母の愛は強し
よろしくお願いします。
「母さん聞いてくれ。俺が奴隷になったのは俺が悪いんだ。調子に乗って、フランの言うことも聞かずに暴走した。その結果、他の冒険者にも迷惑をかけた。これは俺が成長するために必要な枷なんだ!」
「……」
「俺はフランが好きだ。フランも俺のことを思ってくれている。絶対に理不尽なことを言われたり、されたりしていないし、これからも無いと言える」
「……」
ダメだ。一切シュラの話を聞かずにフランを睨んでいる。
小一時間シュラが一方的に説得?していたが、さすがに反応の無さに疲れたのか、又出直すことになった。
「手強いね~」
「この村に足止めさせて申し訳ないなのです」
「別に気にしなくていい」
「そーよ、リューナとシャルが先に行ってるんだし」
そう、リューナとシャルが先に依頼を済ます為に、朝方から馬車でランドルスに向かった。……ことにしている。因みにシュラは実家で説得の機会を窺っていてる。
今私達はフランの家に向かって三人で歩いているのだか、
「お~い、お嬢ちゃん達~。どこ行くの~?」
前から冒険者らしき四人組が歩いてきた。
「なんか既視感が……」
「盗賊達と第一声がほとんど同じ」
柄悪い奴等ってなんで言動も似るのかね。
「こんな所ぼーっと歩いてたら怖い人に拐われちゃうよ」
「そうそう、恐いお兄さん達にね」
「早く家に帰った方がいいよ」
何だこいつら。
「フラン、こいつら町の住人?」
「こんな人達知らないなのです!」
……うぅぅぅみゅ……
見た感じ冒険者だが……。
「ねね、フラン行こ」
取り敢えず今は無視しとこう。手を出されてないのにぶっ飛ばすのはマズイ。あまり関係無いかもしれないが、シュラとフランに迷惑が掛かる可能性がある。
もうフランから離れたらダメだな。
フランの家は村の外れにあった。こぢんまりとしていて、家具も必要最低限しかないが、三人寝泊まりするぐらいは大丈夫そうだ。
三ヶ月人が住んでなかったからだろう。少々埃っぽい。三人で掃除を済まし、風の結界を張って就寝した。
次の日、私達は朝から引き籠もっていた。
「何もしなくていいなのです?」
「今は刺激しない方がいいと思う。シュラの説得が上手く行くのが一番いいんだから」
昼御飯として保存食を食べてる時に、フランの家にシュラがやって来た。
「お~い、フラン居るかぁ?うん?なんだこれ?」
「あっ、シュラ君なのです!居るなのです!」
何か進展あったのかな?
「どう?説得進んでる?」
「あれ?まぁいいか。全然話を聞いてくれない。フラ……。いや、昨日父さんも一緒に説得してくれたんだが……」
「効果は無しと」
コクリと頷き、どうしたものかとシュラは首を傾げた。
「説得は続ける。で、市さんとねねさんと話がしたいらしい。聞きたい事があるそうだ」
「ほ~、フランは?」
「いや、二人だそうだ」
「却下。三人でなら行くわ」
「……?別にいいか、じゃ行こう」
シュラの家に着き、そのまま客間に行く。
昨日、一昨日と明らかに雰囲気が違う。冷静に物事を対処する政治家のような顔で、目には狂気の色が浮かんでいる。間に合わなかったか……。
「何故その女が居るのですか?」
「いちゃダメなんですか?で、ご用件は?」
「御二方はこの件から手を引く気は?」
「無いですね」「無い」
もうフランは友達だ。シュラも意外といい奴だったし。それは皆も同じ意見だった。
このまま、後は知らない!さよなら!なんて出来ない。
答えた後、じっとこちらを見つめるおばさん。
ふぅ、一息吐きこう呟いた。
「仕方ありませんね」
しっかりとその呟きを聞き取る。
「ダメです。それ以上は言ってはダメです。引っ込みがつかなくなります」
部屋の外に居るであろう冒険者にその意思を伝えさせない為、私は話続ける。
「あなた方は私達を見誤っています。冒険者から聞いてませんか?風の結界があったと。あれはその辺の者が持てるものではありません」
「確かにそう報告は受けてます。ですが、それが実力に直結するとは限りません」
半ば認める発言をするが、致命傷にはなってない。
「そんなことをしてもシュラは喜びませんよ!」
「それはあなたが決めることではありませんし、シュラちゃんもいつか分かってくれます」
さすがにここまでくればシュラも気が付く。フランを自分の体の後に隠し、信じられない物を見る目でおばさんを見つめる。
「母さんまさか……。フランを手にかけるつもりなのか!」
「今すぐ奴隷から解放してあげますからね」
くそ!もう無理か!
