きみとぼくのきょり。
こんにちは、葵枝燕です。
短編『きみとぼくのきょり。』をお送りします。
裏話色々については、後書きにて書きたいと思います。
それでは、どうぞご覧ください。
いつもの帰り道。僕よりほんの少し先を行く君は、とても楽しそうに笑っている。その歩みも、今にも踊り出しそうなほど軽やかだ。
「ねえ、三雪」
振り返って僕を呼ぶ君の声は、いつも楽しげに揺れている。僕は、そんな君を見たくなくて、顔を上げて君を見たものの、すぐに視線を僅かに逸らした。でも君は、そんな僕には気付かない。いつだってそうだった。
「隣のクラスの齋藤くん、かっこいいと思わない?」
嬉々として言う君。その〝隣のクラスの齋藤くん〟が、学年で一、二を争うイケメンで、顔も成績も実績も人望も申し分ない男であることは、他人との繋がりが極端に薄い僕でも知っていた。
「そだね」
そして君が、そんな存在に恋していることも気付いていた。おそらくそれは、君以上に。今の君はきっと、自分が齋藤くんに恋をしていることにすら気付いていないだろうから。何度も繰り返す、そのスタート地点に君が今立っていることに、君自身はきっと気付いていないから。
「もう! もっとノッてきてよー。つまんないの」
「ごめんね」
君はきっと、知らないんだろうな。僕の今の気持ちなんて、想像できないだろう。いや、僕がどんな思いで君を見ているかなんてことにも、気付いていないはずだ。
君は、こんな僕にでも優しく接してくれる。他人との付き合いが苦手で、周囲から浮いた存在の僕に対して、こんなにも気にかけてくれている。毎日の昼休みに、クラスの違う僕を訪ねてくれる。それが、長い付き合いからくる優しさだとしても、僕はそれでよかった。
君が笑顔になれるのなら、そうできるのが僕でなくてもいいのだと。
「今度は」
だから、心にもない言葉を、まるで本心からくる言葉のように並べ立てる。
「上手くいくといいね」
――そんなこと、思ってないくせに。
「うん! ありがと、三雪! 何だか、上手くいく気がしてきたよ!」
すぐに人を好きになる――そんな君が、繰り返す恋。知っていたから、僕は言うんだ。
「応援してるから、仁宇のこと」
いつものように、そんなことを。本当の気持ちを押し隠して。そうすれば君が、笑顔になることを知っていたから。
ときどき、考えることがある。取り留めもなく、ただひたすらに。
君の中で、〝僕〟という存在は何なのだろう――と。
幼馴染みの一人? 自分の恋を応援してくれる相手? 周囲から浮いたかわいそうな同学年? ――そんなこと、とっくにわかっているはずなのに。
君が僕を見ることなんてない。この距離が詰まることなど、ありはしない。君はいつだって、僕以外を見ている。今までも、そしてきっとこれからも。
知っている。知っている。厭というほど、知っている。
一歩踏み出せば、何かが変わるのかもしれない。君でも、僕の気持ちに気付くのかもしれない。
でも、それは果たして、希望を生むだろうか。今の関係をも、崩してしまうのではないのか?
