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子人狼と幼馴染たち  作者: 華子
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イシュとライラとバルザの話1

 狼人ドラウガ王国の王都から南へ、王弟所領にある山間の別荘の一つは、山を越えると隣国リグルに入る位置にある。

 秋も深くなってきた頃、王弟一家は毎年のように別荘で休暇を過ごす。同行している家人は子供達の世話が主な仕事で、国境の見回りを建前に王弟は妻を連れていくつかの別の別荘を移動する。

 まだ母離れの出来ていない幼い狼人イシュを含む子供達の世話を家人に任せ、母と二人きりで出かけようとする父と困ったように子狼姿のイシュを膝に抱く母。イシュはひしっと母にしがみつき、父を睨む。悪い顔をしてイシュに昼寝を勧める父。寝るものか!とイシュ。しかし子狼の身体はいつでも睡眠を欲していた。イシュが目覚めると、両親はすでに出て行ったと兄エルムントは告げる。さらに母は今日明日では帰らないから諦めて待てと、しつこく泣く弟の涙を少々乱暴に拭った。

 イシュは姿の見えない母親を探して一人こっそり別荘を出た。母の匂いを辿って山に入ったは良いがしばらくして迷ったことに気づく。ぐすぐすと泣きながらそれでも獣道らしきものを見付けて足を進めてると滝のある水場に出た。初めての遠出に腹も減り、水を飲もうとふらふらと近づくとなにか言い争っている声がする。


 イシュよりもすこし年上の人魚の王女は泳ぎの補助に使う魔道具をハーピーの王子に取られ、とても苛立っていた。いつまでも補助の道具に頼っていては上手くならないと同い年の王子は言い続け、やはり今日も手放すことが出来なかった王女から不意をついて魔道具を取り上げると、それを掴んだまま皇女の届かない位置で羽ばたいている。

「大人になるまでこれを持ってる気かい?ライラ、いつまでも怖がっていちゃ駄目だ。ここなら流れもきつくないし怖くないだろ?」

「バルザは溺れたことないから言えるのよ。本当に怖いの。それを返して。」

「これのせいで姉さんたちに馬鹿にされるって言ってたじゃないか。ずっと前から練習するつもりでいたんだろ?ときどきふらつく時があるけどライラはちゃんと泳げてるんだから。これだって必ず必要でもないんじゃないか?」

 尾びれの片側が生まれつき小さいライラにとって最初に泳ぎを覚えた時も根気強い練習が必要だった。人魚にとっては生まれつき呼吸をするのと同じくらい簡単な泳ぐということが出来ない末娘に、見かねた母が渡したのがその魔道具だった。本来泳げない生き物が水中で移動する為のものだ。もう普段使いするようなことはなくなったが、流れが急な所ではふらつくし、泳ぎ始めはまだもたつくことのあるライラは怖くて手放せない。自分から流れの急な所などは決して近づかない。姉や小母達が誘ってくれても上手に泳げない自分は何処でも一緒に行けるわけがなく、結局一人で居ることが多い。そういう自分がいやでライラ自身、もっと練習して上手に泳げるようになりたいと思っているし練習すればより上手くなることも知っている。

 そしてそんなライラをバルザは自身の母親の目を盗んでは会いにくる。

 バルザもまたこの国で生まれたと聞いたことのないハーピーの雄として母はもちろん、同族からも干渉され続け、バルザは近頃そのことに飽き飽きしている。

 バルザの周りに雄はいない。彼の見える場所にはいない。不思議なことにこの国のハーピー達は蜜月の期間になっても国を出ることはない。雄なしに数少ない卵を洞窟の中に産み、必ず雌のハーピーが生まれる。


 離れた所から見ていたイシュにはハーピーの男の子が人魚の女の子をいじめているように見えた。二人は岸近くにいる。ハーピーに向かって吠えながら近づく。人型にならないと二人に伝わらない。けれどまだイシュは幼い為、人型になったことがなかった。

 明らかに空中のバルザに向かって吠えながら近づいてくる子狼にライラは気づいた。自分には威嚇していない。威嚇されても小さすぎて怖くはないが。バルザを先ほどとは別の意味でそろっと見上げる。

(バルザはこの子狼に何の悪さをしたのかしら。)

 バルザは面識のない、怖くもない威嚇に面食らった。母親は近くにいるのだろうか?遠くまで気配を探るが見つからない。迷子か?ライラの疑わしげな視線に困り、とりあえず二人で対処しようと魔道具を返した。子狼は吠えるのをやめ、ライラを見て「良かったね」とばかりに小さな尻尾を振る。

(狼じゃない?)

(まさか山を越えて来た?)

 二人顔を見合わせ子狼を見た。人狼の子だ!