そう思い、ねねに目配せした時、
「奥様!あ、あのお客様が……」
「後になさい」
メイドがあまりの勢いに転びそうになりながら、ノックもせずに客間に入って来た。
おばさんは少し眉を顰めたが、今はそんことを言っている場合ではないのか、咎めずに短く答えた。
ってかメイド居たんだ。
「いや、あの、それが……」
それでも下がろうとしないメイドに、さすがにおばさんも訝しく思う。
間に合ったか?やったか?
「誰が来たのですか?」
「ガグル=フォン=ロストマイン伯爵様です」
「なんですって?!」
なんですって?!伯爵様本人が来たの?!
「……お通しなさい」
おばさんが短く許可を出す。そして、暫くして伯爵が客間に入って来た。
わっか?!えっ!?!わっか?!二十代前半ぐらいじゃないの?
金髪を肩まで伸ばした如何にも貴公子って青年が、微笑みを携えて入って来た。
その後にリューナとシャルも居る。
「やあ、シャルロット。元気かい?」
余りにも場にそぐわない声色で、伯爵は挨拶をした。
っていうか、シャルロット?!なんて似合わない名前なんだ……。
「これはロストマイン伯爵様。お久しぶりです。私は健勝で過ごさせていただいています」
「かったいなぁ。もっとフランクに行こうよ。昔みたいにガグちゃんって呼んでよ」
あんたが緩すぎる気がするが。
「お戯れを……。本日はどのようなご用件ですか?」
「う~ん?ただの見回りだよ。ついでに馴染みのシャルロットに会いに来たってだけ」
伯爵を前にして目の狂気の色は消えていた。
伯爵ごと始末します!とか言われないでよかった。自分が何をしようとしたのかを理解したのかな?
でも、どうしよう?話が進まない。リューナは説明したのかな?
疑問に思い伯爵様に目を向けると、バチッ、ってウインクされた。おおう。似合うな。
「そこに居るのはシュラ君かい?大きくなったねぇ。もう成人したの?」
「あっ、はい。去年成人させていただきました」
「いい人はいるのかい?いないなら私が紹介してあげるよ」
「あっ、いえ。そこに居るフランと添い遂げようと思っております」
そこでシュラがフランを紹介する。
さすがだな。
「フフフフ、フランと言いますなのです!」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。可愛い顔が台無しだ」
そう言って伯爵様はフランに流し目を送る。フランの顔が真っ赤になる。
うわっ!女ったらしだな。でも、それが全然嫌味にならない。これが本物の貴族か。
シュラがちょっと不満気だ。
ブスッとしてる場合じゃないよ!シュラ!恐らく話は通っているから伯爵にお墨付きを貰うんだよ!
