらに払う』と言ってきた。100万ドル、200万ドル・・・だがいくら値段をあげていっても親父は首を縦に振らない。そのマジシャンが1000万ドル払うと言ったところで、親父は言ったんだ。
「いくら金を積んでも無駄だ。これは俺が家族にだけ教えると決めたマジック。どうしても種を知りたければ自分で種を見抜くんだな。俺は種を売る気はまったくない。」
って。
この言葉を受けてとうとうそのマジシャンもあきらめがついたのか、その時はその場をあとにした。でも、その時、そいつが妙なことを言い残していったのをあの時あの場にいた僕だけが聞き取れたんだ。そいつは日本語で、
「後悔するぞ・・・一生な・・・・・・。」
って言ってたんだ。それを親父に伝えたら、親父は笑顔で
「気にするな。所詮、戯言だ。」
と言って、俺の頭をなでたんだ。でも、不穏に思ったのは確かなようで、その日に、親父は僕にサンダーチェンジのトリックを全て教えてくれた。その次の日に・・・。
親父は、死んだ。電車のホームで立っていたところを誰かが線路に突き飛ばしたらしい。実行犯は即座に捕まった。酒に酔っていたクズが『勢いでやった。』と自供したんだ。でも俺は本当の意味では犯人が捕まっていないと思っていた。俺はこう思っていたんだ―おそらく本当の犯人はあのマジシャンだ。あのマジシャンが『種を教えなかったことに対する報復行為』に出たんだと。
その事件から数日後、今度はおふくろが死んだ。近所のスーパーに買い物に出かけたところ、その駐車場で、買い物にきた客の運転する車に轢かれて亡くなってしまった。こちらの犯人もすぐに捕まった。近くの会社で働くサラリーマンだった。親父に続いておふくろまでをも殺された僕はここにきて確信した。あのマジシャンだ。あのマジシャンが僕の家族を皆殺しにしてあのマジックをこの世から消すつもりなんだって。
やつの襲撃を警戒した俺は、名前を変えて逃亡した。西村 遊稀と名乗るようにして、自分とは全く関わりのない家に養子として転がり込んだ。そしてそのまま出牛唆大学に入り・・・あとは、足立も知る通りだ。
俺も奴らの陰には気付いていたからこそ、あの日最後にお前にあのマジックを教えたんだ。
俺たち家族は奴らに負けたが、まだ俺達家族のマジックは負けていない。
だから、どうかそのマジックの種だけは、誰にも明かさないでくれ。そして出来る事なら、俺を殺したマジシャンに足立、お前がマジシャンとして引導を渡してくれ。お前ならやれる。俺がマジックを教えたお前ならばできるはずだ。
最後に、ひとつだけ。今、お前はこの世界でサンダーチェンジのトリックを唯一知っている人間ということになっている。近いうちにやつらはお前の前にも現れるに違いない。くれぐれもやつらには気をつけてくれ。
ニシムラより」
これを読んで僕は決意したんだ。
西村遊稀の遺言に則り、マジシャンとして、あいつを殺したそのマジシャンに、マジシャンとしての死を与えよう、と。
その日から、僕は再びマジックの練習を再開し、技術を磨き続けた。来る日も来る日も、飽きずにひたすら練習し続けた。全ては、ある一人のマジシャンを完膚なきまでに打ちのめすためだけに。
そして・・・。
昔を思い出していたら、どうやら少し泣いてしまっていたようだ。目もとがうるんでいる。僕はそっと目をぬぐうと、いつの間にかたどり着いていた公園のベンチに腰掛け、奥義書を読んで火属性魔法『シャインファイア』を習得するのだった。