その度に、自分の弱さに気付く。臆病で卑怯で嘘つきな弱い僕を、これでもかというほど突き付けられる。
君の恋を応援する? よくもそんなことがあのとき言えたものだ。
一歩踏み出して、君との今の関係を崩すのがこわい? そんなの、臆病な僕をかばう言い訳じゃないか。踏み出す勇気のないことを、認めたくないだけじゃないか。自分が傷つくのを、こわがっているだけじゃないか。
ただ一言、伝えるだけの一歩が僕には遠い。この感情を、どうしていいかわからない。
君が、素直に他人を好きだと言える君が、羨ましくて眩しくて。僕には、どうやっても無理なんだと思い知らされる。
君の中で、僕がどんな存在だとしても。踏み出す勇気が、僕にはない。
君との距離は縮まらず、関係性も変わらない。
それでもいい。今は、このままで。ずっと、この距離のままで。
そんなこと、心の底から思っているわけじゃないのに。
昼休み。いつものように僕を訪ねてきた君は、どことなく浮かない表情だった。
「仁宇、どうかした? 具合でも悪いの?」
そう訊ねた僕に、君は、
「齋藤くん、他校に彼女がいるんだってさ。しかも、一つ年上で、美人なんだって」
と、彼女にしては暗い声音で答えた。
「それは……残念だね」
「うん……。何で、いい人って相手がいるんだろ。いい人だから、相手がいるのかなぁ」
溜め息混じりに言う君は、心の底から残念そうに表情を曇らせる。でも僕は、こんなかたちで君の恋が終わったことに、どこか安堵していた。
まだ望みはあるのかもしれない――と。
「でもね、いつまでも過去に縛られてちゃ駄目だとね、思うわけですよ」
そんな君の一言に、僕の思考は一瞬停止する。
「それでね、思ったんだけど。一年のテニス部の青木くん、かっこいいなって」
「仁宇」
思ったよりも低い声がこぼれる。僕自身でさえ、すぐにはそれを、自分の声だと思うことができなかったくらいだ。
「三雪?」
君の声が、心配そうに揺れている。怒らせたと、思っているのかもしれない。
でも違う。僕は別に、怒ってなんていない。いや、僕自身にも、自分が今どんな感情を持って、何をしようとしているのかが、把握できていなかった。
「僕じゃ、駄目かな」
「え?」
踏み出す勇気なんてなかった。君を真っ直ぐ見る勇気もなかった。
こわかった。不安だけしかなかった。
それなのに、何でこんなことをしようとしているのだろう。
今のままでいいと、思っていたはずなのに。
「ずっと、仁宇が好きだよ」
俯いて言った言葉は、たったそれだけのありふれたもので、昼休みの騒がしさに搔き消えるほどに弱々しかった。
それでもこれは、臆病で卑怯で嘘つきな弱い僕が、やっと言えた一言だった。君だけを見ているのに、君を見られない――そんな僕が、やっと踏み出した一歩だった。
君の中で、たとえ僕が小さな存在だとしても。今の関係を、壊してしまうことになったとしても。
ずっと今のままでいいなんて、そんな諦めを抱き続けていくくらいなら――……。
「三雪」
君が僕の名前を呼ぶ。いつものように、軽やかで、楽しげに揺れている声だ。
「顔、上げて」
ビクリと身体が震えたのが、自分でもわかった。すぐには顔を上げられなかった。ゆっくりと、恐る恐る君を見上げる。
「……っ」
君は何も言わなかった。でも、それで、それだけで、僕は君の返事を理解した。
顔を上げたその先に、僕の大好きな君の笑顔があった。
短編『きみとぼくのきょり。』、ご高覧ありがとうございます。
それでは、さっそく裏話を披露したいと思います。
この話を書こうと思ったのは、二〇一六年九月一日のこと。そして書き始めたのは、二〇一七年三月十四日のこと。……何でしょうね、このブランクは。まあ、本作に限ったことでもないので、ここは華麗にスルーするとしましょう。
さて、手元の紙メモには「奥手な男の子の恋愛書きたい(ハッピーエンドで)」という箇条書きが一つ。んー……完全にただのつぶやきですね、これは。とりあえず、ハッピーエンド目指して書いたつもりですが、どうなんでしょう?
登場人物の、三雪と仁宇についても触れておきましょう。三雪は、突然漢字と響きとともに現れた名前です。仁宇は、私が作成した「困ったときのキャラ名案」の中から選び取った名前です。ニウって響きがよかったのか、どこかで見た名前なのかは、憶えていません。
それから、この作品にはイメージソングがあります。The Super Ballさんの唄う「トモダチメートル」という曲です。アニメのオープニングテーマに起用された曲で、爽やかな曲だと私は思います。そして、多分うまくいかない恋愛を歌っているのではないかとも。興味のある方は、聴いてみてくださいませ。
裏話は、こんなものでしょうか。
ついつい暗い方へと話を展開させてしまいそうだったのですが、紙メモの「奥手な男の子の恋愛書きたい(ハッピーエンドで)」というのを見て、どうにかハッピーエンドになるように頑張ったつもりです。でも、やっぱり暗めの話を書きたいというのも、私の本音ではあるのですが……。とにもかくにも、お楽しみいただけたなら幸いです。
よろしければ、評価や感想などお願いします。なお、「もっと行間を空けてほしい」という意見にはお応えできません。よく意見をいただくのですが、「時間が変わったときとか以外で空けたくない」という思いがありまして、そのスタイルは変わらないと思います。あらかじめ、ご了承ください。
ではあらためて。ご高覧、ありがとうございました!