認識
彼女は僕を運命の人と言った。それは何故だろうか。
可能性その一。
僕があまりにも魅力的であったから。
しかし残念な事にこれでは無いことは後に分かるとして……、そもそも僕の顔は整っている方とはいうものの、その顔はイケメンとは言いにくい中性的な顔立ちであった。だから魅力的で惹かれるということは主観的にも客観的にもほぼありえない。少し希望はいつも持っているのだが。
可能性その二。
僕が甘い言葉ですぐそそのかされるちょろい男だと思われているから。
……ありえなくもない。確かに僕はちょろい。女子との接点は高校に入ってからというものの一切持てていない。だからと言って男子との接点があり、いつも友達に囲われている生活かと言われれば、そうゆうわけでもない。男友達など阿部一人だ。
しかし阿部は何故僕と友達になったのだろう。……あの性格だからか。僕の脳内会議は全会一致でまとまったようだ。
可能性その三。
何かの宗教的、もしくは危険な物事への勧誘や取り引き。
……これしかない。自分から話しかけておいて悪いがここは全力でにげるしかない。逃げなければこのまま強引に宗教へよくわからない宗教へ勧誘されて何かよからぬ事をさせられるに違いない。メイド服で歩いてる時点でこの線もある事に気づいておけばよかった!
しかし僕はこの場から逃げることが出来なかった。
「ほんとに……他の人から見えないんだな」
「私は嘘はつかないよ。でも、どうして信じてくれるの? こうゆうのって大体気味悪がって逃げちゃうのが普通だと思ってた」
「人の目が沢山あるからだ。ここは公園だけど、この公園は周りから良く見えるところにあるし、しかも公園の出口は商店街に繋がってるから人通りも多い。だから人の目につかない訳が無いんだ。そして今、視線は僕のみに向いている。目の前にこんなに可愛い格好をしてる女の子がいるのにな」
そうだ。僕は人の視線に敏感だ。敏感で敏感で嫌になるほどその人の視線から感情を見てきた。
だから自意識過剰とかではなく、僕に、僕だけに視線が来ていることがわかる。一人で何を喋っているのだと、懐疑の目。冷ややかな目。中には興味を示す目をしている人もいた。
「そ、そう……。ありがとう。信じてくれて。それに、可愛いって言ってくれた事、とても嬉しい。そんな事を言ってもらえる人に会えてよかった」
このとき、彼女は昔の僕と同じ顔をしていた気がした。誰かに救われ、安心した顔。そして見えてきた希望に安堵し、渇望し始めた顔。
彼女も泣いていた。
僕になら、僕と同じような境遇にあった彼女を救えるかもしれないと思った。不意に頭に浮かんだ気持ちだったが、それは決意へと変わった。
「こんな所を見せてしまってごめんなさい。まさかこんなにも心が揺れるなんて……」
「僕はそこの自販機で何か買ってくるから、そこのベンチにでも座っていてくれ」
d(._q*)シクシクとおずおずと合図したのを横目に僕は公衆トイレのそばにある自販機へと向かう。
僕の分は迷わずコンポタを選択。そういえば最近コンポタが腐ってるとツイートした人がいて炎上してたな。でも本当に腐ったコンポタは黒に変色したりはしない。もしコンポタが販売停止になったらどうしてくれるんだ。販売停止になったら欝になるかもしれないくらい好きなんだ。
彼女の分はてきとーに午後の紅茶にした。外国人ってみんな紅茶好きそうなイメージがあるもんな。でも日本語普通に喋ってたな。ハーフなら紅茶好きじゃなかったかもしれない。だから、
「どっちがいい?」
などとおちゃらけて聞いた僕が馬鹿だった。お陰で僕は紅茶を飲むはめになってしまった。もう一度買いに行こうかとも一瞬考えたが変な遠慮をされそうだったので紅茶で我慢することにした。
「その髪は地毛、だよな? でも日本語普通に喋ってるし、ハーフだったりするのか?」
「そうだよ。私は日本人のお母さんとイタリア人のお父さんから生まれたの。でも髪の色だけお父さん似であとは全部お母さん似なの」
「髪の色以外はお母さん似なのか。それにしても彼女のお母さんは日本人なのに金髪が似合うんだな」
「そう、かな? でも私はあんまり金髪が好きじゃなくて。そのうち黒く染めようと思ってるの。今は目立つためにそのままにしてることにしてるの」
「そうだったのか。ごめん。結構無粋なこと言ったかもしれない」
「ううん。大丈夫、全然気にしてないから。それより話を戻すね」
彼女はぶんぶんと手を振りながらそう言うと、突然僕の左手を握ってきた。
「私は触れた相手と相互に深く認識し合う能力を持ってるの。イメージとしては、私とあなたの二つの心が一つに固定化された感じ。これは肉体にも関係するものだから、今あなたは私と同じように他からは認識されない体になっているはずだよ」
手を握られた時、一瞬僕に気があるのかと思ってしまった。
「確かに視線が一つも感じなくなった……。凄いな、これ。」
「驚くにはまだ早いよ。この状態ならお互いの記憶だって認識……見ることが出来るんだよ。試しに私の記憶を覗いて見て?」
彼女は上機嫌に自分の能力を打ち明けていく。今まで誰にも打ち明けられなかったから、今打ち明けられる人がいて嬉しいのだろうか。
しかし記憶を覗くって中々抵抗あるな……。
「……どうやって覗くんだ?」
いくら握ってる手に念じてみても彼女の記憶が浮かび上がって来る気配がない。感じるのは彼女の手の暖かい感触だけだった。
「……」
彼女は目をつぶったまま何か考えているような、それでいて何かを見ているような……
「おい! まさか僕の記憶を見てるんじゃないだろうな!」
そう言ったのも遅く、彼女は目を開け、震える声で喋り出した。
「ごめんなさい……。私ばっかり浮かれてこんなにわがままを言っちゃって……」
目が明らかに動揺していて、視線は下を向いたまま右や左に揺れている。
「いいよ。もう見ちゃったんだし。これについては気にしないでくれ。それが僕からのお願いだ」
彼女が見たものはとても見るに堪えないもののくせに、記憶から離れないものだったと思う。それでも気にしてほしくなかった。無理矢理にでも封じ込めたいものだった。
僕は少しでも彼女の気を和らげようと笑いかけるが、多分苦笑いにしかなっていなかったと思う。
「気にしない方が難しいかもしれないけどさ、なるべくこれからも普通に接してくれると嬉しいな」
「……わかった。普通にする」
「ああ。ありがとう。それでさ、気になってたんだけど、どうして僕は君が見……」
普通のことのはずだった。傍からみたら一人で喋っていて、注目されるのは間違いないはずだ。
あるはずのない視線がある。彼女の視線とは違う、第三者の視線が。
僕の左手は確かに温もりを感じていた。
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次話は11/17(金)に投稿する予定です。