必死に目配せをして漸くシュラが気付く。
「伯爵様お話が」
「どうしたんだい?」
「私は今現在、ここに居るフランの奴隷となっております。しかし、それは私の不徳の致すところで、余人に迷惑を掛けた責であり、自身の成長を促す枷でもあります。自身が満足でき、且つ、それをフランが認めてくれたら、これを解放してもらう考えです。それを何とか母に聞き入れてもらいたかったのですが……」
「なるほど、納得してくれないと」
「はい」
はっきりと答えるシュラ。
うん、と頷き伯爵様がおばさんに向き直る。
「シャルロット。君は息子が出来てからほんとに溺愛し、心配しているね。話はよく聞いているよ。でも、自身が息子の成長を阻害しているんじゃないのかい?ただ女の子にシュラ君を取られるのが嫌なだけなんじゃないのかい?」
「……」
「そろそろ子離れをして、昔の君に戻ってくれないかい?君にやってほしい仕事がいっぱいあるんだよ」
それでもおばさんは、納得できない!って顔をしている。しかし、伯爵様に逆らわない理性は取り戻したのか、渋々ながら頷いた。
「うん!良かったね。シュラ君、フランちゃん。認めてくれたようだよ。シャルロット。どうだろう?これを機会にランドルスに戻って来ないかい?」
「伯爵様……。それは……」
「じゃ、シュラ君は一週間に一回はシャルロットに会いに来る!これでどうだい?これでも断ると言うのなら……」
伯爵様は言葉を切りおばさんを見つめる。その目を見たおばさんは、息を呑み諦めたように呟いた。
「……畏まりました」
「じゃ決まりだね!村長の仕事はシャルロットの夫に戻して、シャルロットはランドルスに来る!以上!」
お~纏まった。シュラとフランはぽかんとしているけど。
伯爵様は満足したように周りを見渡し、私とねねに目を向ける。
「君達がイチちゃんにネネちゃんだね?」
『はい』
「話はランドルスで聞こう。いきなり出てきたから早く帰らないと怒られる」
今から馬車でランドルス行くの?着くの夜中になるよ?早馬ってやつ?私馬なんか乗れないよ~。どこの皇太子殿下だよ~。
「あっ、でも三匹しかいないのか」
「私とシャルの後に乗れば大丈夫ですよ。多少速度は落ちますが」
「そうですね。それではそのように致しましょう」
私達パーティーメンバー以外、伯爵様が敬語を使ったことに目を剥く。
もう行く感じか?!ってか三人で来たの?!護衛とかいないの?!あぁ、私達が護衛か。
「あんた達ほんとに何者なんだよ……。まっ何者でもいいか。助かった。ありがとう。この借りは必ず返す」
「私はお礼は言いませんよ。何か嵌められた感じが「あぁ、そうだ。シャルロットは一週間以内にランドルスに来てね」……しますから」
おばさんキャラ変わりすぎじゃない?!服装とミスマッチ過ぎる。こっちが本来の姿なのか?
「しかし、フランさんにはお詫びを「ストップ。シャルロットはフランちゃんに謝らなければいけないことなど無かった。いいね?」……畏まりました」
「お母様……」
フランの余計な一言が、おばさんのハートに火をつける。目を吊り上げ初日のおばさんにクラスチェンジだ!
「あなたにお母様と呼ばれる筋合いはまだありません!そもそも、なのです。ってなんなんですか?!もっとシュラちゃんに相応しい言葉遣いを心掛けなさい!」
「はいなのです!あっ……」
「シュラちゃん。ちゃんとあの女に苛められたらお母さんに言うのですよ。毎日ランドルスに来てご飯食べてもいいのよ。そうね!それがいいわ!そうしましょう!」
「母さん……」
シュラも気付いたのだろう。おばさんが初日と微妙に違うことを言っていることに。
「フラン……。頑張れ!」
「頑張って」
「うううぅ。はいなのです」
おばさんのキャラは変わって無かったな。初日のまんまだ。
「皆さんもう行くなのです?」
フランが寂しそうに見つめてきた。
「元々村までって約束だったでしょ。ランドルスにいつまで居るかは分からないけど、又会えるって!」
「はいなのです!」
なのです。は直らなさそうだな。
「では行きましょうか」
『了解』
シュラの家を出たら、大分太陽が傾いていた。
これから出るってことは夜通しになるのかな?リューナの背中で寝たら怒られるのかな?
