第1章 第2話 質量はそれだけで武器たりうるのだよ
携帯電話でタクシーの召喚呪文をとなえてから6分ほどして、一台のタクシーが目の前にやってきた。タクシーは僕の目の前で止まると後部席のドアを開けて僕を中へと誘い込む。その誘いを断る理由もなく、僕は誘われるがままにそこへ入りゆく。
「お客さん、行先はどちらまで?」
「スーパー『ナイプラ』前でお願いします。」
中に乗り込んだところで、運ちゃんに行き先を伝え、後部座席にだらしなくふんぞり返りつつ腕を組んで目を閉じる。すると、疲れているところにそんなことをしたせいか、意識がすぅーっと遠のいていく。眠りに落ちる感覚というやつだ。これに抗わず素直に落ちる一瞬がたまらなく気持ちいい。しかし、今この時に限って言えば、ここで無警戒に眠りに落ちかけることは僕がこの世で犯した最大最後の失態だったと言えた。なぜなら・・・。
「うわあっ!」
いきなりタクシーの運ちゃんが悲鳴を上げる。その声にびっくりし目をあけて現実を見てみる僕。そしてその瞬間、運ちゃんが悲鳴を上げたことに納得する。なにせ、僕が乗っているタクシーに向かって、猛スピードでくそでかいトラックがつっこんできていたのだから!
「ハハッ・・・まじk」
乾いた笑いがこぼれたその一瞬。僕の頭をよぎる物理の知識たち。運動量は質量とスピードが大きくなるほど大きくなるだとか、あのトラックはだいたい4トンくらいの質量だから、やつのスピードを20m/sとするとその運動量はだいたいこのくらいかとか、この質量差なら衝突後、トラックの運動ベクトルの方向はあまりかわらず、タクシーだけが派手に吹き飛ぶんだろうなあとか・・・。
こちらがそんなことを考えている一瞬でも、タクシーの運ちゃんはなんとかトラックをかわそうと、先ほど悲鳴こそあげたもののパニックに陥らずに冷静にハンドルを高速回転させる。すばらしいほどに訓練されたプロの精神を持っていると言ってもいいところだ。だがしかし、プロの精神と技をもってしても残念ながらたったの1秒では迫りくるトラックをかわしきれるほどにタクシーの軌道はかえられず―
1秒後、激しい爆発音のような音があたり一面に響き渡った。あたりに猛スピードで飛び散る金属片。つぶれるトラック正面とタクシーの車体全体。事故に巻き込まれた者たちの生存が絶望的なのは言うまでもなかった。
次の日、この事故は重傷者2名と死者1名を生んだ悲しい事故として、世間に報道されることになる。
その事故での唯一の死者の名前は、足立 昭二と言った。
2017,6,1 セリフの前と後で空行を入れるようにしました。