 腹が減りすぎたイシュは吠えたことで最後の力を出し切りへたりと倒れてしまった。


『この人狼の御母上様、どうか私の声をお聞きください。リグル国人魚族の王女ライラとハーピー族の王子バルザが申し上げます。あなたの子供が山を越えこちらで迷子になっております。私達二人では彼を動かすこともかないません。どうか彼を助けに来てください。あなたが難しいならば必ず女性の方を寄越してください。ご承知の通りリグル国では許可なく男性が越境すれば殺されてしまいます。』

 ライラは大きく息をついた。国境を越えて見知らぬ個人に声を届けるのは初めてだ。ずいぶん集中を要した。ライラの能力は特定の誰かに遠くまで声を飛ばせること。これは人魚一族の中でも出来るものはいない。この珍しい特異な能力の為にまだ幼いライラは次期女王として期待されている。

 イシュはバルザが持ってきた果物を夢中で食べていた。二人が用意した焚き火の横には焼かれた魚まである。二人は仲良しで男の子が女の子をいじめていたわけでもないようだと推測したイシュは吠えた相手に渡された食べ物を躊躇せずに食し感謝の念で見上げた。尻尾が自然と動いたがけっして餌付けされたわけではない。お腹も満たされ、火が暖かく自然とまぶたが重くなる。尾の先だけを水に浸けて岸に身を乗り出しているライラは小さく子守唄を歌い始めた。母の歌とは違うが綺麗な声で優しくてイシュはもっと聞きたかったが、眠気が許してくれなかった。


 イシュの母がライラの声を聞き息子の元に駆けつけたのはそれから程なくのことだった。人型になり、傍らで守りをしてくれたバルザとライラに丁寧な礼をのべ、自分達は隣国のドラウガ王国の王弟の妃とその息子だと告げた。母離れの出来ていない息子が自分を恋しがってここまで来てしまったことと、その原因を作った自身の行動も反省しているとまだ幼い次期王、次期女王とされる二人に伝える。バルザとライラより迎えの許可をもらって国に入ったが、女王達に挨拶をして帰りたいとイシュの母が願うとライラはさっそく母に事の次第を声で届けた。まもなくこちらに立ち寄ると返事を貰う。

 バルザは母に内緒で出てきたのでそれは困ると告げた。ライラの母に任せると言うと早々に立ち去る気配をみせた。バルザは最後にまたこの子狼と会っても良いかとイシュの母に問う。「こちらこそよろしく頼みます。イシュと仲良くしてやってくださいね。」と穏やかな笑みと共に許可を得たバルザは自分でも意外なほど嬉しく、知らず知らずににやける顔に力を入れるといつもより勢い良く飛び立った。

 まだバルザでも難しい山超えをやってのけた根性のある子狼と友達になれるかもしれない。


「まだ蜜月期まで日があるだろうにそなたの夫は相変わらず気が早い。その上まだ人型になれぬ幼子を置いて母親を連れまわすとはのう・・」

 頬を染めて恥ずかしがるイシュの母をライラの母は面白可笑しく揶揄する。

「どうか言ってくださいますな。私が悪かったのです。直ぐに帰れると思っておりましたから・・・。この子が無事でよかった。」

「小さくてもさすが人狼の子供よ。一人で山越えするとは。しかし二人がたまたま見付けたから良かったものの・・今帰ればまた同じことになりはしないか?そなたの夫の執着は有名じゃからのう。困ったことだ。」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。わたくしもどうすればいいのか。いっそこの子を連れて実家に閉じこもるくらいでないと・・」

 解決の方法がわからず肩を落とした母の何かがわかったのかそれまで静かに膝の上で寝ていたイシュが身動ぎする。

「・・そなたらしばらくこちらで過ごさぬか?我らの館に招待しよう。わがままな夫と父親に仕置きじゃ。時間を置けば少しは頭も冷えるであろう。なに本来の蜜月までに帰れば良い。我らはひと冬いてくれても良いがな。」

 突然の貴重な誘いに息を呑む。水底にある人魚の館に泊まった者など何人いるだろうか。

「大変光栄に存じますが幼子と二人では何かとご迷惑をおかけするやも知れませぬ。」

「そなたの夫のことは良く知っておる。奥方に惚れ抜いて別居の形を取る我らにいつも惚気を垂れる男のが凹んでいるのを見られるのは愉快じゃ。あやつに連絡するときは水鏡を貸す。必ず私を呼んでくだされ。悪い顔色を見てみたい。」

「・・それは・・いつも我が夫がご迷惑をかけているようで・・申し訳ないことです。」

 恥ずかしくて居たたまれない。夫は女王に何を言っているのか。

「良い良い。その件は今回で水に流して差し上げよう。ライラとも友達になってもらえれば幸いじゃ。

 それにな・・先々でそなたに一つ頼みたいことがあるのだが。」

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