馬に乗って行くんだろうと思っていたが……。
「何じゃこりゃ~!」
叫ぶ私。びっくりしてるねね。可愛い。略してびくねね。
そこには、到底馬と呼べるものは居なかった。
何て言えばいいんだろう。でっかいトカゲモドキ?緑色したでっかいトカゲモドキがそこに居た。
背中には鞍ではなく大きな椅子があり、二人ぐらい余裕で乗れそうだ。
「初めて見ますよね。これは大陸大蜥蜴といって、一応魔物になります」
「えっ?!魔物なの?!」
「ええ。でも、とても穏やかな性格をしていて、調教したらこのように乗ることが出来るのですよ」
どうやらこのトカゲに乗ってランドルスに行くらしい。
マジか。
「この世界に来て一番異世界を感じてる気がする」
「私は魔法」
「私使えないもん」
「クルルルッ」
意外に高い声で鳴き、リューナに背中を見せるトカゲ。
お~。ちょっと可愛いかも。
私はリューナの後ろで、ねねがシャルの後ろに乗ってランドルスに向かう。
馬上、いや違う。何だ?トカゲ上?まぁいいや。取り敢えず風の魔法で喋れるようにする。
「でも間に合ってよかったよ。伯爵様が来るとは思わなかったけど」
「さっきの会話で分かるだろうけど、私もシャルロットをランドルスに呼ぶために切っ掛けが欲しかったんだよね」
それにしてもアグレッシブ過ぎるだろ。シャルのことを知ってるからって、護衛も無しに飛んでくるか普通?いや、この世界の貴族の普通はあんまり知らないけど、少なくとも王城に居た貴族にはこんなバイタリティーは無かったよな?
「護衛も無しによく来たなと思ってる?実は僕魔道士なんだよね。其処らの魔物は余裕だよ」
私の心を読むな。あれ?ちょっと前にもあったような……。顔に出やすいのかな?
「だから今回の件は渡りに船。シュラ君のゴタゴタに乗じてシャルロットを取っちゃおうってね」
とウインク一つ。あっ、慣れてきた。
「おまけに王女殿下に恩も売れるし、僕一人が無茶する価値はあったよ」
「でもあのおば……。ごほん。シャルロットさんは最近まで働いていたんですね」
伯爵様の頭にクエスチョンマーク。あれ?変なこと言ったかな?
「いや、シャルロットがランドルスで働いていたのはシュラ君を生むまでだよ。かれこれ十七年は立つかな」
次は私の頭にクエスチョンマーク。このキザ野郎何言ってるんだ?
「でも、伯爵様と一緒に働いていたんじゃ?」
もしかして早くに親を無くして、十才ぐらいから領主をしてたのか?
「ロストマイン伯爵様。恐らくイチは勘違いしています。年齢をお教えしても?」
「なるほど。光栄の極みでございます」
キザ野郎がわざとらしく礼をした。トカゲの上なのに器用な奴だ。
「イチ、ネネ、ロストマイン伯爵様は今年で御年三十八才になります」
……。
いやいやいやいや。嘘ばっかり!どうみても二十代だって!えっ、本当なの?!シャルも真面目な顔だ。シャルはいつも真面目だが。
『え~~~!!』
わたしとねねの叫びがトカゲの上で同時に響き渡る。
「すっごい!化粧水何使ってるの?!トリートメントは一日三回?!」
「人類の神秘。要DNA鑑定」
「この子達は何を言ってるのですかな?」
「さぁ、私もよく分かりません。でも、楽しいでしょ」
「確かに」
こうしてフーノ村でのゴタゴタは落ち着いた。
いよいよ、本来の目的地であるランドルスの街に到着だ。
しっかし、すごい(良い意味)伯爵様と、すごい(悪い意味)おばさんだったなぁ。
お読みいただきありがとうございます。